第8レポート いでよ!タイニーゴーレム! その1

魔力を通わせる。

鉱石を分解して再生成。

望むままの形になるように魔力を調整して固定化する。


より小さく、より無駄ロスなく、より正確に。

それを求めるのが魔法装具学である。


ロシェは魔法装具学の研究者である。


彼女の部屋には、鉱石と金属が棚にずらりと揃っていた。

机には金属粉が入ったビンがいくつも置かれ、上の棚には関連書物が並ぶ。


彼女がこの研究を選択した理由は、彼女の故郷にある。


彼女の故郷、エルブンの森は帝国領によって北部と南部に分割されている。


遥か昔、オーベルグ帝国による東方開拓が行われたのだ。

帝国はルガルテ山脈を越えて森に到達、当初は二者は友好的に交流していた。


しかし、次第に軋轢あつれきが生じ、ついには武力衝突に繋がる。

最終的に、戦いは帝国の勝利に終わった。


そして森を東西一直線に切り裂く帝国東方交易路が開通する。

これによって森は北と南に分割されたのである。


それ以降、北部と南部は異なる文化をはぐくんでいった。


北部エルブンは森と木と大地と共に生きる文化を。

南部エルブンは海の向こうの東大陸との交流を経て、鉱石利用を取り入れた。


ロシェは南部エルブンである。

それ故に、身近にあった石と金属を扱う研究に邁進していた。


「ロ~シェ~ちゃん!おーはーよー!」


まだ日が昇ったばかりの時間。

とんとん、と扉をノックしてジルが声をかける。


今日は以前から計画していた二人での遠出である。

と言っても往復で三日程度の旅程だ。


「おは。」


部屋の扉を開けてロシェが顔を出す。

いつも通りの、何を考えているか分かりづらい顔だ。


「よっしゃ~!行こう!」


天に右の拳を突き上げてジルは元気よく歩き出す。

それに続いてロシェが歩き出した。


ロシェは小さい背丈であっちにこっちに動き回るジルを見るのが好きだった。

小動物を観察するそれに近い感覚である。




「こんちは!」


二人で朝一でレゼルへやって来た。

商業組合に向かい、やはり端っこに一人でいるオーベルに声をかける。


「おう、嬢ちゃん。ん?今日は見慣れんがいるな。」


流石に朝からは酒を飲んだりはせず、パリポリとナッツをつまんでいるオーベル。

見慣れない黒髪のエルブンに目がいく。


「ロシェちゃんです!私のお隣さん!」

「ども。」

「おう、よろしくな。」


オーベルは一本しかない腕を上げて挨拶する。

まあ座れ、と机の向かいに着席を促した。


「んで、今日はなんだ?」

「護衛の依頼です。南東のミニエーラまで!」

「ほほう、鉱山の町か。」


帝国南西部、ジュゼ山脈の麓に位置するミニエーラ。

古くから鉱山の町として栄える、帝国の軍事力を支える鉄と魔石の町だ。


帝国十公爵の一人、ヴァムズ公の治める帝国の武力のみなもとである。

つまり、良質の鉱石と魔石が手に入る場所なのだ。


「往復で二日、あと町で一日、合計三日、お願いします!」

「ふむふむ、町では何するんだ?」

「鉱山に入る。」


オーベルに問われた事にロシェは淡々たんたんと答えた。

その返答にオーベルの顔色がほんの少し変わる。


「鉱山に?暗闇回廊くらやみかいろうにでも入ろうってんじゃないだろうな。」


ミニエーラでは琥珀色こはくいろ橙色だいだいいろの魔石が多く採掘されている。


魔石は種類によってその性質が異なる。

琥珀色や橙色の魔石は魔力を吸収し、蓄積する性質を有するのだ。


ミニエーラ鉱山の一部に魔石が高密度で集まっている場所があった。

その一角の名が、暗闇回廊。


良質な魔石が採掘できる場所だが一つ問題がある。

魔力を吸収する魔石が密集しすぎて、魔力の正常な運用に問題が生じるのだ。


明かりを灯す魔法は意味をなさず、魔法が使えない事から途中で松明も点せない。

その場所は常に暗闇に包まれている。


強固な岩盤をぐるりと囲むその坑道の形状から、いつからかそう呼ばれていた。


「そのまさか。」

「おいおい、嬢ちゃんたち魔法使いだろう。」


頬杖をついて、無謀な事をしようとしている二人にオーベルは続ける。


「言っちまえばお前さんらの天敵みたいな場所、どうする気だ。」

「私なら大丈夫。」


右腕を出したロシェは魔力を右腕に集中させる。

腰のポシェットから金属粉が舞い、右腕にまとわりつき巨大な金属の腕を形作った。


その大きさに周囲の傭兵たちがざわつく。

そんな中でオーベルは驚かず、頷いた。


じっ、とその様子を見て、オーベルは言った。


「その金属粉、いやその元の金属に自分の魔力を練り込んでるな?」

「なんで、魔法研究者じゃないのに。」

「なぁに、昔の知り合いに魔法にめっぽう詳しい奴がいてな。」


髭を弄り、続ける。


「色々聞いたことがあるのよ。こう見えてワシは博識でな。ふっふっふっ。」


オーベルはニヤリと笑う。

まあ、知っとるだけだがな、と続けて、オーベルは大きく笑った。


まさか自分の研究内容を当てられると思っていなかったロシェ。

少し残念そうに作り上げた巨腕きょわんを元の金属粉に戻して、ビンに仕舞った。


「で!で!護衛依頼は受けてくれますか!」

「おう、これ位で受けてやろうではないか!」

「わお!お求めになりやすいお手頃価格ぅ!」


ジルは何処で覚えたのか、謎の商売トークで受け答え。


前回は一日で銀貨二枚、今回は三日で六枚、ではなく八枚。

鉱山内部の探索が含まれるからだ。


これでも一般の傭兵一日分の額であり、安すぎるとも言うべき価格である。


「でも、本当にいいの?もうちょっと出せるよ?」

「子供からそんなにしぼり取る気はないわい。金に困っている訳でもないからな。」


オーベルはひらひらと手をふってジルの申し出を断る。

そうして今回の契約は結ばれ、早速出発となった。


東門から出て、ジュゼ山脈を右手に見ながら街道をゆく。

途中、小型の魔獣に襲われたがオーベルが難なく打ち倒した。


林の中に素材となる草を見つけたジルが、いきなり駆けだした。

あの木の実が美味しそうと言ってジルが、突然木に登る。

危うく馬糞を踏みそうになったジルが、回避に失敗して小さな川に落ちた。


色々あったが特に問題なく、夕刻にはミニエーラにたどり着いた。


風に土埃つちぼこりが舞い、後ろにそびえる巨大な山が壁のように立ちはだかる。


街中の大通りにはトロッコのレールが敷かれていた。

その上を手漕ぎトロッコと牽引された鉱石満載の荷車が音を立てながら進んでいる。


夕暮れに染まる町では、方々ほうぼうの建物で鉱石を砕くハンマーの音が響いていた。

人々は鉱山仕事を終え、服に、頬に、手に、土を付け、清々しい表情で家路を急ぐ。


この町としては、今日が終了する所、といった雰囲気である。


「着いた~~~~!!」


町の入口をくぐり、ジルは声を上げた。

ロシェとオーベルもそれに続いて町へと入る。


「もう夕方だ。まずは宿を確保して何か食いに行こう。」


オーベルの提案にジルとロシェは頷く。

宿はすぐに見つかり、節約のために部屋は二つ。

ジルとロシェは同室だ。


それぞれ荷物を置いたら町へと繰り出した。


道行く人にジルが物怖ものおじ無く声をかけ、この町の食の名物とおすすめの店を聞く。


「鉄のいわお亭っていうお店がオススメで、岩盤焼きって料理が名物なんだって!」

「ほほう、現地の人間の情報なら間違いなさそうだの。行ってみるか。」

「おー。」


ジルがもたらした情報に乗り、三人は店へと向かう。


流石は現地人が勧める店、かなりの繁盛具合だ。

三人はなんとか丸テーブル一席を確保できた。


いそいそと腰掛け、矢継ぎ早やつぎばやに注文を行う。

しばらく待っているとお目当ての物が三人の前に置かれた。


「おお~!これは美味しそう!!」


岩盤焼き。


厚めにカットした牛肉を平らにスライスした鉱物で挟み、熱した炭の上に置く。

じっくりと焼く事で旨味を閉じこめる、豪快なステーキ料理だ。


使う鉱物の種類によって火の通り具合が違ったり、風味が変わるそうだ。

そうして焼いた肉と特製ソース、付け合わせのグリル野菜、そしてパンとスープ。


この町で働く鉱山労働者の力の源である。


「では~、カンパーイ!」


三人で前祝いに乾杯する。


ジルとロシェは大蜜橙メリオレンジのジュース。

オーベルはいつも通りエールビールである。


「さてさて、ではでは~。」


ジルはフォークを手に取る。

既に切られているステーキの一切れに突き刺し、一口ひとくちに頬張る。


完全に火が通っているはずだが、パサパサとはしていない。


挟んで焼いている事と、鉱石が熱を持ったら炭から上げて余熱で火を通している。

それによって肉汁が逃げておらず、むしろしっとりしているようにも感じる。


そして鉱石と炭の影響か、いぶされたような風味が鼻に抜ける。

ステーキにかけられたソースがピリリと辛めで、肉のジューシーさに合っている。


疲れた体に染みる、元気になれる料理だ。


バクバクと食べているジルに対して、ロシェはステーキを齧るように食べている。

オーベルは一切れ食べてはエールをあおり、ふはぁ、と酒気さかけを吹いていた。


明日は魔獣の襲撃もありうる鉱山の深部へ向かう。

三人は英気を養ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る