第2レポート いでよ!マンドレイク!

どぉぉぉん!


本日の爆発を終えて、ジルはぐちゃぐちゃになった部屋の中を片付ける。

爆発が当たり前となった彼女は、片付けの技術ばかりが上達していた。


「おいこら、毎日毎日うるせぇぞ!!」


爆発で開いた扉の向こうから男の声が飛ぶ。


隣室のザジムである。


茶と灰が混じる毛並みの狼の獣人。

その姿は二足で歩く狼そのもの。


小さいジルと比べるとかなり大柄で、その背丈は百八十センチ程度だ。


魔法研究とは多種多様。


そんな中で、魔力を武器とする研究も多くある。


主流の学派である武装魔法学。

魔力を固形化させ、武器を作り出して戦闘を行えるようにするもの。


彼が研究するのは、そういった魔法であった。


ジルの隣室という事は、彼女の爆発音の被害を至近で受けているという事。

偶然隣になっただけで、毎日爆発を聞かされる不憫な人である。


「あ、ザジム君。ごめーん。」


頭をかきながら、えへへ、とジルは笑う。

ザジムは深くため息をついた。


「たまには成功させろよ、全く。毎日毎日爆発聞かされるこっちの身にもなれ。」

「失敗したくて失敗してるんじゃないやい!」


プリプリとジルは頬を膨らませつつも、彼女は片付けの手を止めない。

ザジムはそれを見て、白い眼を向ける。


「いっそ片付けを職業にした方が良いんじゃないのか、お前。」

「ふざけんな、このー!」


ジルはザジムに殴りかかる。

ザジムはジルの頭を左手で抑えてそれを防ぐ。

これも日常のやり取りである。


「そういやお前、今日はバイトの日じゃねぇのか?一昨日話してたろ。」

「え?あ、今日何日!?やっべ!ザジム君ありがと、それじゃ!!」


ばびゅん、と音が出ているかのごとき速さで走り去っていくジル。

それを見てザジムは再び深くため息をつくのだった。




ジルは貧乏である。

それはもう、毎日の食事にも困るくらい、お財布の中身が寂しい。


なので、研究とは別に日銭ひぜにを稼ぐために労働している。

今日は料理屋でのアルバイトだ。


「おーはようございまーーす!!」


めちゃくちゃ元気に営業前の店舗に突入する。


「相変わらず元気だな!遅刻してきた奴とは思えない位にな!!」


がしり、とジルの頭を掴む屈強な手。

店主のバルゼンである。


料理人とは思えない屈強な腕と分厚い胸板、まさに筋骨隆々である。

彼の料理は、最上級研究者ですら食べに来る程である。


「すいません、すいません!研究に熱中しすぎました!」

「まったく。まあ、すっぽかさなかっただけ良しとしよう。」


そう言ってバルゼンは手を離した。

頭蓋が砕けるかと思ったジルは頭を押さえてうずくまる。


そんな姿を見てバルゼンは少し笑った。


研究者は総じて自分の研究以外に無頓着な事が多い。


出勤日に来なかったり、日を間違ったり、だというのに悪びれる様子もなかったり。

この国に店を構える以上、理解するとは言え、あまり気持ちの良い事ではない。


その点、ジルは元気も良く、自身の非礼はちゃんと詫びる。

そして遅刻することはあれどすっぽかした事は今の所無い。


店長からすると評価できる子なのだ。




「いらっしゃいませーーー!!!」


配膳をしながら来店した客に元気よく声をかけた。

店内を所狭しと動き回りながら注文を取り、接客し、会計を行う。


ジルは八面六臂はちめんろっぴの大活躍。


来店する客はもちろんこの国に住む者ばかりだ。

当然、店内をくるくると回っている少女が何者かを知っている。


失敗続きの落ちこぼれ、召喚術というを本気にした馬鹿者、などなど。

悪気はなくとも、現実主義が多い研究者にはジルの評判はあまりよろしくない。


だが、この店での接客は素晴らしく、不快にさせられる事がない。


来店する研究者たちは思う。

魔法使いじゃなく何か商売をした方が向いているんじゃないか、と。


しかしジルはそんな目線は気にもしないのだ。




「おつかれさまでしたー!!」


本日のアルバイトを終えて給金を受け取り、店を後にする。


バルゼンはいつも普通よりも多めに給金を渡してくれていた。

ジルの実力を正当に評価している証であり、実際ジルは三人分の働きをしている。


貰ったお金を手に、ジルはある場所に意気揚々と向かっていた。


「こんちゃーーーっす!」

「うっせえぞクソガキ!」


勢いよくドアを開け放ち、大声でご挨拶。

それに対して店の奥から響く罵倒。


微笑ましい素材屋の日常の風景。


ジルが訪れたのは素材屋だ。


魔法の研究には色々な素材が必要となる事が多い。

魔法研究の基本となる魔石、金属、魔獣の身体の一部やその加工品、宝石などだ。


非常に多岐にわたる物が必要となるが、自分で全て調達するのはかなり困難である。


更に初等級の駆け出し魔法研究者の出国にはちょっと面倒な申請が必要だ。

そのため、素材集めに行くのも手間がかかったりする。


それ故に素材屋は良い商売となっていた。


「お金が入ったから買いに来ました!」

「そンなのは当たり前だ、金無しで来店したら叩き出す。」


カウンターに頬杖をついた女性が答える。


彼女はアルーゼ。

実力ある魔法の使い手であるが、素材屋をやっている変わり者である。


スパイキーショートのツンツンでくすんだ緑色の髪形。

耳には銀のクリップピアス、指にはごつい金の指輪。


進んでお近づきになりたい風貌ふうぼうでは無いのは確かだ。


キセルを吸い、煙をくゆらせながら、気怠けだるそうにジルに対応する。


「ンで、何が欲しいんだ。」

「今日は植物!これとあれとそれと!」


欲しい物を指さす。


「そんなンで分かるか。ちゃんと言葉で伝えろ。口が付いてンならな。」


えぐるような言葉、しかしジルは全く動じない。

物怖ものおじせずに今度は言葉で必要な物を伝えて、代金を払った。


アルーゼは普段あまり魔法研究者たちの事を気にしない。

欲しいものがあれば勝手に金を払って持って行け、という態度である。


それ故に彼女を苦手とする研究者たちもそれなりに存在していた。


そんな彼女なので、彼女が顔を覚えている研究者は数えるほどしかいない。

その内の一人がジルである。


いつもやかましく、店の中でがちゃがちゃして、あっという間に帰っていく。

嵐のようなおバカクソガキ、それが彼女のジルへの印象である。


ぼろくその評価であるが、彼女が覚えているだけ他の研究者よりも評価されていた。


多分。


魔獣の素材と薬草、そして小さい魔石を二個買って、いそいそと自室に戻る。

その足取りは今日こそ召喚成功を確信している、自信満々の英雄の歩みだ。


「よっし、やるか!」


自室に戻り気合を入れた。

彼女の部屋は料理屋や素材屋などがある一階層から階段を昇った場所にある。


この国は山脈に囲われた窪地を下へ、円柱状に掘り進めた形状となっている。

その壁面に研究者の住居がある形状となっているのだ。


基本的に下層は下級研究者、上に行くに従って上級研究者の住居となっている。

それぞれの研究は自室で行われている事が多い。


上級研究者の住居はお屋敷の中のように広く、研究設備も潤沢に整っている。


対するジルの部屋は、入ってすぐ右に扉があり、そこに洗面所とトイレ。

扉から三歩前に歩いた所に研究用の小さい部屋。

そして研究部屋の右に扉があり、ベッドだけの寝室である。


他の国では一人でこんな部屋には住めないので恵まれているのだ。

研究者としては手狭であるが。


研究部屋には机と椅子が置かれ、床には魔法組成式が描かれた魔法陣。

椅子に勢いよく腰掛け、買ってきた素材を加工し、準備を整える。


今回の召喚対象はマンドレイク、小さな植物の魔獣。

人のように手足がある根菜こんさい、という表現が一番近いだろうか。


「うっし!準備完了!さっそく召喚だー!」


魔法陣に加工素材をセットし、魔力を流し込む。

淡く魔法陣が光り出し、部屋の中に魔力が満ちた。


これは、いけるかもしれない!!


どかぁぁぁん!


「だぁぁ!うるせぇぞ!!!このポンコツがぁ!!!!」


いつも通り、ザジムの声が響いたのだった。

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