第68話 リオン・フィリップ



 コルデーとフラリア王妃の二人の間で論議を重ねられた。そして決まる。


「――決まりですね。では、ボールス君には勲章授与として――金一封「1000万ベル」と「「B」ランク昇級」の権利をプレゼント致します。あなた、それでいいですね?」

「ボールス殿の為になるなら構わない」


 フラリア王妃の言葉にルトリア王は王らしく厳かに頷く。


「ボールス様、良かったですね!」

「う、うん。うれしぃ!」


 右腕に抱きつくコルデーは満面の笑み。ボールスの目は死んでいた。


「ちょっ、さっきから聖女だけズルい!」


 シノもその光景が羨ましいと耐えられず、王の御前など関係なく体全体を使って空いているボールスの左腕を取る。そんな微笑ましい姿を見てオーラス達は苦笑い。


「さて、これで終わり…と本来なら言いたいところですが。ボールス君、まだ大事なお話がありますよね?」

「それは――」

「単刀直入に聞きます。今回、監督官として誰と会って、誰と戦ったのですか?」

「……」


 その真剣な眼差しで問うてくる王妃。


 この感じ、王妃様は知っている、か。


「――私の「」が伝えてきます。「ボールス・エルバンスは真実を知る保持者で鍵。その深淵と一番近くにいる者」と。その言葉の意味は知り得ません。ですが、何か知っているのですね?」

『……』


 フラリア王妃の発言を聞いたルトリア王、コルデー達は何も答えないボールスに視線を向ける。ただその視線は嫌なものではない。


「隠していたわけじゃないんです。ただ話すタイミングが掴めませんでした」


 「はぁ」と一つ息を吐く。


「多分、王妃様がおっしゃっているものは、俺が敵として対峙した――リオン・フィリップ、についてですよね」

『!!?』


 その口から出た「名前」。その「名」をボールスが知っていたという事実に話の経緯を静かに聞いていた面々は唖然と目を剥く。


「他の監督官の手を借りてオーガキングを倒した直後、そいつは姿を現しました――そいつ、自分のことを「リオン・フィリップ」と名乗る人物と――」


 そう前置きをして全て話す。


 姿を偽装してディールと偽っていたこと。そのディールや試験者達は既に亡き者になっていること。リオンに『アーク教』に勧誘されたもの即断ったこと。なんとか退けたこと。そして――


「おそらく、『支配の悪魔』ダンタリオンの宿主は――リオンです」

『な!?』


 リオンと戦って一度敗北をしたことは伏せた。それ以外は全て話した。


「驚くのも無理はないかと。俺はこれまで「悪魔」や『アーク教』の存在など知らなかった。知った今も半信半疑です。でも皆さんの反応を見ればそれが確かだと確信しました」


 漸く真実を告げられたことから少し肩の荷が降りた様に感じられた。


「では、ボールス様は『聖人』と『支配の悪魔』を同時に撃退、したのですか?」

「まぁ、そうなる。俺もみんなを守ることで精一杯だったから所々の箇所が記憶に齟齬があるけど、確かに退けた。後少しで…

「…失礼します」

「え?」


 黙々と話を聞いていたコルデーが体の隅々を確認するように触ってくる。


「ちょ、コルデー、やめ、わはは!」


 初めは驚くも途中からその触り方が激しくなり、くすぐったいところを触ってきたので声を出して笑ってしまう。


「ボールス様。無理だけはダメです。絶対に」


 お触りが終わり。解放されると思った時、コルデーが額を胸に押し付ける様に預け。


「無理なんてしないさ。自分のできることは自分が一番、理解している」

「なら、いいのですが」

 

『…嘘ついた。俺、一度、死んだ』


 そんな言葉を簡単に口にできたのならどれだけ良かったことか。でも、口にしたらその経緯を、自分が「何者」かが知られるのが怖かった。この関係が終わってしまうと何処かで感じていた。だから…まだ言えない。



 ◇◇◇



 話が長くなると悟ったルトリア王の計らいで今回の重要機密を知る人物達は個室に集められ各自ソファーに座り、今はボールスとルトリア王を中心に「リオン・フィリップ」に関する話をしていた。


「しかし、ボールス殿がかのリオンと出会い、退けたとは…知っているかな。リオン・フィリップの過去を」

「いえ。無知な自分を恥じたい気持ちです」

「いやいい。私達王家の失態でもあり、リオンの過去を知っているものも少ない」


 ルトリア王は一度「ふー」と一呼吸入れ。


「まず、各王国ではその国に一人、極級冒険者、「SS」ランクの冒険者が配属されている。良い例が今回の聖女様の護衛でもある『至聖剣』オーラス殿だ」

「…なるほど。ということは」

「うむ。君の想像通り、リオン・フィリップは元々SS

「……」


 …あの強さなら頷ける。俺が動きを一切見えなかった理由も「SS」ランク足らしめるスキルなのだろうな。それを退ける義姉さんの「力」も相当だが。


「現在、堕ちたリオンの代わりに新たな「SS」ランク冒険者が王国の配属となっているので問題はない。ただ、本腰の問題はそこではない。リオンが『アーク教』という教団を立ち上げたこと」

「それは、リオンにも何かがあったから、道を間違えたということですよね。俺も奴と対峙した時、普通の人と違う物を感じました。理解できない未知の生物との邂逅の様に」


 自分が対峙し、話をした人物の顔を思い出す。ルトリア王も昔を思い出してか頷く。


「うむ。奴は昔から「正義感」が一段と強くてな。「悪」は許さない。自分が「正義」として正す、ということをよく言っていた。しかし私達にも分からんのだ。リオンが何故王国を裏切り「悪魔」との共存を望んだのかを。オーラス殿は何か知ってるかな?」

「は。実は、私も多くは知りません。彼とは知己の仲。しかし、私は彼の葛藤に気づかなかった。他の「SS」ランク冒険者も同じ気持ちかと。当時の皆は言いました。「彼が「悪」に堕ちたのなどあり得ない」、と」

「…そうか」


 二人は過去のリオンを知ってる物同士気まずい気持ちを隠すことなく話す。


 しかし、なんだ。話を聞いた感じリオンが道を違えた理由は知らない。でも、奴は自分で言っていた――


「奴が「悪魔」を使い悪の道に手を出し、『アーク教』という馬鹿げた物を作り上げた理由、知ってます。全容は知りませんが」

『本当かい!』

「え、えぇ」


 話を進めようとしたが、二人の圧が凄くこちらが逆に押されてしまう。


「あなた」

「オーラスさん」

『…はい』


 二人を制御する女性陣。


「では、改めて。先程リオンについて早足で話しました。その時に「勧誘」をされたと話しましたね」

「うむ。断ってくれて安心した」

「はは、断りますよ。どう考えても馬鹿げていますから」


 苦笑混じりに答え。


「リオンは話しました――」


 そこで自分の聞いたことを話す。


 「『悪魔の王』アポクリファ復活の目論み」を"望み"。


 「復活させた『悪魔の王』を自分達で倒し英雄になる」ことが"目的"。

 

 「『悪魔の王』復活のために『アーク教』という教団を作った」それは全て――


「――自分の「正義」を世界に知らしめ、「才能」を持つ自分達のような選ばれし「強者」が住まう世界に作り変えるため。この世界に「弱者」は不要。奴はそう言いました」

「そんなことを…」

「彼は、何を馬鹿な考えを…」

『……』


 他の面々もそうだが、面識があったルトリア王とオーラスは頭を抱えていた。


 俺もそんな頭のおかしい奴が友人だったら速攻、縁切るもん。


「昔は、良識者だったのかもしれない。でも、初めから頭のネジは外れていたんですよ。救いの手を取り合い「人理」を望む「正義」に対して奴は救いの手を拒み「支配」することを「正義」と言いました」

「その考えがは正しい。ただ、リオンさんの考えを間違っている…とは、一概に言い切れないのが怖いことです」


 聖女としての葛藤なのかどちらの「正義」が正しいのか悩んでいる様だ。


「正直俺もどちらが本当に正しいのかは。でも奴はこうも言った。「「正義」の最大の敵は「悪」ではない。「」だ。お前の「正義」は俺の「正義」には必要ない」と。俺はその言葉を聞いて自分自身を「悪」だと思いたくない子供の癇癪だと感じた」


 聞こえていた。確かに奴の話は聞こえていた。そんなもの間違っている。「正義」の敵は「悪」でなくてはならない。それが成立するなら誰を「敵」だと認識すればいいのか。


「…奴の目的は分かった。なら私達が阻止をし、止めなくてはならない」

「その間違った思想は正さなくてはなりません。事情を知った以上動かないわけにもいきません。わたくしもこの事実をナーサリー姉様に直接伝えるために一度、皇国に戻ります」


 決心をした様子で告げる。

 

「そうですか。あなた、今回の件も含めて皇国宛に文書を」

「分かっておる。本来なら、今回の件のことを含めて私自ら足を運びたいが…王が国を軽々と離れることは断じて、ならん。息子は…娘が帝国に留学していなければ、王国代表として向かわせたものを」


 罰が悪い顔でルトリア王はコルデーに向けて再度頭を下げた。


「いえ、問題ありません。今回我々の前に大々的に「悪魔」それも『支配の悪魔』ダンタリオンという最上級悪魔が現れたという事実はもう王国だけの問題ではありません。過去の様に各国が力を合わせてぶつからないといけません…それで「悪魔」の存在が世間に知れ渡ってしまったとしても」

『……』


 そのコルデーの決意の言葉にその場にいた面々は力強い意志を込めて頷き合う。


 各自、方針が決まった。

 互いに情報を交換し、共有をした。

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