第22レポート いでよ!霧氷花!

「ぐぬぬぬぬぬ。」

「うぎぎぎぎぎ。」


ジルとメイユベール。


二人は机を挟んでにらみ合っている。

以前の顔合わせ以来、両者のいがみ合いは続いていた。


何故か街中では高確率で遭遇エンカウント

施設利用のタイミングも何故か同時。

果ては素材屋で同じ素材を手に取ろうとして自分が先だと喧嘩にもなった。


その後、二人してアルーゼから拳骨を食らって放り出されたのは言うまでもない。


そんな両者だが、今日は椅子にい付けられたかのように立ち上がらない。


その理由は、二人の横に座るエルカの存在である。


「二人とも、気が合っているわね。」

「「合っていません!」」

「うふふふふ。」


否定する言葉をエルカに投げかけるが、完全に一致して二人は相手を睨んだ。

エルカはそんな二人の様子を微笑ましく見る。


「エルカさん!何でわざわざこの人呼んだんですか!?」

「な!お呼ばれしたのは私だけ!あなたは弟子って理由だけで来たんでしょ!?」

「なにお!弟子だからいつ来ても良いんです~、そっちとは違うんです~。」

「はっ、どーせ迷惑ばっかかけてるんでしょ?そんな顔してる~。」


二人の言い合いは勢いを増す。


ぱんっ


「「!」」


エルカが手を叩いたのだ。


「ジルちゃん、意地悪するものじゃないわ。いつもは人に優しい子じゃない。」

「う。」


右手に座るジルをたしなめる。

その様子にメイユベールは勝ち誇ったような顔をした。


「メイユベールちゃんも。誰彼構だれかれかまわず突っかかるのは良くないわ。」

「う。」


左手に座るメイユベールを優しくさとす。

二人ともエルカに正論を言われ、ぐうの音も出なかった。


「今すぐに仲良くしなさい、とは言わないけれど。」


エルカの目が、すうっ、と冷たくなる。


「人に迷惑をかけるのはダメ。」


ぴりっ、とした緊張が走る。


エルカもこの国で研究者として一定の地位にいる。

ただ優しいだけでは無いのだ。


「でも、張り合う事が悪いとは言わないわ。」


ふっ、と緊張が緩む。


「競い合える相手がいるっていう事は、実は恵まれている事なのよ?」


エルカは少し寂しそうな目をしながらそう言った。


エルカがこの国に来たのは十四歳。


初めは師匠と比べられて色々言われたが、僅か一年後には誰も何も言えなくなった。

十五歳から多くの研究成果を出し、次々と賞賛を受けて等級を上げてきたのだ。


それ故に同年代の研究者とは交友関係が希薄になってしまった。

研究成果で比較されるのは十歳近く年上の研究者ばかり。


共に切磋琢磨する相手がいない、言いようのない孤独感を抱えていた。


今はそれも割り切り、ジルに自分の経験を伝える事に幸せを感じているのだが。


「競い合う、相手。」


ジルは顔を上げてメイユベールを見る。


自分とよく似た少女だ。

目つきが鋭い事と髪が長い事を除けば、何もかも、よく似ていると思う。


無性に苛立いらだちを覚えるのは、自分自身を見ている、そんな感覚からなのだろう。


そんな事を考えていると、ぱちり、とメイユベールと目線がかち合った。

咄嗟に二人とも目線をそらす。


おそらく同じような事を考えていたのだろう。


「ふふ。」


そんな可愛らしい少女たちの様子を見て、エルカは優しい笑みを浮かべるのだった。




エルカの部屋から出て下の階層へと歩いていた。

ジルの隣にはメイユベールが歩いている。


二人ともエルカに言われたことを気にして、微妙に目線が下がっていた。


「ねえ。」


メイユベールが声を発する。

ジルは彼女を見た。


「私たちの関係って何?」


ジルは考える。


友人、と言うには親しくはない。

敵、と言うにはそれほどの憎悪は無い。


何とも言えない間柄だ。


「よく、分かんないなぁ。」

「そっか、私も同じ。」


そう二人で僅かばかりの言葉を交わして以降、どちらも何も言わなかった。




ジルは考えた。

この心のもやもやは何だろうか、と。


母国にいた時もこの国に来てからも経験した事の無いもやもやだ。

ザジムやロシェと話したりしている時には感じた事の無い感覚。


初めての感覚である。


「う~ん、む~、はぁ。」


どれだけ考えても結論は出ない。


「あー!もう!何だかむしゃくしゃするー!!こういう時は実験だ!」


召喚実験は集中できる。

素材を入手して手早く準備を進めた。


「んんんんんん。」


魔力を魔法陣へと注入していく。


『ねえ。私たちの関係って何?』


頭の中にその言葉が響く。

ふと、集中が途切れる。


ばがーーーーーーんっ


ゴロゴロと転がり、ドアに後頭部をぶつけて止まった。


「あいたたた。」


後頭部をさすりながら立ち上がる。


どうーーーーーーーんっ


どこか遠くで爆裂した音が背後から聞こえた。

何故かジルの頭の中にはメイユベールの顔が浮かんだ。


「よしっ。」


ジルは何かしらの思いを胸にドアを開けて外へと繰り出した。




「ハッ、面白れェ事考えてやがるな?ほれ、不溶氷晶ふようひょうしょうだ。」


アルーゼは五センチ角の透明な氷を差し出す。

常温でも一切溶けない、氷の結晶である。


採取地はこの国から西にあるカレザント国の南、砂漠の国デゼエルト王国。

人間の見た目で身体の一部にだけ耳や尾などの獣の特徴がある者が多い国である。


魔力が不活性ふかっせいな土地であり、魔法使いにとっては天敵とも言える特徴がある国。

その特殊な環境から、他の地域では見られない物や魔獣が存在する。


この氷の結晶もその一例である。


「ありがと!それじゃ!」

「おう。」


ジルはすぐさま隣の店に駆け込む。


「あらぁ、ジルちゃん、いらっしゃい~。」

「イーグリスさん、こんにちは!」


挨拶を済ませるとジルは一直線に一つの花の元に向かう。


「ふふふ、何か面白い事考えてるみたいね。霧球花むきゅうはな、お一つお買い上げ~。」


イーグリスは、水が滴らないように根元に紙を巻き付けジルに花を渡す。


霧球花は西大陸北方、剣の国カルゼア王国に自生する植物である。

霧のように無数の白く小さな花を球状に付ける花である。


「ありがとうございます、それじゃ!」


元気に走り去るジルにイーグリスはくすくすと笑ってそれを見送った。




「エルカさん、準備って出来てますか?」


後日、ジルとメイユベールは再びエルカの部屋に集まっていた。

ジルの手には不溶氷晶と霧球花が握られている。


「ええ、大丈夫よジルちゃん。」


部屋の中はいつもよりも更に綺麗にされていた。


「結界を張ってあるから、何が起きても影響が出る事は無いわ。頑張ってね。」

「ありがとうございます!」


お礼を言いながらもジルは床に敷いた布に魔法陣を描いていく。


「何なのよ、まったく。」


メイユベールは腕組みしながら不満そうな目線をジルに向けている。


それも無理はない。

突然やって来たジルに引っ張られてここまで連れてこられたのだから。


「まあまあ、メイユベールちゃん。ちょっと付き合ってあげて?」


エルカがメイユベールの後ろから両肩に優しく手を置く。


「ま、まあ、エルカ様がそういうなら?付き合ってあげない事も無いですけど!」

「ふふふ、ありがとう。」


メイユベールは弱々しい反発を含んだ言葉でエルカに同意の旨を伝える。


彼女は実はエルカの事を尊敬していた。


今の自分よりも若い頃から成果を出し、あっという間に三等級になった天才。

見た目も魅力的な女性で物腰も柔らか。


自分にない魅力と実力を沢山持っている、女の目線から見ても素晴らしい人物だ。


「よっし、出来た!!」


すっくと立ちあがってジルは元気にそう言った。

その言葉を受けてエルカは魔石灯の明かりを消す。


「結局、何をしたいのよ?」

「ま、見てて!」


ジルは魔力を流し入れた。


魔法陣の中心に置かれた不溶氷晶が光を帯び、霧球花の小さな花が空中に舞い散う。

優しい光が部屋の中に満ちていく。


「ふぅ、えいっ!」


一息吸い込んでから、ジルは軽く力を込める。

その瞬間、ぱっ、と何かが周囲に散った。


「ほぁぁ。」


メイユベールが呆けたような声を発する。


周囲に散ったのは赤と青の霧だった。

正確には霧氷花 ―ネブラキース― である。


竜の国ダルナトリアの一部地域で極寒の快晴の日にだけ現れる二色の霧氷の花。


生物なのか、自然現象なのか、それとも何らかの魔獣なのか。

全く分かっておらず、研究も進んでいない存在。


何故なら一瞬で消滅してしまう、はかない存在だからだ。


「メイユベールちゃん!」

「え!?なに!?」


呆けていた所にジルから名前を呼ばれて、はっ、とする。


「私たちって似てるよね。」

「まあ、そうね。」

「でも、似てないよね。」

「はぁ?まぁ、でも言いたい事は分かるわ。」


外見は似ている。

でも内面はそんなに似ていない。


素直なジルと意地っ張りなメイユベール。

負けん気が強いメイユベールとちょっと落ち込みやすいジル。


でもどちらも諦めない所はよく似ている。


「私たちってこの霧氷花みたいに色が違うだけだと思うんだ。」

「うん。」

「すっごく似ているけど色が違う。」

「まあ、分かる、かな。」

「でも。」


宙に散っていた赤と青の霧氷花がうねり、集まり、渦巻き状に塔を作る。

次の瞬間、紫色の霧氷花が周囲に散った。


「こうやって混ざり合う事も出来ると思うんだ。だから。」


ジルは右手を差し出す。


「これからは一緒に頑張ろう!」


差し出された手をメイユベールは見つめる。

そして。


「ふん、あなたがどうしてもっていうなら、ね!」


がしり、と差し出された手を握った。


友人と言うにはちょっと距離がある。

でも敵なんていう険悪な間柄ではない。

互いに高め合う、よく似た、そんな存在。


ジルとメイユベールは好敵手ライバルである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る