第25レポート いでよ!金尾燕!

「る~らら~、今日もげ~んきに、しょーかん、しょうかん!」


最早恒例となった謎の歌を口ずさみ、買った素材が入った手提てさげ袋をぶんぶん振る。

なんとも陽気にジルは一階層を歩いていた。

そんな時に意外な人物に出会った。


「お、嬢ちゃん。」

「あれ?オーベルさん!」


レゼルの傭兵、オーベルだ。


ブルエンシアに傭兵が来るような事はあまり無い。

依頼者が転移門ゲートを利用する場合くらいだろうか。


だが、転移門利用は3等級以上の研究者にしか許可されていない。

そういった研究者は自身に戦闘能力がある場合が多いため、傭兵を呼ぶ事は少ない。


「なんでここに??」


素直な疑問である。


「今日は人探しにきたのよ。」


にっ、とオーベルは笑う。

が、すぐに表情が曇った。


「ただなぁ、この国の研究者多すぎる。見つかるかどうか・・・・・・。」


左手であごひげいじりながら遠い目をする。


「ああ~、確かに。人一杯いますもんねぇ・・・。」


ジルも同意した。


この国へとやって来た時、人の多さに驚いたものだ。

レゼルでも驚いたが、この国は驚く事だらけだった。


「さてさて、どうやって探したもんかのぅ。」

「あ、じゃあその人の名前教えてもらえますか?もしかしたら知ってる人かも!」

「なっはっは、もしそれで見つかれば奇跡だ!」


オーベルは豪快に笑った。


「エルカと言う女の子、いや最後に会ったのは七年前か、もう立派なレデーだな。」

「へぇ、エルカさん。」


ジルは自身の師匠を思い浮かべる。

だが、流石にそんな偶然は無いだろう。


この国には大勢の人がいる。

エルカ、という名前の人は何人もいるだろう。


「金色の髪で瞳の色は、確か青じゃったな、碧眼へきがんと言うやつだ。」

「ふむふむ。」

「おおそうだ、この国は色々種族がおったな、ワシが探しとるのは人間だからの。」

「なるほど、人間で金髪で碧眼。」


やはりジルは自身の師匠が思い浮かぶ。


「これで分かるか?」

「んん~、流石にちょっと。何の研究をしてるか、とかが分かれば・・・・・・。」

「ふむぅ、研究か・・・・・・。なんだったか・・・・・・。」


オーベルは再びあご髭を弄りながら考える。


「ああ、そうだ!魔石の研究だ!確か今は3等級研究者だったはずだ!」

「ふんふん、魔石研究で3等級研究者・・・・・・。」


ジルの頭の中では自身の師匠が笑っている。


「んんんんん?人間の女性で金髪碧眼、魔石研究してて3等級研究者?」


ジルはその特徴から、オーベルの尋ね人が完全に自身の師である事を確信する。


「エルカさんじゃん!!!」

「なんだ、知っておるのか?」

「いや、私の師匠ですよ!」

「なんと!そんな偶然あるもんなんだな、はっはっはっは!」

「うわぁ、奇跡だ!」


二人して笑いながら上階層へと歩いて行く。

道中、二人の関係についてジルが聞いてもオーベルは答えてくれなかった。




「エルカさーん、お客さんですよ~!」


こんこん、とドアをノックして声をかけた。

ジルの声に部屋の中でエルカが駆け寄ってくる足音がする。


「はいはい、ジルちゃんこんにちは~。」


がちゃりと扉が開く。

いつもの通りの、にこやかなエルカだ。


「え?」


エルカの顔が驚きの色に染まる。

そこにいるはずの無い人がいた、といった表情だ。


「おう、エルカ嬢ちゃん、久しぶりだの。」

「エルカさんとオーベルさんって知り合いだったんですね!」


片手をひらひらさせてオーベルは笑っている。

ジルはまさかのえんに目を輝かせていた。


「ああ~・・・・・・、ジルちゃん案内ありがとう。その手提げ袋、実験準備中よね。」

「あ、そうだった!」

「おお、そうだったのか、ジル嬢ちゃん悪かったな。」

「いえいえ!お役に立てて良かったです。それじゃ!!」


そう言ってジルは自室に向かって走って行った。


「んん、でもあの二人ってどういう関係なんだろう・・・。あ、もしかして!」


オーベルは歴戦の傭兵。

つまり以前からレゼルにいた可能性がある。


エルカも駆け出しの頃にオーベルに護衛を頼んだのかもしれない。

もしそうだったら嬉しいな、とジルは思いながら実験準備を進めるのだった。




「まさかお越しになられるなんて思っていませんでした。」


エルカはオーベルを部屋に迎え入れた。

扉を閉めて鍵をかける。


「いや、急に押しかけて申し訳ない。流石に手紙を出すわけにもいかなくてな。」

「それはそうでしょう。」


オーベルを椅子に掛けさせ、紅茶を淹れる。


「お久しぶりです、前ヴァムズ公爵、オーギュスト・アルメー・ヴァムズ閣下。」


そう言ってエルカは深々と礼をする。


「そうかしこまるな。ワシは隠居の身だ。」

「そう言われましても。」

「まあまあ、今のワシはただのジジイで単なる傭兵のオーベルだよ。」

「そういう訳にはいきませんよ・・・・・・。」


エルカは心底困った表情をした。

なるべく恭しくなり過ぎないように言葉を選ぶ。


「はっはっは、悪い悪い。そりゃ貴族の子女ならそうなるわな。」


オーベルは笑って謝罪した。


「それはそうと、ヒンメル伯爵は息災かな。」

「はい、おかげさまで。」

「ようやっと連合王国とのいがみ合いが無くなったものな。」

「ええ。いまでは辺境伯の肩書も返上か、と笑っておりました。」


エルカの生家せいかは、帝国東部国境の防衛の要、辺境伯ヒンメル伯爵家だ。

東方の最前線に立つ存在であり、侯爵に届くほどの権限を有する特殊な貴族。

シュレーゲン連合王国と海を挟んだ対岸に領地を持つ。


エルカは過去に色々あった結果、この国ブルエンシアへとやって来たのだ。


「平和であるがゆえに辺境伯は必要である、と皇帝陛下は仰るだろうな。」


若き皇帝の顔を思い浮かべ、オーベルは口調を真似る。


「こういう時こそ両国の懸け橋になってもらわねばならぬ、とな。」

「ふふふ、その通りですね。お父様にはまだ隠居してもらっては困ります。」


二人して笑い合った。


「して、今日はな、少々頼みがあって来たのだ。」

「頼み、ですか?前公爵閣下からのご依頼とあらば、何なりと。」

「止めんか、堅っ苦しい。頼みと言うのはな、ワシの娘についてだ。」

「娘、と言うと現ヴァムズ公爵閣下ですか?」


オーベルは頷く。


「娘がな、あまりにも公爵すぎるのだ。」

「公爵・・・すぎる、とは?」

「仕事仕事仕事、の仕事人間、という事よ。息を抜く事を知らん。」


やれやれと肩をすくめる。


「20やそこらの娘、力の抜き方を知らんのは仕方がない事なんだがな。」


少しだけ申し訳なさそうにオーベルは言った。

そして、本題を切り出す。


「それで頼みと言うのは、あやつの友人になってやってほしいのだ。」

「ゆ、友人ですか!?私が!?」


エルカは驚いて体を震わせた。


「おう。伯爵とはいえ辺境伯の子女ならば若年の公爵の友人でも遜色そんしょくあるまい。」

「さ、流石に恐れ多いのですが・・・・・・。」

「まあ、一度会ってやってくれ。観光にでも行くと思ってな。」


無理難題を吹っかけて、オーギュストは去っていった。

部屋には悩みに悩むエルカだけが残されたのだった。




ジルはそんな事になっているとは露とも知らず、自室で召喚実験をしていた。


今回の召喚対象は金尾燕 ―オルクーロンデル― だ。

この魔獣の金の尾には、人と人のえんを繋ぐ、縁繋ぎのご利益があると言われている。


「燕の魔獣ってなるから、やっぱり鳥の羽と風の欠片と緑の魔石と~。」


ジルは机の上に素材を並べていく。

風の欠片とは、そう呼ばれている綺麗な緑色をした樹液である。

一般的に価値は無いが、魔法においては触媒として良く利用されている。


「今回は魔法陣はいらない、はず!」


風の欠片と魔石の増幅効果があれば、おそらく大丈夫だ。


「あ、これ忘れるところだった。絹糸!」


数本の絹糸を素材に追加する。

金の尾は糸のように流れる特殊な尾。

だからこそ糸が大切だと考えたのだ。


「よっし、準備完了だー!」


3つの素材を絹糸で縛ってひとまとめにして、天井から吊るす。


風の欠片に目掛けて魔力を注ぐ。


部屋の中にそよ風が流れ、魔石に吸い込まれていった。

次第に魔石の中で風がうねって、風の欠片と魔石が融合していく。


鳥の羽もその中に取り込まれる。

まるで琥珀の中に閉じ込められる虫のように内部に定着した。


鳥の羽がキラキラと輝きを纏っていく。


ビュオッ!


素材が風に溶けるように消え、強く一陣、風が部屋の中を駆け抜けた。


「・・・・・・あれぇ?何もいない。召喚、失敗かぁ・・・・・・。」


がくり、と肩を落とす。


「ん?」


足元に何かがあるのに気付いた。

それは金色の糸のような―――


「あ!金尾燕オルクーロンデルの尾だ!!」


人と人を結ぶ、えにしの糸、金の尾が一本落ちていた。

召喚実験は失敗だったが、一歩前進。


喚び出された糸をジルは大切にビンに入れて、机の上に飾ったのだった。

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