第5レポート いでよ!サーペント! その2

「あの!護衛をお願いしたいんですが!」


勇気を出して白髪の老人に声をかける。

老人は酒を飲む手を止めてジルの事を、じろり、と見た。


そして酒の入った樽ジョッキを、こん、と机に置く。


「ほぉ。ワシに依頼するのか。まあ立ち話もなんだ、座れ。取って食いやせん。」


そう言われてジルは老人の正面に腰掛ける。


「んで、期間は?」

「一日お願いしたいです。」


ふむ、と老人は頷く。

そして人差し指と親指だけを立てた左手を出す。


「銀貨二枚で受けよう。」

「安っ!」


思わず声が出た。

相場の四分の一、あまりにも安い。


それ故に警戒する。


「な、何でそんなに安いんですか?」


雇い主に強盗を働く不届きな傭兵もいるという事をジルも知っている。

流石にここまで安いと気になるのだ。


「なっはっは。警戒しとるな。安心せい、安い理由はこれよ、これ。」


笑いながら老人は右足を机の上に放り出す。


いや、足ではない。

棒義足ぼうぎそくだ。


隻腕どころか右足も膝下から無かったのだ。


「ワシは右目、右腕、右足が無い。それゆえにそこらの傭兵と比べれば戦えん。」


かなり悲惨な怪我だが、気にする事も無く老人は笑っている。


「それにお前さんの荷物を持ってやることも難しいしな。だから安いのだ。」


確かにそれはその通りだろう。

小物が持ち運べる精々だ。


「まあ、お嬢ちゃんよりは腕は立つと思うがな。」


そう言って、がはは、と笑う。

そういう事なら納得だ。


「それじゃあ、お願いします!」

「おう!任せておけ。ワシはオーベルだ。お嬢ちゃんは?」

「ジルって言います!」


オーベルと名乗った老人から一杯だけ飲み物を奢ってもらい、その日は別れた。




翌日。


待ち合わせていた東門に時間通りオーベルはいた。


右腰に膝ほどの長さの短剣。

左腕と左足には手甲と脛当て、胴には左胸を護る胸当てを身に付けている。


武器防具を身に付けた姿はただの老人ではない、傭兵である事を表していた。


ジルは挨拶をして、二人して門を出る。

行先は東門から少し行った所にあるメレイの森の南端だ。


メレイの森は既に、ある程度開拓が進んでいる森。

はるか昔に西方交易路が出来てから木材需要が増え、この森が利用されている。


だが、決して完全に安全な森ではない。

少しでも奥に入れば原生林であり、凶悪な魔獣が生息している。


今回はそんな奥地まで行くわけではないが、の魔獣がいる可能性もある。

警戒するに越した事は無いのだ。


「ふむ、今の所は特に何もいないようだな。」


周囲を警戒しながら隣を歩くオーベルはジルに声をかける。

彼は器用に棒義足の右脚で、ともすればジルよりも早く歩いていた。


周囲を見渡す目は昨日の組合で笑っていた老人ではなく、歴戦の戦士の目だ。


「今日の目的は蛇の鱗だったな。蛇がいるとしたら森の中。」


髭を弄りながらオーベルは続ける。


「まあ、この道を外れる必要があるな。そうなると魔獣と遭遇する可能性がある。」

「か、覚悟してます!」

「よし。もし万が一、ワシが怪我して動けなくなったら、さっさと逃げるんだぞ。」


ジルにそう言ったオーベルの目は真剣だ。


「ワシが倒せん奴を、ジル嬢ちゃんが倒せるとは思えん。」

「うう、そ、そうならないように魔獣にう前に帰りましょう!」

「なっはっは、違いない!」


緊張に身を固くするジルと余裕の笑いで返すオーベル。

ジルはオーベルには悪いと思いながら、この老人がそんなに強いとは思えなかった。


だからこそ、さっさと採取を終えて帰りたかったのである。




だが、それは叶わなかった。


ギシャァァァ


巨大なカマキリの魔獣、大蟷螂 ―メガロマンティス― 。

メレイの森にむカマキリだが、南端で出くわすのは運が悪すぎる。


「おい、ジル嬢ちゃん、頭を上げるんじゃないぞ!」


木の影に隠れたジルにそう言ってオーベルは戦闘態勢を取る。


「鎌の一撃で嬢ちゃんの首なんてあっという間に、すっ飛ぶからな!」


棒義足の右足を後ろにして身体を敵に対して斜めに構える。

右腰の鞘から短剣を抜き払い、それを軽く持ち上げて切っ先を大蟷螂メガロマンティスに向けた。


チキチキと口から嫌な音を立てながら、大蟷螂メガロマンティスはカマをゆらゆらさせている。


次の瞬間。


「むっ!」


大蟷螂が鎌を振る。

風が断ち切られる音がした。


「うひゃいっ!」


ジルの隠れていた木がオーベルの首の高さで切断され、轟音を立てて倒れる。


(オーベルさんは!?)


自分を護るために敵に立ち向かった老人はどうなった。

そう思い、木の陰から顔を出す。


「ぬぅん!!!」


驚いたことにオーベルはいつの間にか大蟷螂の懐まで接近し、斬りかかっていた。


体勢を低くしてカマの斬撃波ざんげきはかわし、一足飛いっそくとびで接近したのだ。


左脚一本しかないとは思えないほどの強烈な斬撃。

大蟷螂は咄嗟に右のカマでそれを受け止める。


いや、受け止められなかった。


ギギギィィッ


右のカマが根元から切断され大蟷螂は鳴き、斬撃の衝撃で数歩後ろに下がる。

その隙を逃すまいとオーベルは大蟷螂に向き直った。


大蟷螂がはねを広げ、ブブブ、と音を立てながら高速でそれを動かした。

深い前傾姿勢を取り、四本の脚が大地を強く踏む。


そして。


「せいぁ!!!」


それは一瞬の出来事だった。


翅の推進力と魔力を載せて大蟷螂は超高速でオーベルに突進した。

残る左のカマを振りかぶり彼を切断しようと突撃。


それに対してオーベルは、棒義足の右足で半歩前に踏み出した。


体勢を低くし、その棒っ切れに全体重を乗せる。

体を時計回りに回転させて、振り下ろされるカマの下をくぐり抜けた。


遠心力を乗せた左腕、その先に握られるつるぎで大蟷螂の胴をぐ。


その一閃で大蟷螂は胴体から両断された。


自らが生み出した推進力で止まる事なく、二つになった大蟷螂は飛んでいく。

進行方向にあった木に激突し、緑色の気持ち悪い体液を周囲にまき散らした。


「お、オーベルさん!け、け、けが、怪我はありませんか!?大丈夫ですか!」

「おお、ジル嬢ちゃん。この通りピンピンしておるぞ。」


ふう、と一息いてジルに向き直る。


「まあ、右目と右腕と右足は無くなってしまったがな、がっはっは。」


笑っていいのか分からない冗談を口にしながらオーベルは自分の無事を伝えた。

ジルは笑っていいのかどうか困惑しつつも、ほっ、と胸を撫でおろす。


「んん?おいジル嬢ちゃん。あれ、探していた素材じゃないか?」

「え?」


オーベルは何処かを指す。

その指先は先ほどぶった切った大蟷螂を指している。


ジルは嫌な予感がした。


「あ、ありますねぇ。」


蛇がそこにいた。

ただし、大蟷螂の体液にまみれてバラバラな姿で。


大蟷螂に直前で捕食されたのだろう。


新鮮には違いない。

残念ながら。


「ほれ、今日の目的が済んだではないか。さっさと持って帰るぞ。」

「うへぇ・・・・・・。」


体液でどぅるどぅるする蛇の亡骸をなるべく綺麗に洗ってジルは持ち帰った。


町に戻りオーベルに銀貨を渡し、ブルエンシアへと戻る。

自室に入って手に入れた蛇から鱗を一枚一枚、丁寧にぎ取った。


大分だいぶん時間は経ったが、なんとか作業を終える。


「ふひぃ、ようやく終わったぁ。」


大切な素材、無駄には出来ないのだ。

保存処理もしっかりと行い、これでしばらくは蛇の素材は取りに行かなくて済む。


保存処理に技能が必要であり、素材屋で仕入れようとすると割高になる。

この事も商売にならず取り扱いが出来ない一因なのだ。


足の速い簡易な素材だとこれが致命的である。


蛇の鱗を十枚と砕いていた魔石紛ませきふんを少々、魔力を含んだ草を一束。

魔法陣の中心に蛇の紋章を描き、術式も専用の物に書き換える。


部屋の中を片付けて召喚実験を始めた。


いつもは立った状態で魔力を込めるが、今回は手を魔法陣に付けて魔力を込める。

これは蛇の姿をす方が呼びやすいだろう、という仮定。


床に座り込んだ状態で魔力を込めていく。


魔法陣に手を付けている部分から光が陣の模様に沿って広がる。

中心に至った光は蛇の紋章に光が伝わり、素材が焦げてそのまま消滅していく。


魔力が固形化していき、魔法陣の中心に小さい蛇のシルエットを作り出す。


その瞬間。


ばぁんっ!


衝撃に部屋の扉が開いてジルは吹き飛ばされて二回転、三回転。

廊下を横断して部屋の反対側にある欄干に頭をぶつけた。


「ぐおぅ、ぅぅ、ぅ。」


言葉にならない苦悶の声を出し、ジルはその場にうずくまる。

召喚は今回も失敗に終わったのだった。

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