第7レポート いでよ!プチリザード!

ジルはベッドにうつ伏せで死んでいた。

だれがったのか。


入口の扉には鍵がかかっており、居室は完全な密室。

更には血痕の1滴も犯人の遺留品も凶器も部屋の中には残されていない。


事件は迷宮入りである。


などと言うのは冗談であり、ジルは単純に落ち込んでいた。

凹んでいた。

それこそベッドに埋まる位は沈んでいた。


理由は単純。


召喚が成功したにもかかわらず、その召喚したものが逃げ出してしまった。

その結果、研究成果の報告が出来なくなってしまったからだ。


色々な人に協力してもらって探し回ったが、結局それは発見できなかった。

その後も一人で探したが、ついぞ見つかる事は無かったのだ。


この国は研究報告の評価によって、国から報奨金や奨励金が与えられる。

召喚したものを研究報告と一緒に持って行けば、相当な報奨金になったはず。


だが、それよりも研究の成果が目の前から消えた事が何よりダメージだった。

ここ数日、部屋から出ていない。


あまりの落ち込み具合に、隣室のザジムとロシェも流石に心配していた。


「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・。」


とてつもなく深いため息がジルから漏れる。

その顔には覇気がない。


とんとん


扉がノックされた。

しかし、それに答える気力も今のジルにはない。


「ジルちゃん、大丈夫?」


エルカだ。

自分の師匠の訪問に流石に無視できず、ジルはフラフラと扉に向かい、扉を開ける。


そしてエルカの顔を見た瞬間、その場に崩れ落ちた。


「ジルちゃん!?」


手に持っていたボードを床に落とし、倒れ伏しそうになったジルを受け止める。


「エルカさぁん、研究成果がぁぁぁ・・・・・・。」

「それは分かるけれど・・・・・・。」


だるだるになったジルにエルカは言葉をつむぐ。


「起こってしまった事はどうしようもないじゃない?」

「でもぉ・・・・・・。」

「これからどうするか、を考える。それが私たち研究者じゃない。」

「ううぅ。」


渋い顔をするジル。まだ諦めきれていないようだ。


ばちんっ


ジルの両頬をエルカは両手で挟み込むように叩く。


「うみゅっ。」

「いつまでもウジウジしない!!」

「あうぅ。」

「召喚術は誰も認めてないけど自分が認めさせる、って言ってたのは誰!?」

「私ですぅ・・・・・・。」

「ジルちゃん、あなたが諦めたりくじけたらそこで召喚術は終わってしまうのよ?」

「・・・・・・。」

「だから、頑張ろう?」


叱咤激励。


普段は声を張らない優しいエルカが、今回ばかりは厳しい。

それは師匠として、誰よりもジルの事を思っての行動だ。


「エルカさん・・・・・・。」

「それと、今日はいいお話も持ってきたの。」

「いい話?」


エルカは床に置いていたボードを拾い、ジルに渡す。


「これは?」

「ふふ、読んでみて?」


ジルはそこに書かれた文章を目で追った。


「え?え?え?これって?」


そこに書かれていたのは召喚成功に関する情報の承認について。

しかしジルは自分で研究報告を出していない。


「な、なんで?」

「大勢の人がジルちゃんの召喚したをみて、みんなが探し回ったからよ。」

「みんなが探してくれた、から・・・・・・。」

「事実が無ければあれだけの人は動かない。だから審査機関が特例承認したのよ。」


研究の承認。

つまりそれは召喚術の承認。


誰もが出来る訳がない、と言っていた魔法が多少なりと認められた証拠である。


「あ、あ、あ、やっ、やったぁ・・・・・・。」


ジルは、その文字が心に染みる。

万感の思いを抱くように、その場で、ぐっ、と身を屈めた。

その様子を見てエルカは微笑む。


「さ、ジルちゃん。まずはご飯、腹が減っては研究できぬ、よ。」


その言葉にジルはいつもの笑顔で答えたのだった。




勢いを取り戻したジルは、捜索に協力してくれた者にお礼を言って回る。

すっかりいつもの調子なジルにみんな安心したようだった。


元気を取り戻したジルの行動はいつもより早かった。


理由は簡単。


研究の承認によって報奨金が支払われ、ふところ具合が大幅に改善したからだ。

これで安定して生活と研究が両立できる。


研究優先ですぐに元の生活に戻るのは明白であるが。


今回の召喚対象は小蜥蜴プチリザード

字面じづらそのまま、小さいトカゲである。


火の息を吹く種類や冷気を出す種類など地域によって多くの種類が存在している。

今回は火を吹く種類を召喚対象に選んだ。


素材は先般入手した蛇の鱗が使えるだろう。

他に火炎ささを一枚、小麦粒を一つかみ、蛇の鱗を数枚。


魔法陣は術式を組み替えて、四角形の陣も組み合わせたものにする事にした。

丸の中に四角形を入れ込む形で魔法陣を描く。


出来上がった陣の真ん中に素材を全て置いて魔力を注入。


「来いぃぃ、来いぃぃ。」


召喚の術式は進行させつつ、関係ない所で念を込める。

思わず魔力を込める手にも力が入った。


床に置いた小麦粒が一粒一粒、灰も残さず燃えて消えていく。

火炎笹は先端からくすぶるようにじりじりと黒く変わる。

蛇の鱗は一枚ずつ、ぱんっ、とはじけ飛ぶ。


魔法陣にはぼんやりとした光が灯っていた。


どかんっ!


魔法陣が爆発した。

置いていた素材が宙に舞い、部屋中に散る。


爆発の衝撃でジルは尻餅をついて倒れた。


ったぁ、まだまだ負けるかぁ!!」


今日のジルはへこたれない。


素材の分量を変更する。


火炎笹を二枚に増やし、小麦粒は半分、蛇の鱗は十枚以上。

再び陣に魔力を送り込む。


「さあ、おいで~、おいで~。」


再び強い思念を送る。


今度は火炎笹が勢いよく燃え出し、蛇の鱗は光の粒になって消えていく。

小麦粒は何やら鳴動しているかのように震えている。


魔法陣は先ほどよりも明確に光を発していた。


どぉんっ!


今度は先ほどよりも強烈な爆発が発生した。


使用していた素材が部屋のありとあらゆる所に飛び散る。

爆風でジルは部屋の入口付近までころころと転がった。


「にゃにぉうっ!まだ負けるかぁ!!」


ジルは不屈である。


火炎笹は一枚を半分にして、小麦粒は二掴み、蛇の鱗は一枚だけ。

全力で魔力を注ぐ。


「さあっ、さあっ、さあっ、こっちだよ~!」


思いの力は底力そこぢから

ジルの思いは実を結ぶか。


火炎笹が繊維に沿って焦げていき、小麦粒ははじけて燃え尽きた。

蛇の鱗は空中に飛び上がって高速回転している。


魔法陣の光はジルの腰高まで、明確に分かる光の柱を作っていた。


どがぁぁんっ!


大爆発。


素材は焼け焦げて木っ端みじんになった。

ジルは吹き飛ばされて宙に浮き、ドアに叩きつけられる。


「ぐふっ、な、なんの、まだ、まだぁ・・・・・・っ!」


痛みに苦悶の表情を浮かべながらジルは前へと進む。

まだまだ、ジルは止まらない。


火炎笹は三枚、小麦粒は三掴み、蛇の鱗はありったけ全部。

魔力は最大限注ぎ込む。


「ぬぅぅぅぅっ!!!来いコイコイこいこいこいっ!!!」


思念も全力全開である。

魔力を流し込む手にも力が入る。


火炎笹が勢いよく燃え、小麦粒は急速に燻る形で真っ黒になった。

蛇の鱗は次々とぜる。


魔法陣からの光はジルの背丈を超えるほど高い光の柱を作り、部屋を照らした。


猛烈な魔力の奔流ほんりゅうが魔法陣に向かって渦を作り、部屋の中に風が吹く。


次の瞬間、まばゆい光が発生する。


「来たっ!!!!!!」


ジルは前回の成功と同じような強烈な光に成功を確信する。


ちゅどぉぉぉぉぉんっっっ!


衝撃が入口のドアを吹き飛ばす。


猛烈な爆風がジルを部屋の外へと連れて行く。

きりもみ回転しながら廊下を超えて、欄干を超えて空中へと飛んで行った。


勢いだけではダメなのだと、この日、ジルは痛感したのだった。

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