第4レポート いでよ!サーペント! その1

蛇は古来より様々な伝承や信仰に関わっているもの。

そのため、伝承等の力を魔法に関連させる研究も行われている。


ジルが研究する召喚術においても、存在が分かりやすいものほど呼びやすい。

つまるところ、蛇なら簡単に呼び出せるはず、なのだ。


「ありがとうございましたー!」


料理屋でのアルバイトを終えたジルは給金を持って素材屋へ向かう。


「えええ!無いんですか!?」

「耳元で叫ぶな、このアホ!」


驚きのあまり大声を上げ、品出しをしていたアルーゼから頭に拳骨げんこつをもらった。

ジルは頭を押さえつつ、涙目になりながらもアルーゼに立ち向かう。


「何でないんですか~。結構分かりやすい素材だと思うんですけど~。」


ジルが求めているのは蛇の鱗。

そんなに採取が困難な物ではなく、むしろよく見る素材だ。


「だからだよ。」

「?」


アルーゼの言葉の意味が分からず、首をかしげる。


「基本的に誰でも採取できる素材だからわざわざ店に置く必要が無いンだよ。」


ふん、と鼻を鳴らし、アルーゼは続ける。


「蛇の素材は劣化が早い。仕入れても商売にならねェ。」


品出しを終えたアルーゼは伸びをする。

ぼきぼきと凝り固まった背中が鳴る。


「おお、エグイ音しますね、歳ですか?」


ジルは、もう一つたんこぶが出来たのだった。




自分の行いで出来たたんこぶをさすりつつ、ジルは自室へ戻る。


さて、困ったことになった。

このままでは今回召喚しようとしていた蛇の魔獣 ―サーペント― が喚び出せない。


椅子に座って、ううん、ううん、と唸るジル。


「どしたの?」

「どわぁっ!!!!!」


ジルの横から、にゅっと顔が出てきて声をかけられた。

ビックリしたジルは椅子から転げ落ちる。


ロシェだった。


「ロシェちゃん、ど、ど、どうやって中に?」

「開いてた。」


扉を指さすロシェ。

考え込んでいたせいで鍵をかけ忘れたようだ。


「そっかぁ。でも勝手に入るのは良くないような。」

「唸ってたから別にいいかなって。」


理由がよく分からない。


多分おそらく困り顔で考えていたジルを心配に思っての行動だろう。

そう思いたい。


唸っていた理由をジルはロシェに話した。


「じゃあ取りに行けば?」

「え?」


ロシェはさも当然のように助言を与える。


「取りに、って外にか~。でも私戦ったりできないしなぁ~。」


蛇の素材である以上、その辺で拾う、と言うのは無理である。

蛇自体から採取するしかない。


蛇がいるのは森の中。

そこには当然魔獣がいる。


だが、ジルには戦える能力がなかった。


基礎魔法は暴発気味で安定せず、ちんちくりんで腕力もあてにならない。

頼みの召喚術は失敗ばかりで、悲しいかな、なんの力にもなりはしなかった。


森に入れば、蛇の素材を入手するよりも魔獣のお腹に納まる方が早いだろう。


「誰かに付いてきてもらえば?」

「そっか!じゃあロシェちゃ―――」

「私はだめ。今は大切な研究がある。」


がくん、とジルは肩を落とした。


「他の研究者もたぶん無理。自分の研究よりジルの事を優先する人はいない。」

「だよねぇ~。」


ジルもよく分かっていた。この国の研究者は皆そうなのだ。

自分の研究が第一でその他の事には基本的に無頓着。


ときには倫理観をゴミ箱に投げ捨てたかのような行動も見かける。

研究に必要なのかは分からないが奇行きこうが目立つ者もいた。


そんな者奇人変人に協力を求めても、当然断られるだろう。


「じゃあ、出国を申請する所に相談したら、どう?」

「その手があったかっ!」


賢者を見る目でロシェを見つめるジル。

そんなジルに対して腰に手を当て、むふん、と胸を張って威張るロシェ。


解決策を見つけてジルは行動を開始した。




「出国許可、と。」


事務官が、ぽん、と許可証に押印をして、厚紙をジルに渡す。


それには、出国許可の文言とその期間が書かれている。

これさえあれば国外に出られるのだ。


この国ブルエンシアの二級研究者以下の者は必ず出国許可を申請する。

そうしなければ国の外へ出る事は出来ない。


これは魔法の悪用を防ぐ目的だ。


下級の魔法研究者には不満が多い。

そのため、学んだ事を良からぬ方向で使う可能性が高いのである。


対して、三級以上の者は基本的にこの国での研究にどっぷり浸かっている。

わざわざ研究が困難になる国外へ流出する事は少ないのだ。


下級研究者は信頼に値しない、国は慈善活動家では無いのだ。


ブルエンシアには東西南北の四方向に魔法のゲートがある。


北は、龍の国ダルナトリアに接していて山岳地帯に出る。


山岳地帯には翼竜ワイバーン悪魔牛ディアボスが生息している。

どちらも二階建て建物以上に巨大な魔獣だ。


ジルが足を踏み入れたら二秒で死ぬ、確実に死んでしまう。


西は、獣人の国カレザント国に繋がっている。


平野が続く平和な国で魔獣も少ない。

だが、それ故に素材採取には向かない場所である。


東は、オーベルグ帝国西方の大森林であるメレイの森に直通している。


森の只中ただなかに出るので、戦闘能力が無いジルは出た瞬間とんぼ返りするしかない。


南は、左右を山脈に挟まれた一本道を進むと中立都市レゼルだ。


商人の組合によって自治されており、帝国の西方交易路を押さえている。

西方から帝国に運ばれる物資が必ず通過する『全てが通る町』だ。


事務担当に相談した所、護衛を雇ってはどうか、と言われた。

護衛を雇うのであればレゼルへ出るのが良いだろう。


ジルは意気揚々と南門へと歩いていった。




山間やまあいの街道を少しばかり歩くとその都市へとたどり着いた。


石造りの巨大な防壁。

地形に沿って要塞が築造されており、最上部には立派な屋敷が見える。


この地は、東のオーベルグ帝国と西の旧カレザント王国との激戦地だった場所。


それ故に両国によって、奪取と失陥しっかんそして増築が繰り返された。

最終的には四重防壁の巨大要塞となったのだ。


戦争は帝国の勝利に終わり、この地は帝国領となる。


更に時代が下ると重税に苦しんだ商人と傭兵による武力反乱が発生。

現在は完全なる中立都市として、商人組合によって運営されている。


そういった背景から、仕事を求めた傭兵や旅人が集まる町でもある。


ジルが向かうレゼルの北門は閑散かんさんとしている。

北門はブルエンシアにしか繋がっていないので当然と言えば当然である。


「お嬢ちゃんはブルエンシアの魔法研究者だね、出国許可証を。」

「はい!これです!!」


自信満々にジルは衛兵に許可証を提示する。

なぜそんなに得意げなのかは分からない。


「ちゃんと押印はされているし、日にちも問題なし、と。通って良し。」


許可証を返されて道を開けられる。


大きな門をくぐると人と物でごった返す喧騒あふれる街が広がっていた。


ジルやエルカと同じ人間やザジムのような様々な獣の特徴を有する獣人。

ロシェのようなエルブン、背丈が低いドワーフ、龍の特徴を持つ龍人りゅうじん

二足で歩くカエルの両生類族ラーナ、同じくトカゲの爬虫類族レザール


この世界のありとあらゆる種族がこの場所にいた。


そんな街の中をジルは突き進む。

彼女の行先はこの街を管理する商人組合だ。



組合の受付にいつも通り元気よく挨拶をして用件を伝える。


「護衛ですか。少々お待ちを。」


流石はプロ、ちんちくりんなジルにも受付は丁寧だ。


「大体の金額でしかありませんが、護衛依頼はおおよそこちらの額となります。」


『半日で銀貨五枚、一日で八枚、二日で十四枚』


差し出された紙には、そう書いてあった。


「これは目安なので最終的には傭兵本人と交渉ください。」


そう言って右手で隣の大きく開けたスペースを差す。


机と椅子が並べられたその場所には鎧や武器を携えた多くの人がいた。

談笑しながら、情報交換しながら、あるいは酒をあおりながら待機している。


彼らこそがこの町へ集まった歴戦の傭兵たちだ。


だが、ジルは困っていた。

お財布の中身が非常にかんばしくないのだ。


素材採取を考えれば一日は欲しい、だが銀貨八枚は金欠の身には辛い金額だ。


「そうですか・・・・・・。すみません、ありがとうございました。」


何人かの傭兵に交渉するも提示できる金額が低すぎ、次々と断られた。

無理もない。


一日で三、四枚がジルの出せる限界であり、相場の半分だ。


そんな金額で受けては傭兵にとっても赤字である。


「嬢ちゃんは元気で気に入ったんだけどな。流石に俺らも生活があるからなぁ。」


声をかけた傭兵はそう言って困った顔でジルを見た。

どうしたものかと考え込んでいる。


「お、そうだ。あのジジイならその金額で受けてくれるかも知んねぇぞ。」


彼が指したのは組合の奥。


「ほれ、あの奥のテーブルのはじっこに座ってる白髪の。」


その老人は運ばれてきた酒をあおっていた。


「つっても、いっつもあそこで酒飲んでて仕事してるようには見えねぇがな。」


短い白髪に同じく白い無精ひげ、右目に眼帯を付けた老人。

見ると服の右腕に中身がない。隻腕せきわんのようだ。


ジルは勇気を出してその人物の元へと歩みを進めて声をかけた。


「あの―――」

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