第6レポート いでよ!千匹狼!

「ふっ!はあっ!でぇぇいっ!」


ぶおん、ぶおん、と斧が風を切る音が訓練場に響く。


ここは一階層の共同訓練場。

多くの魔法研究者たちが共同で訓練や実験を行う場所だ。


自室では行えない戦闘実験や魔法の投射実験などが主に行われている。

未熟な魔法研究者の基礎魔法訓練もここで行われていた。


斧を振り回しているのはザジムである。

手に持つ斧は赤く半透明。


彼の研究する武装魔法学は自身の魔力のみで武具を作る。

武器が無くとも近接戦闘を可能にする事を一つの目的とする研究だ。


それゆえに一般的な武器のように金属の特徴がみられない。

その強度は魔力に依存するのである。


熟達すれば、凡百ぼんびゃくの武器よりも優れる事も有り得る力となり得るのだ。


だが武器である以上は鍛錬は必要。

ザジムが訓練場で武器を振るのはそのためだ。


その様子を少し離れたところで椅子に座ってジルが見ていた。


「・・・・・・見られてると気が散るんだが。」


何故か見ているジルに対して苦情申し立てするザジム。

ジルは全く意に介さない。


「いやぁ、すっごい斧振るうなぁ、って思って見てた。」

「なんだそりゃ。ああもう、集中が切れた、休憩だ休憩!」


そう言ってザジムはジルの横に、どっかと座った。


彼の身体は毛におおわれているので分かりづらいが、汗だくだ。

荒い息づかいと共に、身体から蒸気が立ち上っているように見える。


ジルが差し出した飲み物を受け取り、がぶがぶと飲んだ。

その飲み物はザジムが持ってきたもので、ジルの差し入れではない。


他人ひとに差し入れするような余裕はジルの懐には存在しないのである。


「魔力で武器を作る、ってよくわかんないなぁ。武器持って行けばいいじゃん。」


腕を組みながらジルは目を瞑り、素朴な疑問を言い放つ。


「それに魔法はぶっぱなした方が強そうだし。」

「いやお前、俺の研究に文句つけに来たのかよ。」


不用意な発言にむっとするザジム。

ジルは慌てて言葉を繋ぐ。


「あ、違う違う!ただ素直な疑問ってだけ!他の学派ってよく知らないからさ。」

「そういう事か。ま、俺も他の学派の事分かんねぇから疑問は理解できるな。」


弁明したジルの言葉にザジムは同意する。

共同研究でもしていない限り、他の学派と関わる事は少ないのだ。


「武装魔法学は万が一の時に接近戦が出来るように、って考えて作られた学派だ。」


腕を組んでザジムは、ふん、と鼻を鳴らす。


「非力な奴だと、武器を持ち歩くのも大変だからな。」


そう言われてジルは首を傾げる。


「ザジム君は非力なの?」

「俺の事じゃねぇよ。」


思った事をそのまま口に出した、おバカな発言にザジムはあきれる。


「お前みたいのは非力だろ?」

「なるほど!つまり私のために研究してるのか!」

「んなわけあるか。」


どすっ、とザジムが人差し指でジルの額を小突いた。


「ぶっぱなす魔法は魔力を多く使う。近接戦闘では使い勝手が悪い。」

「ふむふむ。」

「接近されたら下手するとやられるだろ。その時の護身用、ってのが始まりだ。」


ザジムはそう言って片手でジルの頭を掴んで、わしわしと握る。

何とも言えない感覚にジルは、うぇぇぇぇ、と変な声を上げた。


「んで、何でここに来たんだよ。訓練なら俺の事見てる場合じゃねぇだろ。」

「ああ!忘れるところだった!」


手を、ぽん、とわざとらしく言う。

ザジムはそんなジルの様子に、なんとなく嫌な予感がした。


「ザジム君。毛をちょっとちょ~だい!」

「気持ち悪っ。なんだよお前、変な趣味でもあんのか・・・・・・?」

「失礼な!そんなわけないでしょ!!召喚のための素材にするんだよ!」

「あ?今回は何で失敗する予定だ?」

「今回は千匹狼せんびきおおかみ!って失敗前提みたいに言うなー!」


ぷりぷりと頬を膨らませてジルは抗議する。

狼を召喚するのだから狼の獣人であるザジムに目を付けたのだ。


「千匹狼?なんだそりゃ。」


聞いた事もない魔獣だ。

どう考えても一般的に知られている魔獣ではない。


「東大陸の南の方にいる?伝わってる?魔獣なんだよ。」

「東大陸の南っつぅと、アマツ皇国か?」

「うん。二足歩行の複数の狼がハシゴ状に肩車かたぐるましあってるんだって。」

「なんだよ、その魔獣・・・・・・。」


狼が、二足歩行で、なぜか肩車しあっている。

意味が分からない。

生態が謎過ぎる。


「その地域から来た研究者に聞いたんだ。」

あそこアマツ皇国から来てる奴いるんだな。」

「魔獣って言うよりも、妖怪?っていう、精霊とかに近い存在っぽいんだって。」

「ようかい?知らねぇが面白そうな存在だな。ん?もしかしてその研究者。」

「そ。その妖怪の存在を研究するためにこの国へ来たんだって。」


人の知的探究心は限りを知らない。

何だかよく分からない存在なら、その存在をよく知りたい、と思うのは必然である。


「だ~か~ら~、ちょっと頂戴!」

「はぁ、仕方ね―――」

「ありがとっ!」


ブチィ


「いってぇ!!!!」


ザジムが返答をした瞬間、ジルは彼の腕の毛を数本、思いっきり引きちぎった。

悲鳴が響く。


「てめぇこのっ!!」


怒って立ち上がるザジム。

しかし、隣に座っていたジルは、すでに訓練場の出口に向かって駆けだしていた。

ザジムは手に魔力を込める。


「逃がすか、よっ!」


魔力を固形化させて棒状にしたものを背中を向けるジルに投げつける。


すこーーーーーーんっ


ジルの後頭部にこぶが出来た。




しこたま説教をされたジルは、へろへろになりながら自室にたどり着いた。


だが素材狼の毛は入手できた。

倫理的に多大な問題はあるのだが。


「さてと。問題は妖怪をどうやって喚び出すか、だよね。」


素材を机に置き、ジルは腕を組む。


「普通の魔獣とは違う存在だって言うし、精霊に近い術式の方が良いのかな。」


妖怪、と言うものをジルは知らない。

だが、非常に興味の湧く存在だ。

精霊でもなくて魔獣でもない、そんな存在がこの世にいるかもしれない。


もしかしたら失敗続きの研究を前進させる「何か」を掴める可能性がある。

ならば、やるしかない。


「素材は揃ったけど、いまいちどんな奴なのかが分からないんだよなぁ。」


ぴらり、と手にした紙を顔の前で揺らめかせる。

その紙には筆と墨で描かれた、何とも味のある肩車狼の絵が。


千匹狼の話を聞いた東国出身の研究者に頼んでその場で描いてもらったのだ。

だが、大きさや明確な姿がよく分からない。


「大きかったり小さかったり、伝承には色々あるって言ってたもんなぁ。」


今まで召喚実験をしてきたのは、既に見た事のある魔獣や精霊だ。


だが今回は違う。

見た事がない、と言うのもそうだが、それ自体の存在も希薄。


伝承の中の存在である。


「う~ん、やるだけやってみるしかないか。」


分からない部分は仕方がない。出来る限りの事をしてみよう。


東国に伝わる存在ならその地の言葉で呼びかけた方が良いだろう。

詠唱を構成することばも東国の物から狼に関連する物を抜粋して構成する。


今回は魔法陣も特殊だ。

いつもは円形の魔法陣を描いているが、今回は四角形。


中に書き入れる文字も東国の特殊な文字だ。

この文字は以前から知っていたが、こうして使うのは初めてである。


手にした辞書と交互に確認しながら、床に陣を描いていく。

最後に陣の中心に動物の骨やザジムから採取した無理やり奪い取った毛などを置く。


「よっし、出来たー。」


準備が終わり、伸びをする。


「じゃあ、いきますかー!!」


頬を両手で、ぱん、と叩き、気合を入れる。

全て自作の手探りだが、それはいつもと同じ。


いつものように魔法陣に魔力を込めていく。


ぶぅぅん


低い鳴動音が鳴る。

いつもは発生しない音。


詠唱を行うジルは少し驚きつつも術式を進めていく。

最後に顔の前で、音が部屋に響くように両手を打ち合わせる。


ぱんっ


小気味こきみ良い音が部屋の中に響く。

次の瞬間。


ぼわっ


素材全てが炎に包まれ、ジルの腰高こしだかほどの炎の柱になる。


成功か、失敗か。


ジルは固唾かたずんでその光景を凝視する。

炎が大きく揺らめいた瞬間、かっ、とまばゆい強い光が部屋の中を照らした。


あまりにも強烈な光に、思わずジルは目をつむる。

光は一瞬で収まり、ジルはゆっくりと目を開いていく。


そこにはジルのくるぶし丈ほどの小さな犬のようながいた。


千匹狼であるかどうかは不明である。

そもそも二足ではなく四足で立っている。


だが、召喚術としては成功だろう。


「い、い、いぃぃぃ、やったーーーー!」


ばっ、と両の拳を握り、天に突き上げる。

ジルにとっては初めての召喚成功だ。


だが。


わうっ!


その一吠ほとほえした。

声か何かに驚いたのか、股下を潜り抜けてドアに向かって走り出す。


「あっ!!!!ちょっ、まっ!!!!!!!」


駆け抜けていくそれを掴もうと手を伸ばす。

しかし、掴もうとする手を飛び越え、すり抜け、宙に跳び、それは止まらない。


「待って!!行かないで!!!!!」


ジルの悲痛な呼びかけにも振り向く事は無かった。

伸ばした手が届く事も無かった。

驚く事にドアにさえぎられることも無く、すり抜けて出て行ってしまった。


「あ、ああ、あぁぁ。」


伸ばした手がへなへなと力なく垂れ下がる。

がくり、とその場で肩を落とした。


どんどんどん


ドアが強くノックされる。

脱力したままジルはドアのカギを開ける。


「おい、なんだよ今の!!」

「なんか走っていった。」


そこにいたのはザジムとロシェだった。

先程のジルの成功の雄叫びに驚いて、二人とも自室から外に出ていたのだ。


周りを見ると他にも数人、が走り飛び降りた欄干の先を見下ろしている。

いないぞ、どこいった、と声が聞こえる。


「二人とも、こんばんは・・・・・・。」


いつもの元気をどこかに落としてきたかのような返答に二人は顔を見合わせる。


「お前、召喚成功したのかよ。」

「うん。でもどっか行っちゃったぁ。」

「探す。」

「そうだな、あれの元になったの俺の一部だし、なんか寝ざめがわりぃ。」

「二人とも、ありがとう。」


ジルは二人に礼を言い、逃げ出したを探しに走る。

他の研究者も召喚されたモノに興味を抱いて探しを手伝ってくれた。


しかし、逃げ出したついぞ、見つかる事は無かったのだった。

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