第3レポート いでよ!地の精霊!

魔法研究では精霊のたぐいは切っても切り離せない存在だ。


精霊は意思があるのか、無いのか、それすら分からない。

魔法研究の基礎では精霊との交信や使役、なんていう事もする。


だが、それはあくまでその場所に偶然存在する精霊に対して、だ。


地の精霊の一種に『ミカ』という精霊がいる。

結晶状で浮遊する雲母うんものような多層構造の精霊。


今回、ジルは雲母の小精霊 ―ミクロスミカ― を召喚する準備を進めていた。


「岩石、鉱物、うーん、やっぱり石が良いのかな?それとも、あー。」


召喚術は、喚び出す存在と縁のあるものを触媒にする。

この縁を辿る事で、遠い場所からでも対象を呼び出すことが出来る魔法だ。


と、ジルは仮定している。


他に研究者がいないので、ジルの魔法理論が即ち、召喚術の魔法理論である。

今回は地の精霊なので岩石や鉱物が触媒に使えるかも、という目論見だ。


「術式はこうして。あ、そうだ、こないだのスライムの時に気付いた奴!」


先日の失敗で思いついた術式の変更を思い出す。


「えっと第二列のここをこう変更して、っと。」


魔法の中でも魔力に複雑な動きをさせる魔法には術式が必要だ。


ジルの召喚術なら魔法陣への組成式の組み込みの事を指す。

エルカの魔石科学なら装置に魔石同士を連結させる回路の設置であろう。


だが、現在の主流である魔法素学まほうそがくに類する学派の場合はそうした物は不要だ。

そのため、ザジムの研究する武装魔法学は魔力の運用と定着を研究の核としている。


こんこんっ


扉をノックする音が鳴った。

だが、研究に熱を入れているジルには届かない。


とんとんっ


ノックの音が少し強くなった。

さっきが指一本での軽いノックなら今回は拳で軽く叩くノックである。

だが、やはりジルは気付かない。


ドンドンッ


更に強くなるノック音。

グーに握った手で強く叩くノック。

しかしジルは気付かず、うんうん唸るばかりである。


ドガンッッッ!!!


「どわぁぁっ!!」


突然、扉を重量物が叩く音と衝撃が響く。

流石のジルも驚き、文字を書いていたペンを放り投げて椅子から転げ落ちた。


このまま扉を開けなければ間違いなく次は扉をぶち破られる。

大急ぎで扉を開けにかかった。


がちゃん

ゴオッッッ


ジルの顔面を強烈な風圧が襲う。


「ヒィッ―――」


顔面に直撃する寸前でそれは停止した。

視界を銀色の巨大な何かが埋め尽くしている。

ジルは恐怖で硬直して動くことが出来ない。


「あ、やっと開けた。」


その銀色の塊の横からふわりとした黒髪ボブの少女が顔を覗かせた。


「ろ、ロシェちゃん、し、し、死ぬかと、お、思ったよぉぉぉ。」


巨大な塊は金属で形作られた大きな腕だった。

張り巡らされていた魔力を失って、パラパラと粒子状になって地面に広がる。


ジルは脱力して、へなへなとその場にへたり込む。

そんなジルの頭をロシェと呼ばれた少女はなでなで。


ジルやエルカよりも長身な彼女の耳は、人間と比べて少し長かった。


ロシェはエルブンと呼ばれる種族である。


この国ブルエンシアの東にある世界一の大国たいこくオーベルグ帝国のさらに東。

エルブンの森からやって来た少女である。

少女、と言ったが彼女は既に七十年は生きている。


ジル達と比べたら三倍程度は寿命が長い。

エルブンは長命な種族なのだ。


それゆえに、この年齢でも彼女の故郷ではまだまだ子ども扱いである。


彼女が研究しているのは魔法装具学。


金属や岩石、木材に宝石、様々な物を原料として物体を作る研究。

義手義足などの製作研究も行っている。


主流派ではなく研究者も多くは無いが、精力的に活動している学派だ。


長命な種族の特徴か、それとも個性か、彼女は非常にマイペースな人物である。


「はい、お土産。」

「あ、ありがとう。」


へたり込むジルの事などお構いなしに小さな包みを渡すロシェ。

先日から出国許可を貰って国外に出ていたのだ。


包みの中には小さな鉱石がいくつか入っていた。


「あ、この鉱石使えるかも!」


勢いよく立ち上がりお土産の鉱石を天にかざす。


「おー。ぱちぱちぱち。」


わざわざ口で擬音を出しながら気の無い拍手を送るロシェ。


「よぉし、アルーゼさんの所で必要な物そろえるぞー!」


走り出すジルの後を何故かぴったりとくっついていくロシェ。

勢いのいいジルとなんとなく付いて行くロシェ、というのはよく見る光景だ。


「だあっ!うるせえぞ、おぉぉぉぉ?お?」


廊下での騒音に苛立ったザジムが声をあららげ、自室扉を勢いよく開ける。

しかし、既にそこには誰もいなかった。




「来たよー!」

「また来たのかクソガキ。」


アルーゼは気怠そうに答える。


お構いなしにジルは戸棚から素材をいくつか手に取り、カウンターに持って行く。

その前にロシェがジルの背丈ほどもある大きな岩石をジルの前にズドンと置いた。


「ぴゃっ。」


目の前に風を切って巨大な物体が置かれて素っ頓狂すっとんきょうな声が思わず漏れる。


ジルには構わず、ロシェは会計を済ませて巨大な腕を作り出し、岩石を持ち上げた。

彼女は岩石を運び出し、店の外でジルを待つ。


硬直していたジルもアルーゼの呼びかけに我に返り、会計を済ませて店から出た。




素材を買い付けて自室に戻ってきた二人。

ちなみにロシェが買った岩石は何故かジルの部屋の目の前に鎮座されている。


「こっちは細かく刻んで、これはこのまま、鉱石には術式を彫りこんで、っと。」


ジルは机に向き合って黙々と準備にいそしむ。

そんなジルの肩越しにロシェは準備の様子を覗き込んでいた。


「それ。」


突然ロシェが声をかけた。


「え?」

「その鉱石の術式。二重術式にじゅうじゅつしきにした方が良い。」


二重術式は同じ術式を二回刻むもの。

簡単に言えば、魔力が二回通るようにする、という事である。


「二重術式、あ、そっか、その方が安定する。」


ジルは彫り進めていた鉱石に更に術式を彫りこんでいく。


そしてついに召喚術の準備が整った。


魔法陣の術式を地の精霊用に書き換え、素材を魔法陣の中心に設置。

部屋の中の邪魔になる物を全て片付ける。


扉を背にするように立ち、魔法陣にゆっくりと魔力を注いでいく。


「がーんばれ、がーんばれ。」


後ろからロシェが応援の声を送る。

その声に後押しされてジルは更に召喚術を進めた。


小さく精霊に呼びかけることばつむいでいく。

それに呼応するように素材の一部がチリチリと音を立てる。

光の粒子となって中空ちゅうくうに浮かんだ。


「お。」


ロシェが声を出す。


空中にぼんやりと、四重しじゅうの薄い鉱石、琥珀色に輝く小さい雲母うんもが見えてきた。

素材が次々と粒子に変換され、空中の雲母が次第に明瞭にその姿を現していく。


あと少しで召喚成功するはず。


だが、ここで油断したら失敗する。

気をさらに引き締めたジルの頬には、玉の汗がしたたった。


じりじりと注ぎ込む魔力を更に強く。


空中の雲母が、かっ、と光った。


次の瞬間。


どがららららっ


大量の親指大の玉石たまいしが魔法陣から発生し、川のように部屋からあふれ出した。


「うわぁぁっ!」


玉石の奔流ほんりゅうにジルは押し流され、部屋の外へと連れられて行く。


廊下に押し出される、だけなら良かったのだが。


ごつんっ


「うがっっっッ。」


後頭部が何かに衝突し苦悶の声が漏れる。

ロシェが買って部屋の前に置いたジルの背丈ほどの岩石だった。


扉の目の前で停止したジルに向かって玉石の川が襲い掛かる。


「いでっ!いででっ!うごごごっ!」


ざらざらと流れ出てくる玉石がぶつかり、悲鳴を上げる。


ジルの下半身が埋まった頃にようやく石の川は流れを止めた。

岩石の後ろから、ひょこっ、とロシェが顔を出す。


「大丈夫?」

「ロシェちゃん、怪我して無さそうで良かったよ、ははは、はぁぁ。」


召喚が失敗するのが分かった瞬間にロシェは部屋の扉を開き、岩石を盾にしたのだ。

普段のマイペースな彼女とは思えないほどの素早い身のこなしである。


「失敗、だぁ、あぁー。」


石に埋まりながら、がっくりと肩を落とす。

そして視界に入る大量の石。


「あ、どうしよ、コレ。うーん、ロシェちゃん、いる?」


後ろのロシェは、こくりと頷いた。


この後、ジルの部屋の前で玉石譲渡会が開催される。

多くの研究者が参加し、ジルの部屋はあっという間に元に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る