第27レポート いでよ!塵竜!

魔獣生態学は、魔獣に対して調査を行っている。


そこらの道端にいる石モグララピスモールから、洞窟の奥深くに眠る古代竜まで。

小さな毒小蜘蛛ソギルブートから、全長1km近い海竜まで。


それこそありとあらゆる魔獣が調査対象なのだ。

その目的は、魔獣の生態を解明して危険から人々を守る事。

判明した魔獣の生態は各国へ情報共有されている。


国の利害を超えた研究なのだ。


魔獣生態学の研究を行っているノグリスは色々な地域に出向いている。


彼女は龍人である事から、頑丈な肉体と遠くまで飛んでいける翼がある。


翼は魔力を集中させた時のみ現れるものであり、普段は見る事が出来ない。

これは龍、という存在が霊的存在に近いからだろう。


翼は片翼が身体と同じ程度の大きさ。

これで飛行できるのも龍人の魔力による作用だ。


彼女のこういった特徴は、まさに魔獣生態学の研究者に適任と言える。


ばさり、と大きく翼が風を掴んで音を立てる。

はるか眼下の街道を行く人々がゴマ粒のようだ。


「リスちゃん、今日はありがとう~。」


ノグリスに抱かれながらジルはお礼を述べた。

声が明瞭に分かるのはノグリスが進行方向に魔力障壁を作り出しているからである。


万が一、手を放してしまったときのためにジルとノグリスは胴を縄で繋いでいた。


「特に気にする必要はない。私も一人で行くのは退屈だったところだ。」


ふところのジルに答える。

ノグリスからはジルの頭頂部しか見えていない。


「風が気持ちいいな~。こんなふうに自由に飛べるなんてうらやましいよ~。」

「風が気持ちいい、か。もう長い事気にした事が無いな・・・・・・。」


龍人にとって空を飛ぶ、というのは日常だ。

子供の頃ならばともかく、十と八を迎えた今は既にそんな感覚は無かった。


「いや~、でも少し厚着してきて良かったよ~。ちょっと顔が肌寒い!」

「まあ、高く飛べば飛ぶほど寒くなるからな。」


手には手袋、ローブの内側にはベスト、スカートの下にレギンスを履き。

ジルはいつもよりも重武装だ。


リュックを体の前に抱え、その中にマカミを収納している。

その口からマカミが顔を出している。


「以前から気になっていたのだが、なぜマカミを喚び出したままなんだ?」


ノグリスは問う。


以前ジルから召喚術について聞いた事がある。

必要な時に魔獣等を喚び、用事が済んだら元いた場所に戻す、そう話していた。


だが、マカミは以前の一件翼竜騒乱からジルに付き従い続けている。


「う~ん、マカミがかえろうとしない、っていうのもあるんだけど・・・・・・。」


ジルは空中で顔を下に向け、リュックから顔を出しているマカミを見る。


「なぜか還す事が出来ないんだよ。調べる事も出来ないからそのまま。」

「そういうものなのか、先駆者がいない、というのも大変だな。」


大空をきながら、そんな雑談を続ける。


彼女たちが向かう先は西大陸。


カレザント国の対岸、西大陸中央部の国、レント王国だ。

国土の形が南東に頭を向けた戦槌ウォーハンマーのようである事から、つちの国、とも呼ばれる。


広大な穀倉地帯を抱える長閑のどかな国でもある。


その国の港町を超え、首都を超え、左右を山に挟まれた山間部に着陸した。

着陸した場所の目の前には、上空からも見えた広い町がある。


レント王国北西部の町、ディトラトだ。

戦槌の頭部分と柄の接合部に位置する町。

王国北西部への入口であり、西方の国への物流中継地でもある。


「町で宿を確保して少し休憩したら出発だ。」

「おー。ってリスちゃんは体力とか大丈夫?私を抱えてたし重かったよね?」

「いや、むしろ軽すぎて驚いたんだが。」


その言葉はお世辞でも何でもない。

ジルは小柄で本当に軽かったのだ。


「逆にジルは大丈夫か、肌寒い中を飛んだから体は冷えてないか?」

「今日の私は重装備なので何の問題も無しです、ノグリス隊長!」

「ははは、ならば行くとしようか、ジル隊員。」


町の中へと入り、手早く今夜の宿を確保し、すぐに町の北西側の門から外へ出る。


「出発前にも伝えたが、今回の捜索対象は塵竜 ―スピディアドラコ― だ。」


塵竜スピディアドラコは目視することが困難な灰色の塵。


竜の名を持つがどちらかというと精霊のたぐいに近い。

獲物を狩る際にのみ姿を現し、竜の姿を取る。

その際には強い魔力を放つという。


分かっているのは西大陸の中央部、レント王国北西部にいる事だけ。

狩りの時しか姿を現さないその性質から、今まで調査が進んでいなかった。


ノグリスは今回、この捕捉ほそく困難な目標の生態調査を行うのだ。


「そんな竜どうやって見つけるの?一か所に留まってるわけでも無いんだよね?」

「ああ。だが、塵竜は常に魔力を帯びているはずだ、でなければ存在を保てない。」


ノグリスは自身の仮説を迷う事なく言い切った。


「不可解な魔力の流れをとらえられれば見つける事は出来る、と考えている。」


ノグリスは自信をもってそれを述べる。


魔法研究者にとって、仮説の設定とその証明は成功よりも失敗の方が多い。

だが失敗であったとしても『その仮説は違っていた』という証明となる。


その証明をもって次の仮説の設定へと向かうのだ。

ノグリスもこれを繰り返して今回の仮説へと至っている。


「なるほど。じゃあ私も注意しておくね。素材採取のついでにお役に立ちます!」

「ありがたい。もし何か気付いた事があれば遠慮なく言ってくれ。」

「りょーかい!!」


そうして、一日目の調査が始まった。


街道を逸れて平原の方へと向かい、周囲に何もない場所で感覚を研ぎ澄ます。

特に何も見つからなければ場所を変えて同じことを繰り返した。


その横では土を掘っては採取してビンに詰め。

木に登っては木の実を採取し食べ。

ジルは素材採取のため、あっちへこっちへ歩き回っている。


一日目は特に何も発見できなかった。




二日目。


今度は山に近づき、森の中へと入る。

魔力感知をすると反応があった。


二人で姿勢を低く、気配を消して近寄っていくと、ただの石モグラだった。

西大陸の森でしか見られない、額に風の欠片が輝いている個体だ。

目的の魔獣では無かった。


ジルは大ぶりの風の欠片を手に入れた。




三日目。


町のそばを流れる川を追って上流へと向かう。

上流域には森の中に滝が流れ、大きめの泉になっていた。


魔力感知をすると泉の中から強い何かの魔力を感じる。

顔を見合わせ、ジルが水中に手を入れ風の基礎魔法を使ってみた。


暴発した風魔法によって泉の水が吹き飛ぶ。

そこにいたのはデカいナマズのような魔獣だった。


町の酒場におろして、二人は路銀を手に入れた。




四日目。


そろそろ探す場所にきゅうしてきた。

いっそ大胆に行くか、と話し合い、山を登る。


ジルは途中でほのかに熱を帯びる炎熱えんねつ鉱石を見つけた。

町から近い山に登りながら魔力感知を続けたが、頂上付近で強い魔力を感じる。


だが、何か変だ。

すごい勢いで近づいてくる。


二人してその方向を見ると山頂から岩石が転がってきていた。

いや、岩石じゃない。

岩のような鱗状うろこじょう外皮がいひを持つ穿山甲せんざんこうの魔獣だ。


ジルはマカミに燐火りんか弾を撃たせたが、外皮に弾かれ全く効いていない。


来た道を駆け戻る、が、魔獣の方が早い。

咄嗟にジルを抱えてノグリスは空中へと逃れた。


すんでの所でき潰されずに済み、魔獣は森の中へと消えていった。




五日目。最終日。

外出許可も今日までだ。

帰る時間も考えたら今日の昼までには出ないと間に合わない。


「ジル、付き合ってくれてありがとうな。今回は時間切れのようだ。」


そう言うノグリスは少し残念そうだ。


「リスちゃん・・・・・・。」


そんな彼女を見るジルも何だか寂しい気持ちになる。


「まあ、これで終わり、という訳でもない。また探しに来ればいいだけだ。」

「うん、そうだね!」


そうは言うが、長期の外出許可は許可されにくい。

今回のような外出はしばらく出来ないだろう。


「・・・リスちゃん、ちょっといいかな?」

「うん?何だ?」

「気になった、というよりも、ただのかんなんだけど。」


自信なさげなジルに、言ってくれ、とノグリスは促す。


「前提が間違っている、って事は無いかな?」

「前提が?どういう事だ?」

「例えば・・・・・・そう、魔力は出ているんじゃなくて、吸収してる、とか。」

「魔力を吸収・・・?だが、塵竜は獲物を捕らえて・・・、いや、違う!」


外部からの視点に基づいて、自身の仮説の逆を導き出す。


「魔獣の魔力から発するなら、その一瞬だけ魔力が生じる。ならば探し方は―――」




ノグリスはジルを抱えて上空を飛ぶ。


だが、この国に来た時のような高さではない。

もっと低く、百メートル位の高さを高速で進んでいく。


注意を向けるのは平原を行く魔獣の群れだ。

その中でも寿命が尽きそうな、フラフラとしている個体。


それを探している。


二人が立てた仮説は、寿命で死んだ魔獣が放つ魔力がその姿塵竜の姿を取る、という事。


そして、その対象はこの地にしかいない黒蛇鶏 ―ネグリエンテ― だ。

黒蛇鶏ネグリエンテは真っ黒な姿で蛇のように長い尾を持つ巨大な鶏の魔獣だ。


人間から日常的に狩猟対象とされる魔獣。

それ故に寿命をまっとうする個体は少ない。

だからこそ、塵竜は目撃証言が少ない。


となれば、筋は通っている。


「・・・・・・あれ!」

「見つけたぞ!よし、このまま待機する。」


ふらつく個体を見つけ、上空で待機する。


そのうち魔獣は、どさり、とその場に倒れ、次第に動かなくなっていった。

それを確認し着陸して近寄る。


黒蛇鶏はもはや命の灯が消える直前だ。

二人でその最期を看取みとる。


そして―――


ぶわっ


風が流れる。


二人の目の前に大きな大きなが姿を現した。

塵のような灰色の粒が集まっているが、確かに気高いドラゴンの姿だ。


単なる魔獣のドラコとは違う。

塵竜は死した黒蛇鶏の身体を捕食する。


黒蛇鶏の姿はき消え、次の瞬間には塵竜も大地に吸い込まれるように消えた。


「そうか・・・、あのおとぎ話は本当だったんだな。」


その光景を見届け、ノグリスはつぶやく。


「おとぎ話?」

「ああ、私の故郷ダルナトリアのおとぎ話の一節いっせつだ。龍の祖先は鳥である、と。」

「龍の祖先が鳥・・・。」

「今の光景を見て理解した。塵竜は地脈の中に溶けてダルナトリアへとく。」


ノグリスは北東、故郷の遠きダルナトリアの方角を見た。


「そして龍に生まれ変わるんだ。」

「生まれ変わり、かぁ・・・・・・。何だか不思議!」

「もしかしたら龍神公りゅうじんこう様や七武将しちぶしょう様ならご存じかもしれないな。」


痕跡調査を行い、何も残っていないその場を後にする。


いつの日か、あの龍と会える日が来るかもしれないな、と。


ノグリスはそう、思ったのだった。

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