第26レポート いでよ!月霊樹!

ガラガラと車輪が音を立てる。

荷車に満載された商品が振動にゴトゴトと揺れていた。


道のわだちが更に深く刻まれる。

とんびが青くみ渡った空を悠々と飛んでいた。


見渡す限りの草原と遠くに小さく見える黄色の菜の花畑。

ジルは荷車の後ろにマカミを抱いて乗っていた。


「おい、お前も歩けよ。」


ザジムがジルに不満を述べる。

今日は二人で外に出ていた。


「え~、だっておいてかれちゃうんだもん。しょうがないよ~。ねぇマカミ。」


マカミの右前足をふりふりしながら、荷車から放り出した足をプラプラさせている。


「ははは、構いませんよ。」


恰幅の良い整えられた口ひげが特徴的な男性が笑いながらそう言った。


彼はダン、世界のあちらこちらを旅する行商である。

車を荷馬にうま手綱たづなを引きながら、二人と一緒に歩いている。


西方のカレザント国首都シウベスタへと向かう護衛をレゼルで探していた。

それに名乗りを上げたのがカレザント国出身で土地勘のあるザジムだった。

ジルはそれを聞いて、ついて来ていただけである。


「ありがとうございます!お礼に頑張りますよ~!」

「お前、勝手についてきただけじゃねぇか・・・・・・。」

「はっはっは、頼りにしてますよ、お嬢さん。」


和気藹々わきあいあいと三人で話をしながら、広い平原の中を伸びる道を青空の下、歩いて行く。

そんな時、ざわり、と背の高い草むらの奥で音が鳴り、何かが駆けてきた。


「おい!!」

「うん!マカミ!」

(オウ、ゴシュジン!)


ザジムが魔力を固形化させて長柄の斧を作った。

マカミはジルの前に立ちその気配に身構えている。

ダンは荷馬を落ち着かせながら二人の後方に退避した。


ざざざっ!!


草むらから魔獣が飛び出してきた。


肉食鹿 ―カルコエルバ― だ。


鹿は本来草食。

だが肉食鹿カルコエルバは巨大な角を獲物に突き刺して捕食する肉食。


その口には肉を引き裂く鋭利な牙。

その足の先はひづめだが、すぐ上のすねに鋭い鉤爪かぎづめが見える。

鉤爪は強力なけんの力で射出され獲物を引き裂く。


一般人にとっては非常に危険な魔獣である。


だが、魔法研究者にとっては大した敵ではない。


「うるぁっ!!」


先手必勝。

ザジムが斧を振りかぶり肉食鹿の首をぐ。


がぁんっ!!!


それを肉食鹿は角で受け止める。

ザジムと肉食鹿の力比べが始まった。

ぎりぎりと音を立てながら角と斧がこすれる。


「マカミ!行って!!」

(オウ!!)


ぼわっ!


青白い炎に包まれてマカミが姿を変える。


だが、その姿は中型犬くらいの大きさだ。

元が子犬くらいの大きさなので、そこまで巨大化していない。


以前翼竜を打ち倒した時と比べれば雲泥うんでいの差。

あれ以降、何度も試したがこの大きさ以上にはならなかったのだ。


しかし、小さくとも十分にジルの戦力となっている。


ガアッ!!


マカミが肉食鹿の首元に噛みつく。

小さい体躯のため、噛みちぎる事は出来ないが、肉食鹿をひるませることは出来る。


キャオッ!


甲高い鳴き声が響き、ザジムと力比べをしていた角から力が抜けた。


「どけ、マカミ!!でえいぁぁっ!!!」


その声に噛みついていたマカミが牙を抜き、後方へ飛び退く。

肉食鹿の首を向かって左へとらし、斧を振りかぶり、垂直に振り下ろした。


ドンッッ!!


鈍い衝撃音が鳴り、次の瞬間には肉食鹿の首が、どさっ、と地面に落ちた。

遅れて切断面から鮮血を吹きだす。

続いて胴体も倒れ、数度痙攣けいれんした後に動かなくなった。


「・・・ふぅ、ま、こんなもんよ!」

「マカミ、えらいえらい。」


ザジムは斧を形成していた魔力を霧散させ、ジルは子犬に戻ったマカミを撫でる。


「おお、流石ですな。これならここから先も安全だ。」


二人と一匹の雄姿にダンは賞賛を送った。




その後も何度か魔獣に襲われたものの大した脅威にはならなかった。

三人は無事にカレザント国首都シウベスタへと到着した。


途中でジルが走り出して木の実を採取して食べ始めたりしたが。


既に日は傾き、町はオレンジ色に染まっている。

ザジムはダンから報酬を受け取り、その場で別れた。

今回ジルは付いてきただけなので報酬は無し、である。


「さてさて、ご飯の時間だねぇ、お金持ちのザジム君。」

「なんだよ、その目は。」

「いんやぁ?ここに来るまで結構働いた気がするなぁ、って思っただけだよぉ?」

「嫌味ったらしく言うんじゃねぇよ。飯ぐらい奢るっての。」

「うぇい!ザジム君分かってるぅ!!」


バンバンとザジムの背中を背伸びして叩く。

いや、力が弱いのでペチペチくらいの擬音が正しい。

凸凹コンビで夕暮れの街を歩いて行く。




「なっは~!コレ案外美味しい!」

「この鹿の燻製ローストもいいな!」


ジルとザジムは出された料理に舌鼓したづつみを打っていた。

テーブルの上には皿が並ぶ。


鹿の燻製ロースト、アブラナのニンニク炒め。

そして月撃ち石筍菜 ―シュロプスミューゼ― だ。


丁寧にすじを取り除き、スパイスを刷り込んで表面を焼かれた鹿の燻製ロースト。

じっくりと燻製されているにもかかわらず、むしろしっとりとしている。

噛むほどに旨味とスパイスの刺激、そして燻製の香りが鼻に抜けた。


アブラナはカレザント国で盛んに栽培されている。

食用のアブラナと採油用のアブラナに分かれ、それぞれが黄色い花を付けるのだ。

採油用のアブラナからは菜種油なたねあぶらが作られ、貿易品として活躍していた。


食用の物はジル達の前に出ているように花が咲く前の緑鮮やかな物を収穫している。

ほろ苦い風味と良い食感が特徴的だ。


月撃ち石筍菜シュロプスミューゼは白い石筍菜の上に半熟卵と粉チーズが乗せられている。


石筍菜とは、洞窟の中で見かける石筍せきじゅんのような野菜。

太さはありながらも細長い、槍のような形である。


基本的には茹でて食べるが、収穫してすぐは生で食べても甘いと言う。

満月のような半熟卵を貫く形に見える盛り付けから、月撃ち、と名付けられたのだ。


三種類とも美味しい料理である。


カレザント国は平野部が多く、起伏が少ない国土を持つ。

それ故に農業牧畜が盛んに行われている。

西大陸との玄関口でもあり交易も盛んだ。

それ故に様々な食文化が混じる国でもある。


先程別れたダンもこの後に西大陸に向かう予定だそうだ。


「いやぁ、食べた食べた~。」

「野菜ばっかで不安だったが、石筍菜が結構腹に溜まるな。腹いっぱいだぜ。」


満足した様子で、二人して飲み物を飲んでいる。


「っつか、お前何しに来たんだよ、マジで。」

「いやぁ、観光?・・・っていうのは冗談で、部屋の中じゃできない実験を、ね。」

他人ひとに迷惑かけるような実験じゃねぇだろな。」

「それはだいじょーぶ!」


ジルは薄い胸を張る。


「ザジム君には迷惑かけるかもしれないけど他人にはかけないから!」

「おれは他人たにんカウントしねぇのかよ!」

「もちろんです!」

「ふっざけんな、この!」


ザジムの大きな手がジルの小さな頭を掴む。

そんな状況でもジルは胸を張り続けていた。




―――翌朝。


町から少し離れた平原の小さな丘の上。

ジルはその地面に植物の種を植えた。

植えた周りの土に小さな緑の魔石を六角形に刺していく。


「何してんだ?植物でも育てる気か?」

「当たらずとも遠からず!」


がりがりと木の枝で、緑の魔石同士を繋ぐ直線を描いた。

種の周りに円を描き、魔石から種に向かって直線を引いて円に接した所で止める。

そこまで描いて木の枝を放り投げた。


「今回の召喚は月霊樹 ―ルナファーブル― !」


月霊樹ルナファーブルは膨大な魔力を有する樹木である。


月明かりを吸って光る葉を持ち、その葉が大気中から魔力を吸って蓄える。

地中に伸びる根は、葉が吸った魔力の余剰分を大地へと流すのだ。

これによって周囲の大地に魔力を行き渡らせ、肥沃ひよくな土地へと変化させる。


東大陸にしか自生しない特殊な植物だ。


「あー・・・・・・、東大陸の植物・・・・・・だったか?」

「えらい!ザジム君、はなまる満点あげよう!」

「いらねぇよ。」


そんなやり取りをしながらもジルは更に準備を進めていく。


六個の魔石に水をかける。

この水は青の魔石を利用して産み出した不純物の少ない水である。

たぱたぱ、と皮の水筒から流れる水が魔石にしたたり大地を濡らしていく。


「これでよし!」

「ってか、さっき植えた種が月霊樹なんじゃねぇのか?」

「ん?植えたのは昨日そこら辺の木の実の種だよ?」

「昨日食ってたやつかよ・・・・・・。」


ジルは魔石の間に書いた線に手を置き、緩やかに魔力を込めていく。

種から大地の底へと根を下ろすイメージを頭に浮かべる。

じわじわと六個の魔石が光っていく。


「お、なんか上手くいきそうじゃねぇか。」

「気が散るからちょっと黙ってて!」

「んだよ・・・・・・。」


不服そうにザジムは後ろに下がった。

もう一度、ジルは集中して魔力を流し入れる。


パパパパパポンッ!


「うわっ!!」


六個の魔石が連鎖的に砕け散った。


「お、どうなった?」

「本当ならこう、ぐわーっ、て木が伸びるイメージだったんだよね・・・・・・。」


目の前には種を埋めた土が緑の大地に黒い点を作っているだけだ。


「ま、そう気を落とすなや。さっさと帰るぞ~。」


背中を向けてザジムは丘から降りて街道へと向かう。

ジルも残念そうにそれに続いた。



――――にゅっ。

そんな後ろで、小さな小さな葉が黒土くろつちを押しのけて芽を出した。

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