第19レポート ブルエンシアの休日

召喚実験禁止。


そうなるとジルは途端にやる事が無くなる。

今はアルバイトをする気力も無い。


そんなジルは自室にこもっているのだが、次々と訪問者が来ていた。


料理屋店主バルゼンは重ね肉カルネペールを長パンに挟んだ物を持ってきた。

普通はパンが程よく閉まる程度の肉量だが、今回のは詰めるだけ詰めた特盛だ。


調剤屋のイーグリスは心が和むようなきれいな白い花を持ってきた。

香りに気持ちを落ち着ける効果があると言う。


素材屋のアルーゼは乱暴にドアを叩き、出てきたジルの頭に何かをっけた。

そのまま彼女は去っていった。

頭の上に載せられたのは柑橘系の果物だった。


そしてエルカもやって来た。

しばらくお喋りをした。


多くの人に元気づけられてジルは部屋から出て街へと繰り出した。




ザジムはレゼルまでやってきていた。


町には馴染みの店がある。

彼と同じ、獣人が経営している料理屋だ。


店内に入った彼に店主が声をかける。


「おうボウズ、どうしたどうした、なんか元気ねぇぞ!」

「うるせぇよ、ほっとけ。」


一発で見透みすかされてザジムは悪態をく。

そんなザジムの態度を気にすることなく店主は言葉を続ける。


「なんだぁ?女にでも振られたかぁ?って女っ気が無いてめぇがンなワケねぇな!」

「チッ、好き勝手言いやがって。」


小さく舌打ちをしつつカウンター席に、どすん、と腰掛ける。


にまにま笑う店主にザジムは居心地が悪くなり、今回の顛末を話し出す。

一頻ひとしきり話を聞いた店主は、くるりと振り返り厨房へ消えた。


それを怪訝けげんそうに見ながらも、それほど気には留めずザジムは飲み物を口に含む。


ドンッ!


「ぶほっ、ゲホッゲホッ!なんだこれ!」


突然勢いよく目の前に置かれた物に驚き、飲み物が変な所に入ってむせるザジム。

そんなザジムを見て店主は豪快に笑う。


「がっはっは!細けぇ事に悩んでるときは肉だ肉!これでも食って元気出せ!!」


ザジムの前に置かれたのは、とんでもなく分厚い牛ステーキだった。

厚みは人間の手のひら位はあるのではないだろうか。


だがその厚みでも中心まで程よく火が通り、ミディアムレアに仕上がっている。

表面は、ぱりっと仕上がっており、断面からは肉汁にくじゅうあふれていた。


前日から時間をかけて塩を馴染ませた肉には程よく塩味が浸透している。

表面に振りかけられた胡椒こしょうが食欲を増進させた。


玉ねぎを主な材料にして作られた濁りのあるソースは甘めで肉とよく合っていた。

そして分厚く食べ応えがあるにもかかわらず、歯切れよく嚙み切ることが出来る。


これは店主の下ごしらえが丁寧である証左しょうさだろう。


「こんなモン、注文してないんだが。」

「サービスだ。食っていきな。」

「いや、サービスの域を超えてんだろが!」

「ほぅ、そんなに金が払いたいのか、じゃあ出世払いで払ってもらおうか。」

「おい、それ滅茶苦茶な高額請求するやつだろ!」

「がっはっは、この店がお屋敷になる位には払ってもらおうか!」

「ステーキ一枚でボッタクリすぎだろが!」


ぶつくさ言いながらも店主の好意を受け取り、ザジムはステーキにかぶり付いた。




ロシェは一階層の鉱石や魔石を売っている店に来ていた。

この店はロシェが頻繁に利用している店だった。


「おうロシェ嬢、今日は何にするね。」


店の奥から背丈が低く筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな老人が現れた。

口元とあごには白い髭が豊かにたくわえられている。


彼はドワーフだった。

老人のように見えるが実際は人間でいえば50歳程度の中年であり、まだまだ若い。


古くはエルブンとドワーフは反目はんもくし合う間柄だった。


それ故にエルブンは中央大陸東方に、ドワーフは東大陸南方に。

それぞれ海を隔てた場所に定住する事となった。


後にエルブンは原初的エルブンであるアルーヴとそれ以外に分かれる。


更に後、帝国による東方開拓で更に北部と南部に分かれた。


南部エルブンは次第に東大陸南部に定住していたドワーフとの交流を始めたのだ。


そういった経緯から南部エルブンとドワーフ達は友好関係にある。

と言っても北部エルブンとドワーフ達も険悪な関係ではない。


北部エルブンの森の奥地に住むアルーヴのみがドワーフ達と険悪な関係である。


「今日は冷やかし。」

「それを店主に直接言うのがロシェ嬢らしいな。」


店主は、にっ、と笑う。


「が、何とも沈んだ顔をしてるな。翼竜のせいか。」

「うん、その通り。」


僅かすぎる表情の変化を敏感に読み取った店主の言葉にロシェは素直に頷いた。


「あんなバケモン、そうそううもんじゃ無し。あれだけ出来りゃ上等よ。」


店主のそんな言葉にもロシェの表情はあまり変わらない。

ふむ、と腕を組み、また奥へ引っ込んでいった。


「ロシェ嬢、酒はまだ飲めんよな。」

「え?うん。」

「よしよし、じゃあこっちだな。」


そう言って戻ってきた店主の手には細長いビンが握られていた。


無骨に削りだされた木製のカウンターに木のコップをこんっ、と置く。

そしてビンから薄く明るい橙色だいだいいろの液体をコップになみなみと注いだ。


「ほれ、飲め。ちったぁ落ち着くぞ。」

「うん。」


出された飲み物をロシェはくぴり、と飲む。


「あ、すっきり甘い。」

「そうだろう、そうだろう。ドワーフ特性の鉱山ニンジンのジュースだからな!」


鉱山ニンジンはドワーフ達が暮らしている鉱山の中で栽培されているニンジンだ。

ほの赤い色で、ずんぐりとした見た目をしている。


冷涼れいりょうで温度が一定な鉱山の中が栽培に適しているのだ。

品種改良が進んだことで、柔らかく、病気に強く、甘いニンジンとなった。


「ごちそうさま。」

「おう、お粗末様。なあロシェ嬢、それ飲んでどう感じた?」

「え?美味しい?」

「だろうな。でもな、その元になったニンジンは元はスッカスカの品種だった。」

「そうなの?」

「ああ。先人達が失敗と挫折と努力を重ねて、今の旨いニンジンになったんだ。」

「失敗と挫折。」

「ロシェ嬢達も同じだ。失敗や挫折は当たり前だ、前を向いて進むだけだろ。」


そう言われてロシェの顔つきが変わる。

店主はもう大丈夫だな、とまた豪快に笑うのだった。




湯気が辺りを包む。

天井に溜まった結露が、ぽたり、と湯舟に落ちた。


「ふぅ。」


ノグリスは湯舟に浸かって一息つく。


ブルエンシアは北方の竜の国ダルナトリアとも頻繁に交流をしている。

ダルナトリアには温泉という物が古くからあった。

その知識をこの国の始祖達は得ていた。


彼らは国を造る過程で温水おんすいを引き込み温泉を作った。

そういった事からこの国では湯船に浸かる文化が根付いている。


ダルナトリア出身のノグリスにとっては故郷と同じ、落ち着く場所だ。


「まだまだ、私も未熟だな。」


湯気に煙る天井を見上げつつひとつ。


その湯気の向こう側には故郷の風景が浮かぶ。

ノグリスの故郷はダルナトリア北方の海岸沿いの町だった。


極寒の山岳地帯が続くダルナトリアの中でも特に寒い北方地域。


それほど重要視されるような町ではないが、魚介類は旨く、人は優しい。

温泉も湧きだしており、国内から旅に来る者もいる。


くじけている場合ではないな、よしっ!」


故郷と家族を想い、ノグリスは再び気合を入れる。

ばしゃり、と手ですくった湯で顔を洗って立ち上がった。




エルカとサリアは二人でカフェでお茶をしていた。

エルカは紅茶、サリアは珈琲を飲んでいる。


「ふぅ、それで?」

「調査報告は上に提出したわ。まあ、しばらく待つしかないわね。」

「もどかしいなぁ。ジルちゃん悪くないのにぃ。」

「弟子びいきが過ぎる。」


ふふふ、と笑い合う。


二人は研究者と調査官という立場を外せば親友とも言える間柄だ。

それはこの国に来る前からの関係である。


家庭の事情で自由では無いエルカの下へ、サリアが頻繁に訪れて友人になった。

幼少期の関係のまま同じ国に来て、立場は違えど同じ事をしている。


「それにしてもエルカがそんなに弟子びいきになるとは思わなかったな。」


珈琲を一口飲み、サリアは続ける。


「真面目が服着て歩いてる、みたいな感じだったのに。」

「ちょっと、そんなふうに見られてたの?」

「お嬢様は大変ね、の頃から本質はあんまり変わってないと思ってた。」

「酷い言われようね。」


歯にきぬ着せぬ物言いが出来るのも親友であるからこそだ。

休憩を終えた二人は幼少期の思い出話をしながらカフェを後にした。




ジルは広場で空を見上げていた。


いや、この国の形状から言って空は見えない。

ジルが見ているのは既にいなくなった翼竜の影だ。


自分の未熟さの幻影だ。


(あれは私の失敗。でも運良く誰にも大きな被害は無かった。)


失敗は失敗、それを受け入れなければ前に進むことはできない。

今回は運良く被害は無かったが、次も何とかなる証拠にはならないだろう。


(不安はある。でも私が目指す魔法にはまだたどり着いていない。)


ジルが目指すのは、望む存在を自在に喚び、操り、人の役に立つ、そんな魔法。

それが彼女の求める召喚魔法のり方である。


(それなら、あれに負けるわけにはいかない。)


姿無き翼竜はジルに咆哮を放つ。

それを身動ぎせずにジルは受け止めた。


翼竜の凶悪な顔を凝視し続ける。


(いつか、いつの日にか、あれすらも制御できる状態で喚び出して使役する。)


翼竜は大きく羽ばたいて勢いを付けてジルに向かって急降下する。


ジルは翼竜を凝視したまま動かない。

足を振り上げた翼竜の爪がジルに降り下ろされる。


(私は自分の未熟さを受け入れる。あなたにも負けない。)


決意を宿した鋭い目で翼竜の影を、きっ、と睨む。


(絶っっっっ対に!諦めない!!!!)


翼竜の爪はジルに当たる直前でき消えた。

ジルの見る先には何もない。


だが、胸の中には確かに在る。

ジルは前へと歩み出した。


「おぉ?」

「あ。」

「む。」

「あら?」


広場を歩くジルの前でザジム達がばったりと出会った。

そしてジルもその輪に合流する。


「みんな、どうしたのー!」


いつもの元気なジルが帰ってきた。




円柱状に掘られたブルエンシアの最上階、円柱の中空ちゅうくう部分に円形議場がある。

円柱外縁がいえん部の三ヶ所から橋が伸びて議場に接続されていた。


議場の中心には椅子が三脚と円卓が設置されている。

この議場がこの国の進む道を決定する場所だ。


かつては十人以上の上級研究者によって合議がなされていた。

数年前の騒乱により国家上層部の研究者が一掃いっそうされたのだ。


それにより、現在この国を動かしているのは僅か三人の賢者である。


「―――次は下層階で発生した翼竜騒ぎについてですが。」


鮮やかな長い赤髪に琥珀こはく色の瞳を持つ若い人間の女性が議題を提示する。

赤を基調としたローブを身に纏う彼女はよわい三十には届いていないであろう程に若い。


彼女の名はアスカディア。

赤機せっきの賢者と呼ばれている。

だが、彼女自身も自覚しているが、能力に対して地位が合っていない。


本来であればこの地位にはいないような若さである。

それにもかかわらず彼女が今の地位にえられた。

かつての騒乱で賢者がいなくなり、その後とある事情もあり、彼女は賢者となった。


彼女の研究は魔法機甲きこう学。


魔法は様々な事象に影響を及ぼす事で作用する。

だが、直接的な魔力行使で起きる影響は、一時的かつごく限られた範囲に収まる。


いわゆる、眼前に炎を出したり、風を起こしたり、といった事である。


すぐに霧散してしまう魔法を継続的に存在し続けさせる事を研究する学問である。

元々は炎や風そのもの自体を存在させ続ける研究だった。


現在はゴーレムを造り動かしたり、防壁などを作ったり、という事も可能だ。

魔力で物質を変化させて創造する研究が主な研究内容となっている学派である。


ロシェが研究する魔法装具学はこの学派からの分派である。


「幸い重症者はいなかったようです、よかったよかった。」


恰幅の良いたぬきの獣人の男性が、ゆったりと言葉を発する。


緑を基調としたローブを身に纏う彼はリドウ。

魔法医学の権威である。

下級研究者にも分け隔てなく接する彼は、その研究内容も相まって人望が厚い。


魔法医学はその名の通り、医術に関する魔法研究である。

怪我や病気はこの世界においても不変の課題である。

そうした人の身に起きる難事なんじに立ち向かう、ある意味最も困難な研究だ。


「私としてはこの当事者は厳罰に処すべき、と考えています。」


ぱんっ、と手に持った書類束を軽く叩いてアスカディアは言い放つ。


「お待ちなさい。確かに問題は起きましたが幸いにして被害は多くない。」


リドウはアスカディアの早計を制止した。


「自分の不始末を自分で片付けた。ならば良いのではないですか?」


二人で侃侃諤諤かんかんがくがくと言葉を戦わせる。


「ふぅむ、結論が出ませんな。ゼンさんはいかがお考えですかな?」


リドウからもう一人の賢者へ話が振られる。

腕組みをしながら目をつむっていた男性が、すぅっ、と目を開ける。


年の頃は四十程度。

オールバックのくすんだ金色の髪に茶色の瞳。


メートル近くある長身、丸太のような腕に剛鉄板ごうてっぱんのような胸板むないた

白に金の装飾のローブに身を包んでいる事で、かろうじて魔法研究者と分かる。


別の服装であれば魔法を使う者よりも拳闘士けんとうしと言われるだろう。


彼の名はゼン。

彼は魔法素学まほうそがくの創始者であり、それをこの国の中心学派にした人物である。


魔法素学は魔法の神髄しんずいを見つけ出す事に主眼しゅがんを置いた学問である。


例示するなら、炎を出す魔法はなぜ炎を生じさせることが出来るのか、という事だ。

これを突き詰める事で、従来とは全く異なる魔法を作る事が出来るはずなのだ。


彼はこれを行い、彼しか使えない魔法をいくつも産み出した。

現在の彼の研究は多岐に渡っており、国外にいる事の方が多い。


そして彼はこの世界において、おそらく最も有名かつ最強の魔法使いである。


数年前の大騒乱のおりに英雄と共に世界を旅し、魔王に立ち向かったのだ。


「興味はないな。」


低い威厳のある声で一言、そう言い放つ。

それを聞いた他の二人は互いに顔を見合わせ苦笑いした。


ゼンは自身の研究以外に興味を持たない事の方が多い。

この国ブルエンシアにおいてそういった人物は多いが、彼は群を抜いている。


それを二人もよく理解しているのだ。


「だが。道なき道を歩いて転んだといって、それをとがめる必要があるか。」


アスカディアを見て、ゼンは言葉を続ける。


「後ろから来る者のためによくぞ道を作ったと言う方がこの国らしいだろう。」

「むむむ、そう言われると弱いですね。」

「では。こうしましょうか。」


リドウが今回の一件を総括し、結論を出す。


自身が制御できないものを喚び出して周囲に危険を振りまいた、せき

召喚したものを同じく召喚したもので打ち倒して危険を取り除いた、こう


この二つを相殺そうさいとし、召喚をした功をしょうする。


リドウからの提案にアスカディアは納得し、ゼンは頷いて再び目を瞑った。


こうして賢者たちの裁定が下された。

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