失敗召喚師の残念レポート

和扇

第一編

第一章

第1レポート いでよ!スライム!

「むぎゃあぁぁぁっ!!」


部屋の中から響く大声に、扉の前を歩く人々が驚き扉を見る。

扉の隙間からは薄く煙が立ち込めている。


その扉の内側から煙にまみれながら、一つの人影が現れた。


「理論は完ぺきだったはずなのにっ!」


悔しそうな表情と共に、だんっ、と床を叩く。


「なんでなんだぁぁぁぁーーー!!」


魂の叫び声が辺りに響き渡った。




魔力。


それは世界に満ちる力。


魔法。


それは魔力ちからを行使するすべ

神は世界を作り、人は魔法を作ったのだ。


魔法は作られ、そして広まる。

だが、常人に出来る事では無い。


それを行う国があるのだ。


その国の名をブルエンシアという。


魔法を研究する者達。

魔法研究者が世界中から集う場所である。


そんな国の片隅。

自室での実験を失敗した少女が一人。


彼女の名はジル。


ミディアムボブの赤髪と翡翠ひすい色の瞳が特徴の少女。

まだ年の頃十六を過ぎたばかりだ。


背丈は百四十五センチメートル位で低い。

よく言えば可愛らしく、悪く言えばちんちくりんである。


羽織っている前開きの黒のローブは、着ているというより着られている状態だ。


彼女もまた魔法研究者である。

だが、研究者と言っても駆け出しも駆け出しだ。


そんな彼女は三年ほどこの場所で魔法を学んでいる。


だが、学校などという物があるわけでは無い。

上級の魔法研究者に弟子入りする形で魔法を学ぶのだ。


まずは基礎を習い、応用を身に付け、そして独立する。


ジルは独立して半年、いまだ成果を出せずにいた。


「ぐうぅ、どうしてこうなるんだ・・・・・・。」


廊下にへたり込むジル。


召喚術。

何処いずこからか何者かをび出す魔法。


現在の主流派の魔法学からは大きく外れた、所謂いわゆる異端いたんの魔法。


それを彼女は研究していた。

他に研究している者がいない、第一人者である。


まともな成功など、した事は無いが。


国内において居場所が無い、などという事は無い。

が、研究成果を出せていないのでふところ事情については推して知るべし。


アルバイトで糊口ここうをしのぎつつ、研究を続けている始末である。


そして今日も研究成果は出なかった。


「簡単な術式だったはずなのにどうしてだろう・・・・・・。」


ううん、と唸る。

そして何かを閃いた。


「ん?待てよ?あの術式の第二列をこうすれば、もしかして?」


廊下に座ったまま先ほどの失敗の総括を行うジル。


周りにいた人々も気にせずジルの横を通り過ぎていく。

この国では、よく見る光景だ。


研究者とはストレスを溜めるものなのである。


「ジルちゃん、何しているの?」


床にへたり込んで天井を見上げるジルの顔を誰かが覗き込み、声をかける。

綺麗な長い金髪と透き通った碧眼へきがんが目をく女性だ。


「あ、エルカさん。おはようございます。」


座り込んだまま、挨拶をする。


目の前の女性こそ、ジルの魔法の師匠エルカである。


すらりとした女性的スタイルにジルから見ても息を呑む美人。

ちんちくりんなジルからすると何もかも憧れの対象である。


彼女は魔石科学を研究している。

世界で多用途に使われる魔石を更に効率よく、新用途発見を目指す魔法学である。


彼女は薄浅葱うすあさぎ色 ―淡い青緑色― のローブをまとっている。


その色は三等級、上級研究者の証である。


十まである等級の内で下から三番目。

しかし、二等級と三等級の間には海より深く山より高い壁があるのだ。


ちなみにジルのローブは黒。

最下級の初等階級研究者である。


魔石科学は主流派からは外れた研究である。

だが、彼女にはそんな事は関係なかった。


十五から結果を出し続け、若干十七歳で三等級研究者となったのだ。

彼女はその才覚さいかくから、天才、とも評されていた。


それから三年。

ジルを弟子に迎え入れ、彼女の独り立ちを共に祝った。


しかし、今もなお結果が出せずにいる彼女の事を心配し、度々様子を見に来ている。


「あはは、また失敗しちゃいまして。」

「この煙でなんとなくそうかなって思っていたけど、やっぱり。」


少し心配した様子でエルカはジルに手を伸ばす。

その手を取ってジルはようやく立ち上がった。


「今日は何を喚び出すつもりだったの?」

「スライムです!こう、粘着質でねばねばでどろどろな奴!」

「なんでまたそんなものを・・・・・・。」


胸を張って答えるジルに困惑した笑顔で答えるエルカ。

ジルの謎の自信は昔からだった。


初めてエルカに魔法を習いに来た時も、自分なら出来る!と言っていた。

しかし、基礎魔法を暴発させて訓練場の一部を黒煙に包んだ。


試しに薬剤の調合をやらせてみたら、これまた爆発。


独立前の最終試験では失敗に失敗を重ねながら、なんとか課題を合格した。


そんな、言ってしまえば落ちこぼれとも言えるジル。

しかし彼女は、いっさい下を向かなかった。


失敗して落ち込むことはあってもすぐに切り替えて次を考える。

出来ない事があってもどうやったら出来るかを真剣に考えた。


その姿勢は、エルカにとっても見習うべき姿勢だと思っているのだ。


ぐううぅぅぅ


間抜けな音が響く。

ジルの腹の中の魔獣モンスターが叫んだのだ。


途端に、へにゃり、と脱力するジル。


「あ~、お腹すきましたぁ・・・・・・。」

「あらら。ん?」


エルカはジルの部屋の中を見て不思議に思う。


部屋の中は研究のための魔法具やら素材やらで一杯。これはいつも通り。

散らかっているのもいつも通りである。


だが、部屋の中には食事の痕跡が無かった。


研究に没頭する場合は大抵、料理屋で先に食事を用意してもらって部屋に持ち込む。

そして、それを食べつつ研究をするのが基本である。


だが、ジルの部屋の中にはそういったもののゴミがない。


「ねえ、ジルちゃん。いつからご飯食べてないの?」

「え?」


ジルは顎に手を当て、うぅん、と考える。

そして、はっ、と顔を上げる。


「二日前の夕方から何も食べてなかった!!」

「それはお腹空いて当然ね。」


元気いっぱいに答えた。

胸を張って答える事ではない。


ジルのように己の身をかえりみない姿勢はこの国ではよく見られる光景ではある。

だが年頃の娘が、頭ぼさぼさ、風呂にも入らず、では流石によろしくない。


「ジルちゃん、とりあえずご飯とお風呂行きましょう。」

「うう、でもお金が、懐が、お財布がぁ・・・・・・。」


泣く真似をして嘆くジル。

ジルの困窮こんきゅう具合をエルカは良く知っている。


今日の朝ごはんくらいはご馳走してあげてもいいかとエルカは考えた。


「仕方ない。今日の朝ごはんは私がお金を出すわ。」

「うわぁ!ありがとうございますぅぅぅ!女神様~!!」


エルカにすがりつき感涙かんるいを流すジル。

二人は仲良く一緒に料理屋まで並んで歩いて行った。


そんな二人を見て、すれ違う人々はこそこそと話をする。


「天才と落ちこぼれか。」

「本当にいつ見ても凸凹でこぼこ師弟していよね。」

「弟子のせいで師匠の肩身が狭くなっちまうよな。」

「エルカ様は素晴らしい方なのに、なんであのポンコツが弟子になれたのかしら。」


陰口は二人には届かない。

だが、誰もがジルの事をこう呼んでいた。


―――失敗召喚師、と。

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