第二章

第20レポート いでよ!針剣土竜!

ジルに沙汰さたが下った。


内容としては功罪あり。


召喚術という新しい魔法形式を成功させた。

ブルエンシアとしてそれを認め褒賞を与える、という事だった。


これは即ち、召喚術を魔法系譜けいふの一つとして正式に認めるという宣言と同義どうぎである。

あくまで仮ではあるが、国からの発表。

十二分な評価である。


今までであればジルは浮かれに浮かれて研究すらおろそかになっただろう。

だが、今のジルは新たな研究に情熱を燃やしていた。


それは心の中に在るものに対する不退転ふたいてんこころざし発露はつろだ。

魔法研究者として一皮けた、と言えるだろう。


そう、今のジルに一切の油断など無い。


「ふへへへへぇ。」


などという事は無かった。


ジルはそれはまあ分かりやすいように浮かれていた。


無理もない。

新しい魔法系譜の第一人者だいいちにんしゃになったのだから。


ちなみに師匠であるエルカもこの浮かれようを知っている。

気持ちも分かるし、そのうち元に戻るだろう、と考えて特に叱りはしていない。


「ぬふふふふぅ。」


気持ち悪い。


むふむふ、と変な笑いを浮かべながら街中をフラフラしていた。

そんなジルの隣には、召喚術を確たる物とした証拠であるマカミが寄り添っていた。


何処どことは無しに上を見ながら道を歩く。

右に左にフラフラするような事は無いが、周りへの注意はおろそかになっている。


タッタッタッタッ


駆ける足音が近づいてきた。

だがジルはそんな事には気付かない。


タッタッタッタッ


足音はジルの真後ろに迫ってきていた。

そして。


ドンッ!


「あだっ!」

った!」


肩同士がぶつかった。

ジルは前によろめき、ぶつかってきた人物は横でくるりと回る。

彼女の真正面で左肩をさすりながらジルをにらんだ。


赤に近いだいだいの膝ほどまである長い髪を首の後ろで二つに分けてツインテールにしている。

瞳の色は鮮やかな緑がかった青色、ターコイズブルー。


背丈はジルとほぼ同じ小柄な少女だ。

おそらく年の頃もジルと同じくらいだろう。


身に付けているローブもジルと同じ黒のローブ、初等研究者だ。


睨みつけられたジルは、突然の事で何が何だか分からない顔で少女を見る。


「なにフラフラ歩いてんの、邪魔なのよ!」


突然の罵声、ジルは呆気に取られて反応が出来ない。


「こっちは急いでるんだから道を譲りなさい!このノロマ!」


少女は何とも自分勝手な罵倒をジルにぶつけて、走っていった。


「なんだよ、もーー!ぶつかってきたのはそっちじゃないかー!!」


走り去る少女の小さな背中にジルは不満をぶつけたのだった。




折角のいい気分を台無しにされたジルは気分を変えるために料理屋へとやって来た。

むしゃくしゃする時は何か美味しい物を食べるのが一番だ。


「こんちは!!鶏の鏡面焼きフーゲルラーテン頂戴!!!」

「うおっ、なんだいきなり!びっくりするだろが!」


背を向けていたバルゼンは、ジルの開口一番の大声にびっくりする。


カウンター席に、どっか、と座ったジルはむくれていた。


その様子を見てバルゼンは何かがあったのは分かる。

が、触らぬ神にたたりなし、といった様子で再び後ろを向いて調理を始める。


「ちょっと!!牛の泥焼きシュティラムラーテン寄越よこしなさい!!!」

「どわぁっ、何だ!驚くだろが!」


背を向けていたバルゼンは、その少女の大声に再び驚いた。


少女はジルの隣に、どすっ、と腕を組みながら座る。


少女の眉間にはしわが寄っていた。

再びの厄災やくさい神の登場にバルゼンは、くわばらくわばら、と心の中で唱える。


「「あ!!!!」」


互いに相手に指をさした二人の声が重なった。

途端に二人の表情が更にけわしくなる。


「あなたさっきの!」

「ぼけっとしてた鈍臭どんくさい奴!」


がるるるるっ、と二人で向き合って唸る。

そんな二人の前に注文した料理が置かれた。


ジルが注文したのは、鶏の鏡面焼き ―フーゲルラーテン― だ。


鶏もも肉を塩と胡椒で味付けし、フライパンに皮目を下にして置く。

上から熱した重石おもしを乗せて焼き、皮目をパリパリに焼いたチキンステーキだ。


パリパリの鶏皮とそれにしたたる油の反射が鏡のようだ、とこの名前になった。

さっぱり目の味付けだが、パンにもライスにも合う逸品だ。


ジルはライスを注文した。


対して、隣に座る少女が頼んだのは、牛の泥焼き ―シュティラムラーテン― だ。


レアに焼いた牛ステーキを火から下ろし、とろみのある濃い味のタレにくぐらせる。

その後にもう一度火を通してミディアムレアに仕上げたステーキである。


火を通す事で更にとろみが増したタレとそれをたっぷり被った肉が泥の塊に見える。

その姿からこの名前が付けられた。

こちらもパンにもライスにも合う逸品だ。


少女はパンを注文した。


二人の食事はある意味、正反対。

それにも互いに対抗心を燃やし、両者ガツガツと食べ始める。

味わっているようには見えない。


バルゼンは、しょうがない奴らだ、と二人の事を呆れて見ていた。


「「ごちそうさま!!!」」


二人してほぼ同時にそう言って立ち上がる。

睨み合い、ふんっ、と鼻を鳴らして店を出て、双方正反対の方向に歩いて行った。


その後もなぜか街中の行く先々で鉢合わせとなった。

そのたびに対抗し、色々な店や人に迷惑をかけまくっていったのだった。




「どうしたの、ジルちゃん。」


エルカの元に転がり込んだジルはまだむくれていた。

浮かれていたはずの弟子の様子に心配になったエルカは優しく問う。


「聞いて下さい、エルカさん!さっき!」


先程の一件をエルカに伝える。

その説明には多分な不満と自分に有利な心象しんしょうまじえていた。


それをうんうん、と聞きながらエルカは微笑んでいる。


「っていう、ものすっっっっっごく嫌な奴がいたんです!」

「あらら、ジルちゃんがそこまで人を悪く言うなんて珍しい。」


困った顔をしながらエルカはジルをなだめる。


「そうだ、ジルちゃん。知り合いから紹介したい人がいるって話があったの。」


話題をそらす事でジルの意識を変えようと目論もくろむ。


「紹介したい人、ですか?」


食いついた。すかさずエルカは話を続ける。


「そう。サリアの知人の妹弟子で、なんとジルちゃんと同い年なの。」

「同い年。」

「多分お友達になれるんじゃないかな、って紹介があったの。」


その言葉を受けてもジルは乗り気では無いようだ。

先程の一件でいつも通りとはいかないのかもしれない。


「一度会ってみない?もしかしたら研究にも活かせる事があるかもしれないし。」

「う~ん、分かりました、エルカさんがそういうなら。」


エルカの言葉に背中を押され、ジルは提案に頷いた。


「じゃあ決まりね、さっ、行きましょう!」

「え!今からですか!?」


エルカはジルの肩を押しながら、ずんずんと部屋から出ていく。

困惑しながらもジルはそれに従うのだった。




「こんにちは。サリアの知人というのは貴方ですね?」

「ああ、どうも、シャルガルテと申します。うちの妹弟子がお世話になります。」


エルカは相手の男性に声をかけ、男性もエルカに対して礼をする。


シャルガルテと名乗った男性は、百七十センチ半ばの身長で中肉中背。

年齢は三十前半だろう。


纏うローブは梔子色くちなしいろ ―少し赤みのある黄色― 。

エルカよりも等級の高い、四等級研究者だ。


彼の研究は解剖学。

魔法医学から派生した、対象を解剖し、原因を見つける事を目的とする研究である。


魔獣はおろか人間すら切り開く必要のある研究過程から、志す者も少ない学派だ。

この国においても研究を行っている者は少ない。


そんな中で四等級となった実力のある研究者である。


「さあ、後ろにいないでこちらへ来なさい。」


シャルガルテから促されて、その後ろから小さい影がジル達の前に進み出た。

そしてジルとその影は同時に声を発する。


「「あ!!!」」


そう。


先程ジルといがみ合った少女だった。

再び、がるるるるっ、と唸り合いが始まる。


その姿はまさに、魔狼まろうと猛虎。


いや、二人の小さい姿から言うならば、子犬と子猫、の方が正しい気がする。


「あらら。まさかジルちゃんが言っていたのはこの子だったのか~。」

「こら、メイユベール、やめなさい。ほら、ご挨拶。」


メイユベールと呼ばれた少女はその言葉に唸り合いをやめ、姿勢を正す。


「こほん、失礼しました。わたくし、メイユベールと申します。」


先程とはうって変わって礼儀正しい口調で挨拶を始める。


「エルカ様の事は以前から聞き及んでおります、よろしくお願い致します。」


うやうやしくエルカに礼をした。

それを不満そうな顔でジルは見る。


その後、ジルもシャルガルテにちゃんと挨拶をした。

もちろん、メイユベールは不満げに見ていた。


そして。




「どっちがより優れた魔法研究者か、証明してあげるわ!!」

「なにお~!負けるか!!」


訓練場に二人の声が響く。

顔合わせの場で売り言葉に買い言葉、あれよあれよという間に実力比べに。

互いの保護者エルカとシャルガルテも連れて訓練場に乗り込んだのだ。


「よぉっし、じゃあまず私からだ!」


ジルが歩み出る。

その手には魔石と素材がいくつか。


今回は簡易術式を実行する。

事前に魔法陣と同じ作用をする術式を刻み込んだ魔石を利用する召喚だ。

落ち着いて行う召喚よりも不安定であり、正直今の所成功した事は無い。


普段でもほとんど成功が無いので当たり前であった。


素材と魔石を前方に放り投げ、すかさず魔力を送る。


「土中よりここに、小さき土竜どりゅう、今ここに!」


空中にある魔石が輝く。


針剣モグラペロフォスモール!!!」


針剣モグラ―ペロフォスモール― とは石モグララピスモールの亜種である。


石モグラは攻撃のために鼻先と爪に鉱石などを凝集ぎょうしゅうさせた。

それ対し針剣モグラは防御のために身体に針山のように硬化した毛を生やしている。


基本的には石モグラと同じ、小さい魔獣だ。


ぼかーーーーんっ


魔石と素材が爆発し、爆風に吹き飛ばされてコロコロ転がる。

そしてジルは壁にぶつかって止まった。


その様子を見てメイユベールは高笑い。


「あっはっは!!自信満々でそのザマ!?お腹痛いわ!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬっ。」


失敗したのは確かなのでジルは言い返せない。

今度はメイユベールが前へと歩み出た。


「見てなさい!私の大魔法を!!!」


ばっ、と両手を前に出し、魔力をその手のひらの前へと集めていく。


「我、紅炎こうえんを呼ぶ、流れゆく風をまといてさかれ!」


両の手のひらの前に小さな炎が生じ、それが大きくなっていく。


黒熱火球シュバルメフォイゲル!!!!」


黒熱火球 ―シュバルメフォイゲル― は超高温の火球を作り、射出する魔法。


着弾地点から広範囲を焼き尽くす黒い炎を生じさせる。

熟練度にもよるが、発生した炎は対象を焼き尽くすまで消える事は無い。


かなり高度な魔法である。


ぼかーーーーんっ


目前もくぜんで火球が爆発し、爆風に吹き飛ばされてコロコロ転がる。

メイユベールは壁にぶつかって止まった。


その様子を見てジルも笑う。


「やーい、そっちも失敗じゃん!人の事言えないね~!」

「う、うぎぎぎぎっ。」


失敗したのは確かなのでメイユベールは言い返せない。


「うふふ、二人とも仲良くなれそうね。」


エルカは柔らかに笑う。


「「誰がこんな奴と!!!!」」


二人の声は、それはもう見事な程にピッタリと揃っていた。

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