第23レポート いでよ!鱗剣魚!

青空に輝く太陽と大海原に繰り出す小型船。


船から垂らされる釣り糸は海面に一点の穴を穿うがつ。

投げ込まれる網の端には大量を祈願する木のお守りがくくりつけられていた。


港の桟橋さんばしには水揚げされた魚が並んでいる。

帝国と海を挟んだ南方の国、ナーヴェ連邦の朝の風景である。


色とりどりに港を彩る魚の中に銀の鱗が一際ひときわ綺麗な魚が一尾。


鱗剣魚 ―スクアーダペシェ― という魔獣魚まじゅうぎょである。




「これをこーして、あれをあーして。」


ジルは召喚のための準備にいそしんでいた。


運び込んだ樽になみなみと水を溜め、その中に青の魔石を沈める。

手のひらほどの魚の魔獣の鱗も一緒に入れた。


不溶性の紙に魔法陣を描いて水に浮かべる。


次に。


「いや、何で私の部屋でやるのよ!」


メイユベールは吠えた。

ジルは彼女の部屋に来ていた。


「交代で相手の部屋で実験する、って約束したじゃん!」

「だからって、どう考えても大変なことになりそうな水使った実験する!?」


エルカの部屋での一件から、二人で約束した事がある。


月に数回、互いの部屋で研究や実験を共同で行う、という取り決めだ。

ジルとメイユベールはそれぞれ全く違う研究を行っている。


デメリットは殆ど無く、むしろメリットが沢山ある。


「私の部屋で何したか、覚えてないとは言わせないよ?」

「うぐっ、それは、そのぅ。」


メイユベールの目が泳ぐ。


「実験失敗して部屋の中、めっちゃくちゃにしたじゃん!!!」

「あ、あんなのちょっとした失敗じゃない!」

「ふ~ん?部屋の中の物が滅茶苦茶に飛び回って、色々壊れたのに?凄いなぁ。」

「う、ごめんって。その時も謝ったじゃない。」

「あはは、うそうそ。そんなに気にしてないよ。」

「そ、そう。良かった。」


そう、ジルはそんな事を気にしたりはしない。

だから今回、水を使った召喚実験を行って何が起きたとしても偶然だ。


多分。


「よーし、これで準備完了!」


樽の外側に術式を刻み込んで、ジルは立ち上がる。


「し、慎重にやりなさいよ?せめて水浸しにならないように。」

「うい!善処します!」

「それ、ダメな奴じゃない!!」


わちゃわちゃ騒ぎつつも、召喚実験を始めてからは二人とも真剣な表情に変わった。


互いの実験に対して、互いに気付いた事を終了後に伝える。

自分一人では分からない、第三者視点の意見を得られるという事だ。


だからこそ、メイユベールのジルを見る目は真剣である。


「ふぅぅ。」


大きく息を吐き、深く息を吸い込んだ。


身体の底、お腹の奥から吐き出すように魔力を樽へと注ぐ。

樽に刻んだ術式がじわじわと光っていき、全ての術式が光った後に水が淡く光った。


水の揺らめきを映し出すように青く澄んだ光が天井に海原を作る。

浮かべた紙に書かれた魔法陣が溶けるように消えて、不溶紙さえも水に溶けていく。


(ん?)


メイユベールは何かに気付く。

実験途中なので声には出さないが、何か、違和感を覚えた。


召喚実験はそのまま進む。


水中にある魔獣の鱗が、ぱらりぱらり、と細かく削れていくように水に溶けていく。

魔石の輝きが更に増し、水に渦を作った。


「来い!鱗剣魚スクアーダペシェ!!!」


ジルは声を発し、その魔獣を喚び出す。


樽の中の水の一部が空中に浮かび、球を作った。

ゴポゴポと音を発し、水の玉の中で泡が立つ。


ばしゃあっ!


「うばぶっ!」

「むぎゃっ!」


水の玉から、ジルとメイユベールの顔面に目掛けて強力な水鉄砲が発射された。


発射された水の光線は正確に二人の顔を撃ち、二人はその勢いで後方に倒れる。

空中にあった水の玉は、ばしゃり、と音を立てて樽の中に戻った。


「うわっ、しょっぱ!!ぺっ、ぺっ!」

「げほっげほっ、塩辛いっ!」


樽に溜められた水は真水だったが、実験の結果、海水に変わっていたのだ。

二人はすぐに樽の中を覗き込んだが、そこには何もいなかった。


ジルは不本意ながらもメイユベールに仕返しを成し遂げた。




「いやー、失敗失敗!ごめんね!」

「まぁ、部屋の中が水浸しにならなかっただけ良かったわよ。」


二人して風呂に入り、カフェでのんびりとお茶していた。


「海水が売れただけ良かった良かった!」

「クッソ重かったんですケド。」


樽に満載の海水をなんとかかんとかアルーゼの元に運び込んだ。


しかし、交渉の甲斐なく二束三文にそくさんもんで買い取られる事に。

なお、アルーゼには鼻で笑われた。


「お待たせしました。蜂蜜パンケーキと桃羽鳥ももはねどりの卵のガレットです。」


ジルが注文した厚みのあるパンケーキには黄金の蜂蜜が輝いていた。


メイユベールが注文したガレットは、削りチーズの雪が積もり白く化粧をしている。


桃羽鳥はカレザント国で育てられている特殊な鶏。

名前の通り、桃色の羽をしており卵の殻も桃色だ。


流石に卵の白身や黄身は普通だが、濃厚な旨味がある。


「おお~、これは美味しそう!」

「わぁっ、桃羽鳥なんて久しぶりに食べるわね!」


二人は感嘆の声を上げ、早速食べ始めた。


「あ、そうそう。言い忘れるところだったわ。」

「んぐんぐ?もぐもぐ、もぐぐぐぐ?」

「いや、食べるの止めなさい!」

「ごくん。で、なに~?」

「さっきの召喚実験でちょっと気になる事があったのよね。」


メイユベールは腕を組みながら言う。


「気になる事?なになに!?教えて!」

「そんな前のめりにならなくても教えるわよ、落ち着け!」


がたん、と立ち上がってテーブルに手を付き、身を乗り出したジルを手で制する。


「ちょっと確証は持てないんだけど、なんだか魔力の流れが変だったのよね。」

「魔力の流れ?それは魔法素学の観点から、って事?」


メイユベールが研究しているのは魔法素学。


その中でも彼女は魔力運用学という学派に属していた。


いかにして魔力を効率よく運用するか、という事を研究している。

この国の主流学派、それもそのド真ん中の学派である。


まだ駆け出しとはいえ、魔力そのものに関する知識は、他の学派とは差があるのだ。


「う~ん、そこまで明確に言えるわけじゃないけど。」


何と言うべきか、と迷いながら言葉を繋げる。


「不安定だった、というか、妙に強い魔力を感じた、と言うか。」


メイユベールの歯切れは悪い。

それを聞くジルも首を傾げる。


「なにそれ?」

「気のせいかもしれない違和感、本当にただの勘違いかもしれないの!」

「ふむむ。」


今度はジルが腕を組む。


「でも私って基礎魔法も暴発させる位だし、魔力操作は苦手かな。」

「ええ、知ってる。」


即答され、ジルは少し不満げだ。


「もしかしたら不安定になっているせいで上手くいかないのかも!」

「そうなると、基礎魔法の訓練が必要になるんじゃない?」

「そうだよねぇ。でも流石にエルカさんにお願いするわけにはいかないし。」


むむむ、とジルは考える。

そしてふと目の前に適任がいる事に気付いた。


「そうだ!ベルちゃんにお願いすればいいのか!」

「はぁ!?なんで私が!っていうかベルちゃんって何!?」

「魔法運用の研究してるなら適任じゃん!!メイユだからベルちゃん!」

「いや、私も研究あるんだけど!?」


そういうメイユベールの顔はまんざらでもない表情だ。


「ま、まあ、少しぐらいなら付き合ってあげなくも無いけど。」

「ホント!?ありがと!ベルちゃん!!じゃあ、行こう!」

「今から!?」


大急ぎで食事をかきこんだ二人は訓練場に向かったのだった。

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