第2話 はらぺこなるままに

「グルルルルル」


狼が唸る。


「あー、僕は死ぬのか。

 自分の名前もわからないまま。

 死ぬのか」


男は不思議と怖くない。

生きるなんてそんなものだと悟ったからだ。


時の女神は焦る。


「……どうしよう?どうしよう?

 どうしよう?

 そうだ。少しばかりチートスキルになるけれど。

 好きなステータスだけではなく全てのステータスを1000倍にする力を与えるわ!」


「あ、ありがとう」


男は力がみなぎる気がした。

なぜなら男の体が光ったからだ。


「喰らえ!デストロイブレード!」


男は勝てると思った。

なので気合を入れて剣を振り降ろした。

でも、そんな気がしただけだった。

剣は手からすっぽ抜け狼の頭に直撃した。


1匹狼を倒した。


「おお。

 狼を一撃で……!って武器を離しちゃダメでしょうが!」


時の女神はふと思った。

気づいてしまった。


どんな能力も1000倍になっても基礎値が0のままだということを。


「あー」


男も気づいた。

剣を振り落とすにも握力がいるんだなと。

当たってないのだから素振り状態。

素振りですら1回もできないんだと少し落ち込んだ。


「死に鯛な」


そう呟く一匹の魚が降ってきた。


「え?」


魚は魚でも魔魚。


「死に鯛な」


「その魚は死に鯛という魔魚。

 その場にいる全ての存在をマイナス思考に落とすの。

 意思の強い存在なら平気だけど……

 そうじゃない存在は一気に気持ちが沈むわ」


時の女神はそういったものの疑問が湧き出る。


「でも、どうしてこんなところに魔魚が?」


「狼さん、狼さん。

 お腹空いてませんか?」


空から少女が舞い降りる。

狼が狂喜乱舞する。


その場にいた狼が思っていたこと。

人間ひとりだけでは全ての狼のお腹を満たすことはできない。

でも、人間ふたりなら……


狼は我慢できなくなり少女に襲いかかる。

少女は剣を抜きその狼を切った。


「そうですか。

 お腹がぺこぺこなのですね」


狼は恐怖する。

その少女の目は殺気に満ちていたからだ。


「私ははらぺこ。

 はらぺこクリスティーヌ」


しかし狼は向かうしかない。

引けば後ろから殺されるであろうと。


「がぁぁぁぁぁぁ!!!」


狼は魔力を高める。


「げ……」


時の女神は焦る。


「ん?」


「この狼、フェンリルだ」


「フェンリル?」


「魔力を持った狼よ」


「そうです。

 フェンリルですよ。

 最近、村を襲っている狼さんはあなた達だったんですね」


クリスティーヌは、素早く動き。

フェンリルたちを刻んでいった。


「強い!!」


時の女神は驚く。


「ふぅ。

 まぁこんなもんですね」


クリスティーヌは、剣を収めた。


「すごい!」


男は驚く。


「ところで貴方の名前も教えてもらってもいいですか?」


「名前……」


時の女神の囁きが男の耳に入る。


「貴方の名前はイチよ」


「イチ……」


「私の名前はクリスティーヌ」


「クリスティーヌさん?」


「そうです。

 イチさんは、お腹空いていませんか?」


イチのお腹が鳴る。


「元気に腹ペコですね!

 ささ!新鮮なうちにフェンリルさんを食べましょう。

 毛皮は高く売れますよ!」


「うん。

 でも、どうしてここに?」


「ハデスさんに頼まれてきたのです」


「ハデス?」


時の女神がまたイチに囁く。


「ハデスというのはハデス商会の社長で、貴方のお世話をする予定だった存在よ」


「いやぁ。

 男の人を助けに来いって言われただけで来てみたものの名前を聞くのを忘れていたのであせりましたよー」


クリスティーヌは、小さく微笑みながら狼を捌いていく。


時の女神は言った。


「ハデスめ……

 あとで説教だ」


「私の仕事は貴方をハデスさんのところまで送ることです」


クリスティーヌがそう言って捌いた狼の肉に火を通していく。


「貴方は本当に記憶がないのですか?」


「記憶?あー。

 なにもないよ」


「そうですか。

 ハデスさんは貴方になんのようなんでしょうね」


「ハデスって人も知らない」


「なるほどなるほど」


クリスティーヌは小さく微笑んだ。

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