第24レポート いでよ!へ、変態!?

「ふふふ、ふはは、ふはははははははっ!!!!!!!!!」


ジル達がいる階層から遥か上層、エルカのいる階層よりも更に遠く上層。

七等級研究者の研究室から大きな笑い声を発しながら男が現れた。


中央分けにした黄土色の髪。

眼鏡の奥で血走る灰色の瞳。


ニヤリと笑い歪む口元。

長身とまでは言えない背丈に、細身だが筋力はあるであろう身体。


纏うローブは本紫ほんむらさき ―鮮やかな紫色― 。

その上から濃い緑色のハーフマントを羽織っている。


ローブに包まれた上半身には金属製装具がでたらめに装着されている。

下半身は一般的なズボンを履きつつもベルト部分に小瓶をいくつも下げていた。


年の頃は四十を超えた位だろうか、年齢よりは若く見える。

だが、それ以上に彼を包む狂気とも言うべき雰囲気が目に付く。


彼の名はゲルタルク。

ロシェの師匠である。


そう、変態だ。


「はっ!ん~んん~。とうっっっっっ!!!!!!!!!」


自らの研究室のドアを蹴り開く。


くるくると回りながら廊下を渡り。


そして何の躊躇ちゅうちょも無く欄干を飛び越えた。


ローブを逆立たせながら、一階層へ向かって猛スピードでちていった。




「やっほー、ロシェちゃんおっはー!」

「ん、おはよ。」


今日は二人で朝食を食べに行く約束をしていた。

連れ立って階段を下りて、雑談をしつつ広場へと歩いて行く。


「ん!」


ロシェがびくっと身体を震わせ、その場に立ち止まる。


「どったの?ロシェちゃん。」


ジルの言葉に反応せずに、右を左を後ろを前を、きょろきょろと見回した。

その表情には嫌悪の色がありありと浮かんでいる。


その表情でジルも理解した。

が来るのだと。


「ふ、ははっ。」


どこからか、ほんの僅かに男の声が聞こえる。


「ふ、は、は、ははははっ!」


段々と声が大きくなっていく。

周りを歩く人々もその声が何なのか、気にして顔を見合わせていた。


「ふはははははははははははははっっっっっ!!!!!!!!!!」


広場の中央に男が墜ちてきた。


ぶわっ!!


突風が巻き起こり、地面に衝突する直前で男の自由落下が止まる。


すたっっ!


まるで初めからそこにいたかのように、男は優雅にその場に立った。


「うげっ。」


ロシェが声を発し、男に背中を向けて走り出す。


「おお、我が愛する弟子よ、どこへ行こうというのだねぇぇぇぇっ!!!???」


ぐるぐると回りながら猛スピードで男はロシェを追いかける。


よく見ると地面から少しだけ浮遊している。

風の魔法で体を浮かせたまま移動しているのだ。


無駄に高等な基礎魔法の行使である。


ぎゅんっ!


走っていたロシェを追い越し、急角度で旋回してロシェの行く手をはばんだ。


「くそ。」


残念ながらロシェは回り込まれてしまった。


「ふっふっふ、追いかけっこは楽しかったかね?」

「朝から最悪な気分。」

「素晴らしい朝だねぇ!!」


ロシェの顔がげんなりしている。

それに対してゲルタルクはきとしている。


この師弟は師匠から弟子に一方的な愛をぶつける関係性である。




「やはりここの食事はイイねぇ!!臓腑ぞうふに染みるようだねぇ!」

「なんでついてきた。」

「弟子との交流は師匠の義務だろう?」

「弟子を独り立ちさせるのも師匠の義務。」

「はっはっは、これは一本取られた、流石は我が愛する弟子だねぇ!!」

「はぁぁぁぁぁぁ。」


途轍とてつもなく長いため息がロシェから漏れる。


ゲルタルクは魔法装具学の権威、と言ってもいい程の上位研究者である。

彼が研究している、と言うよりも最早趣味として行っているのが造形だ。


金属や木材、魔石に魔力そのものまで。

ありとあらゆるもので人や魔獣の小型模型を作っているのだ。


その精度たるや、生き写しのような精巧さだ。

人間の模型は全て彼が採寸し、作り出した物である。


魔獣に関しては、その姿を余すところなく見るために数日間同じ個体を追い続けた。

彼を突き動かすのは情熱だが、狂気と言った方が的確だろう。


その魔獣の造形は魔獣生態学でも役立てられていた。

人間性はともかくとして、創造物は実に多くの者の役に立っている。


なまじ優秀なせいで一概に断罪も出来ず、あれよあれよという間に七等級になった。

一般的な倫理はとうの昔にゴミ箱に捨てている。


そして、彼はロシェの姿をいたく気に入っていた。


情欲じょうよくは一切無い。


ロシェの表情や髪の質感、体の肉の付き方や指先の繊細さ等々。

色々な所を気に入っており、細かく造形に落とし込んでいるのだ。


だが彼曰く、ロシェの繊細な表情は未だに作れていない、との事である。

彼の部屋には未完成ロシェ人形が溢れんばかりに置かれていたりする。


遭遇エンカウントするたびに鬱陶うっとうしい位に絡んでくる。

そんな彼の事をロシェは、とても、とても、とても、とても、苦手としていた。


「と、ところで今日は何しに来たんですか?一階層に来るの珍しくないですか?」


このままだとロシェがストレスで死ぬと感じたジルは話題をそらす。


「おおおおお!そうだったそうだった、忘れるところだったよ!」


実にわざとらしく、ゲルタルクは反応する。


「んん~、いい子のキミには、この十分の一キミ人形をあげよう!」

「いえ、いりませ、何で私のが!?」

勿論もちろん、以前キミを見かけた時に作ったに決まっているじゃないか。」

「ひ、ひぇぇぇぇ。」


ジルの十分の一程度の人形だが、とんでもなく精巧。

表情まで含めてジルの生き写しだ。


「私の友人に手を出すな、変態師匠。」

「はっはっは、何を言うんだい我が愛する弟子よ!」


横から見ている者達にとってこれはただの師弟漫才だろう。


だが、その見ている者達の造形もゲルタルクの部屋には置いてあるのだ。

この国にいる全ての者が彼の被害者である。


本人が知っているか知らないか、の違いしか存在しない。


「おおっと、本当に忘れるところだった。これを授けよう!我が愛する弟子よ!!」


ゲルタルクは懐から小さなビンを取り出し机の上に置いた。


「え、これって。」

「希少鉱石の粉末さぁ。弟子の頼みを聞くのも師匠の務めだからねぇ。」

「もらっておく。」

「うむうむ、感謝したまえ、我が愛する弟子よ!はっはっは!!!」


悪人ではない。


悪人では無いのだが、途轍とてつもなくうっとおしい。

うっとおしいが師匠としての務めもある程度ちゃんと行う。


通常、七等級研究者ともなると弟子の事は完全放任が殆どだ。

自分の研究に没頭している事の方が一般的である。


ゲルタルクのように積極的に弟子の事を構うのは非常に珍しいのだ。


それが過度でなければどれほどいい事か、とロシェは思っている。

いや直接、何度も何度も伝えてきた。


ゲルタルクがそんな事を気にするわけが無い。


「さて!!そろそろ行くとしよう!さらばだ、我が愛する弟子よ!!!」


金貨を一枚、なぜかわざわざ机に叩きつけ、ゲルタルクは去っていった。

ちゃんと弟子のためにかなり多めに代金を払っていくあたり、やはり師匠である。


「変態じゃなければ。」

「うん。そうだね。」

「追加注文。」

「うん。そうだね。」


去っていく変態師匠を白い目で見ながらロシェは追加注文を提案する。

変態の気にてられたジルもなんだか気疲れしつつ、それに同意した。




「ああ!やはり世界は素晴らしい!!」


両腕を広げ、身体を反らして天を見る。


「世界の全ての人・物・動物に魔獣!!何もかもが美しい!!!」


周囲の人間に構わず、大声で叫んだ。


「ああ、時間ときが足りない!!まだまだ至高には遠い!」


己の研究を、更なる高みを目指して彼は行く。


「さあ、研究に戻るとしよう!!!!!!!!!」


ぶわっ!!!


広場の真ん中で空に向かってうたうゲルタルクの足元に風が集まり彼を浮遊させる。

浮かび上がった彼は次の瞬間には上層階へと飛び去って行った。


「ふはははははははははははははっっっっっ!!!!!!!!!!!」


遥かに響く笑い声を残しながら。

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