第18レポート いでよ!真神!

翼竜騒乱が終わりを告げ、すぐさま現場検証が始まった。


何人もの調査官を従えて若い女性が、かつかつと靴音を立てて広場へとやって来る。


笹のような葉と長い茎、こうべを垂れるように咲く可憐な海老根エビネの花の刺繍。

それが裾から脇腹にかけてほどこされているパンツスタイルの紺色スーツに身を包む。

波がかった茶髪をサイドテールにまとめ、右肩から前に流していた。


この国ブルエンシアでは日々様々な魔法研究が行われている。

それ故に研究成果に疑義ぎぎが生じる場合も多い。


その際に様々な事を検証調査するのが調査官である。


魔法研究者とはまた異なった形で魔法発展に寄与きよしている存在であった。


「今回の騒動の当事者は貴女あなたですね。」


ジルの前に立った女性は事務的に確認をする。

その呼びかけにジルは、こくり、とうなづいた。


「では、今回の事象の顛末てんまつの確認ですが。」


幼小竜を召喚するために用意した材料。

召喚術式を発動させたときの魔力注入の詳細。


翼竜が召喚されるときに発生した火球に関して。

現れた翼竜の詳細な姿と特徴。


翼竜の攻撃と再生能力。

そして。


「何よりも不可思議なのはそれですね。」


女性はジルの顔から視線を下げた。


ジルの腕に抱かれて宙づり状態で、後ろ足をだらんと楽にさせている犬がいた。

先程の全てを圧倒する存在感は無い、可愛らしく小さな姿だ。


「貴女はそれと意思疎通は出来るのですか?」

「あ、はい、多分。」


ジルは自信なさげに頷く。


「多分?」

「さっきはこの子から話しかけてきてくれただけで、よく分かってなくて。」

「ふむ、そういう事ですか。」


調査官は少し考える。

そんな彼女にエルカが声をかけた。


「サリア、ジルちゃんをそんなにいじめないであげて?」

「いや、苛めてるわけじゃないんだけど。」


サリアと呼ばれた調査官は、ばつが悪そうな表情をした。

肩から流している髪の毛の先に指を絡ませている。


エルカとサリアは友人同士だった。


先程、二人して上層階を歩いていたところで下層階から轟音が響いた。


慌てて下を覗き込むと巨大な翼竜とその前から逃げようとしている人々。

そして翼竜の目の前にジルがいる。


その光景を見た瞬間、サリアが止める間もなくエルカは欄干らんかんを飛び越えた。

本当に何の躊躇ちゅうちょも無い行動だった。


その後は、弟子を守るために決死の覚悟を持った行動を取ったのだ。


「まあ、いいでしょう。とりあえずそれの詳細を確かめなければ。」


仕切り直すようにサリアは言う。


「危険とも安全とも何も言えないです。それを召喚した際の事を教えて下さい。」

「あ、はい。この子を召喚した時は千匹狼っていう妖怪?を召喚しようとしてて。」

「ようかい?なんですか、それは。」

「東大陸南方の国に伝わる魔獣と言うか、伝承っぽい感じの存在らしいです。」


その時に聞いた事をそのまま伝える。


「その国出身の研究者に聞いて召喚実験を行いました。」

「ふむ。それに関しては貴女に聞くより、その者に聞いた方がよさそうですね。」


サリアは現場検証を行っていた若い男性調査官に声をかけて指示をする。


男性調査官は指示を受けてすぐに走って行った。

少しすると一人の男性を引き連れて戻ってきた。


連れられてきた男性はジルと同じ黒いローブを身に纏っている。

年齢は二十代半ばであろうか。


腰ほどまでの艶のある真直まっすぐな黒髪を肩辺りで縛っており、瞳も黒。

深く落ち着いた雰囲気をただよわせている。


その男性はジルの顔を見て、何かに気付く。


「ああ、以前妖怪について聞きに来た方ですね、その節はどうも。」


そう言って軽く会釈えしゃくした。

サリアがすかさず確認する。


「千匹狼の話をしたのは貴方あなたで間違いありませんか?」

「はい、その通りです。」

「では、彼女が抱いている犬について確認です。」


先程起きた事象をサリアは説明する。


「こういった魔獣、いや妖怪?でしたか。心当たりは?巨大化したそうですが。」


そう言われて黒髪の男性は口元に手を当てて考える。


「ふぅむ。流石にそれだけでは何とも。大きくなった姿も見ておりませんし。」


手を顎に当て、考える。


「せめて名が分かればどういった存在であるか分かるのですが。」

「なるほど、ではジルさん。その犬に名を聞いてもらえますか?」

「え、あ、はい!やってみます。」


ジルは胸に抱いていた犬の両脇を持って自分の目線に合わせるように持ち上げた。

先程の頭の中で行った会話の感覚を思い出しながら犬へと呼びかける。


(さっきはありがとう。私の声、聞こえてる?)

(オウ、聞こえてるぞゴシュジン。)

(ねぇ、キミの名前は?)

(ンン、名前、名前?あ!ムカシはマカミって呼ばれてたゾ!)

(まかみ?それがキミの名前?)

(オレに名前ってあるノか?よく分かんナイナ!)

(ええ~。)


犬を降ろしてジルは複雑な表情を浮かべる。


「どうしました?名前は分かりましたか?」

「それが、なんかこの子自身もよく分かってないみたいな感じで。」


そのまま言っていいものか、とジルは逡巡しながら伝える。


「名前ってあるのか?って逆に聞かれました。」

「ふむ。」

「でも昔は、まかみ、って呼ばれてた、とは言ってました。」

「そうですか、まかみ、という名に心当たりはありますか?」


サリアは黒髪の男性に話を振る。

再び黒髪の男性は考え込んだ。


「ふむ、まかみ。マカミ。」


男性は顎に手を当てたまま、思案する。


真神マカミ!?」


はっ、と顔を勢い良く上げ、再びジルの胸に抱えられた犬を凝視した。

犬は表情を変えずに男性の事を見つめている。


「何か思い当たる事が?」

「ああ、失礼。私の国の一部に伝わる狼の魔獣、いや妖怪、とも言えませんね。」


ううむ、と少し唸り、言葉を続ける。


「邪と聖の双方の側面を持つ、非常に特殊な存在、と言えるでしょう。」

「もう少し詳しく教えて頂けませんか?」

「かなり古い伝承に残るだけの存在ですので、これ以上は何とも。」


その言葉にサリアは顎に手を当て、少し考える。


「ふむ、そうですか。彼女が虚偽を伝えている、という可能性は?」

「私の国をよく知らないこの方が、そんな古い伝承を知っているとは思えません。」

「なるほど、口から出任でまかせ、という事は無いわけですね。」


その言葉にジルの横に立っているエルカがむくれている。


言いたい事は簡単に分かる。

ジルちゃんはそんな嘘はつかないわ、という事だろう。


調査の邪魔になるので言葉は発しないが。


「わかりました、一先ひとまずは今すぐに危険が生じる存在ではなさそうですね。」


そう言ってサリアは手にした書類にその旨を書き記した。


「今回の翼竜騒ぎとその真神召喚の双方を報告します。」


ボードから顔を上げて、場にいる全員を見回す。


「裁定が下されるまでは貴女の召喚実験は禁止とします。」

「わかりました。」


捨て置くことが出来ないほどの脅威が発生してしまった以上はどうにもできない。

ジルは大人しく頷いた。


「よろしい。真神に関する証人として記載が必要なので名前を教えて頂けますか?」

「はい。わたくしはレンマと申します。」

「レンマさんですね、調査協力ありがとうございました。」


サリアの礼の言葉にレンマは軽く会釈で返した。

そして彼はジルに向き直る。


「これからも何卒なにとぞよろしくお願い致します。」


ジルに深く礼をしてレンマは去っていった。




そのままジル達は解放され、医療施設へと連れられて行った。


幸いにしてエルカも吹き飛ばされた三人もそれほど重篤じゅうとくな傷は受けていなかった。


翼竜の初撃しょげきを受け止めたロシェが一番傷が酷かった。

それでも両肩の負傷で済み、数日で完治した。


ジルは召喚時に火球を受け止めた事による軽度の左手火傷と両頬の軽い火傷。

こちらも数日もしたら傷も残らず、きれいさっぱり治ったのだった。


迷惑をかけた三人、ロシェには特に誠心誠意謝罪する。

しかし三人とも自分達の研究のためにやっただけ、と謝罪を受け取らなかった。


エルカに至っては、ジルを守り切れなかった事を逆に謝罪された。

互いに謝罪しあうという滑稽なこっけい状況になってしまう。


そんなジルの足元には離れることなく、マカミが寄り添っていた。

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