第21レポート いでよ!夜雀!

夜の道は危険である。


町から離れれば、それは更に顕著けんちょになる。

多くの危険が常に身の回りに存在する。


森の暗がりの中。

光を失った暗い川の中。

底の見えない沼の中。

暗闇をたたえる洞窟の中。


至る所に何かがいる。

だが、その逆に守ってくれる存在もいるのだ。




「ようこそ、どうぞお入りください。」

「おじゃましま~す!」


レンマに促されてジルは彼の部屋へと入る。


途端、不思議な匂いが香った。

嗅いだ事の無い匂いだが何故か落ち着く、レンマの纏う雰囲気のような匂いだ。


彼の故郷、アマツ皇国の匂いなのだろう。


アマツ皇国は東大陸南東部に存在する。

平野と数個の大きな島、無数の群島によって国土を形成している国である。


東大陸の大国シュレーゲン連合王国の南方と国境を接している。

しかし両国は峻険しゅんけんなる『天嶮てんけん山脈』で分断されていた。


それゆえに文化的交流は全くと言っていいほどに無かったのだ。


結果、帝国、連合王国、双方の文化から隔絶かくぜつされる事になった。


それによって独自の文化を育んできた、世界的にも稀な国である。

だが、百五十年ほど前に連合王国との交易海路が繋がり、言葉の壁が無くなった。


それでも祈祷きとうや呪術に使われる固有の文字は残り続けている。


刀の発祥国でもあり、現在は独自の文化に魅せられた他国からの旅行者も多い。

食文化も独特で、魚を生で食べるのだという。


ジルは海洋国家ナーヴェ連邦出身である事から生魚は平気だ。

しかし、一般的にはゲテモノ食いのたぐいとして見られるだろう。


「妖怪に関する話を聞きたい、という事でしたね。」

「はい!調べても情報が無さ過ぎて何にも分かんなかったので!」


椅子と机ではなく、草で作られた厚い板のような敷物の上にそのまま腰を下ろす。

円形の背の低いたくを挟んで向かい合った。


敷物はたたみ、と言うらしい。


「では、今回は夜雀 ―よすずめ― という妖怪についてお話致しましょう。」

「よろしくお願いします!」


静々としたレンマの言葉に元気のいいジルの言葉が返される。

ふふ、と少し笑い、レンマは話し始める。


夜雀よすずめは暗い山道に現れる妖怪です。」


昔話でも語るようにレンマは滔々とうとうと話していく。


「雀とは言いますが、実際に姿を見た事がある者はいないと伝わっております。」

「ふんふん。」


レンマの話を一言も聞き逃さない、と言った前のめりな姿勢でジルはメモを取る。


「夜道をどこまでも、どこまでも、雀の声が追ってきます。」

「声が追ってくる、と。」

「数人で歩いている場合であってもそのうちの一人にしか、その声が聞こえない。」

「一人だけ?なんだか不思議だなぁ。」

「かつてこれを捕まえた者がいる、と言う話がありました。」


話のその節にジルは反応した。


「え?じゃあ絵とか残ってるの?」


レンマは首を振った。


「その者は即座に目が潰れ、夜雀の姿は見えなかった、との事。」

「目が!?それは突かれたとか?それとも呪い?」


おそるおそるジルは問う。


何分なにぶん古い話ですから細かい事は分かっておりません。」


その言葉にジルは少し残念そうにする。

レンマは更に言葉を続けた。


わたくしはその者が捕まえたのは別の妖怪であった、と考えております。」

「別の妖怪?それはどうして?」


ジルは首を傾げる。


「夜雀がいている間は魔獣から守ってくれている、という話があります。」

「え?話の内容が全然違う?」


先程の話と全く異なる情報を、ジルは不思議に思う。


「ええ。そのような妖怪が目を潰す、というのは少々考えにくい。」

「それは確かに。」


うんうん、とジルは頷いた。


「それ故、全く別の妖怪である、と考えております。」

「むむむ、完全に分かっている訳ではないんですねぇ。」


メモをしながらジルは困った顔になる。

そんなジルにレンマは更に言葉を続ける。


「そういった事から、夜雀がいたとしても無害でしょう。」

「喚び出しても害が無いなら大丈夫そうだ!」

「ええ、まあ、そうですね。」


レンマは思った。

それではずっと部屋の中で雀の鳴き声が聞こえるのでは、と。


俄然がぜんやる気を出して意気軒昂いきけんこうな様子のジルには言わなかったのだった。




「あァ?」


カウンター越しにジルから放たれた言葉にアルーゼは眉間にしわを寄せる。


「だ~か~ら~、もう一回言いますよ!」


アルーゼの様子が不満そうにジルは指をさす。


「人を守ってくれるけど夜の道でずっと追いかけてきて。」


特徴を伝える。


「目を潰すかもしれないけど魔獣から守ってくれて。」


更に特徴を伝える。


「神聖じゃないけど邪悪でもない雀のようなそうじゃないような魔獣の素材!」


もっと特徴を伝えて、話を締めくくる。


「く~ださい!」

「あるわけねェだろ、このスカタン!」

「むびゅえ。」


訳の分からない事を言うジルの頬を親指と人差し指で左右からつまんだ。

ひょっとこ口になったジルは素っ頓狂な声を出す。


ひょ、ひゃめ、いあ、ひからつよい!ちょ、やめ、いや、ちからつよい!


かなりの力でアルーゼはジルを口をつまんでいた。

ジルとアルーゼは力比べをして、何とかジルは解放される。


「いっつつつ。」


ミチミチと音が鳴っていたかと思うほどの力で潰された両頬をさすった。

ジルはカウンターに両手をつく。


「何で無いんですか~、ここ何でも揃ってるんじゃ無いんですか~?」

「それじゃこの店だけで足りるワケねェだろ。もうちょっと対象を絞れ、阿呆。」

「むむ~、じゃあ雀の魔獣の素材ってあります?」

「羽ならあるぞ。」

「じゃ、それで。」


ジルは茶色い羽根に白のまだらが入った小さな羽を手に入れた。




「ちっちち、すっずめ、ちっちち、すっずめ、ちゅんちゅんちゅん。」


手に持った小さな羽をタクトに指揮をる。

もちろんジルに音楽の教養なんていう高尚な物は存在しない。


「ん、ジル、やっほ。」

「ロシェちゃん、ちはー。」


自室の前でロシェと出会った。

ジルは帰りだが彼女はこれから外出するようだ。


「どっか行くの~?」

「師匠のトコ。正直、行きたくない。」

「ああ~。」

「聞くこと聞いたらさっさと帰ってくる。」

「い、いってら~、気を付けて~。」


心底嫌そうな顔をしたロシェをジルは心配な面持ちで見送った。


彼女の師匠は、まあ、倫理観を大分前にゴミ箱に捨てたタイプの研究者だ。

一言で表すなら、安全な変態、である。


ロシェは普段表情を変えないタイプだが、師匠に関しては露骨に嫌な顔をする。


理由は単純。

師匠が変態だからだ。


「さ、さてと!召喚実験だぁ~、あ~、ぁ~。」


姿の見えぬ変態ロシェの師匠の気にやられながらも、ジルは実験を始めた。


今回の準備は至極簡単である。


雀の魔獣の羽、稲わら、日陰ひかげ草を一束ずつ。

日陰草は日陰蔓ひかげのかずらとも言われる草である。


針状の細い葉が細長い茎の一面に生えてトゲトゲしており、茎の先から真っすぐ上に

黄色に近い緑色のうろこ状の穂をつける。


今回ジルが手に入れた物も黄色っぽい穂が鮮やかだ。


「これをこうして。魔法陣は鳥に関する術式に変更しよっと。」


広げた稲わらに日陰草を敷き詰める。


敷き詰めた中心に羽束を置いて、そのまま稲わらをの要領で丸めた。

魔法陣は鳥に関する言葉を書き入れる形に変更する。


魔法陣の中心には稲わらを置く。


「よしよしっ!出来た~~~~!」


ぐいーん、と伸びをしてジルは息を吐く。

そして、いそいそと召喚を始めた。


魔法陣に魔力を注ぐ。


ちりちりと音が鳴り、稲わらの色が黄色から白へと抜けていった。

内部の日陰草の穂がぼんやりと緑色に光る。


雀の羽は稲わらの中で動いているようで、がさがさと音が立つ。

稲わらのある空間が魔法陣の中心に向かって渦を巻くように歪んだ。


ぽんっ


軽い破裂音が鳴る。

次の瞬間には魔法陣の光も無くなっていた。


「あれぇ?」


何もない。


そう、何も無くなった。


魔法陣も稲わらも消えてなくなっていた。

消滅魔法を使ったわけではない、そもそもジルはそんな魔法は使えない。


つまり、今日も失敗したのだった。

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