第64話 約束



 気持ちがフワフワしてなんだか心地いい。目も開けれないし口も開けられない。でも、何かこの感覚を知っている。でもなんだっけ。なんだったっけ…


 「どうせ自分は死んだのだから」


 微睡の様な空間。自分の体が自分のものではない感覚を覚え今までのことを思い返す。


 日本にいた時は普通の生活をしていた。特に不自由なく、普通の人。


 それが俺――「佐藤歩」。


 何か他に違うことと言えば、それは義理の姉がいたことだろう。義姉との出会いは小学二年生の時にあった母親の再婚。

 新しく家族となった義父親と義姉はとても優しい人達だった。実の父親は自分や母親に暴力を振るうのが日常茶飯事で、父親の虐待&不倫が原因で離婚へ。今となっては母親が再婚して良かったとさえ思える。

 新しい家族ができてからは生活も一変。義姉と過ごすことが多くなり、母親と義父親には「本当の兄弟のようだ」と喜ばれた。


 そんな楽しい生活は社会人になるまで…社会人になっても続いていた。


 義姉の口癖は「私が義弟君を守る!」「義弟君と一緒にいる!」だ。それはお互いが大人になっても変わらず、休みの日とかはよく二人で出掛けていた。そのせいか会社や家の周りでは「夫婦」と言われる始末。

 正直、義姉さんは美人だし、なんでもできる。義理ということもあり意識をしたことはある。でも、長年寄り添った大切な「家族」。俺はそんな邪な気持ちなど持たずに彼女を作るために勤しんだ。

 これは言い訳ではないが、義姉が何かといつも邪魔をしてきて彼女が作れず。いいところまで行くと義姉がタイミングでも見計らったように現れ「と何やっているの?」と黒い笑みを携えて邪魔をする。勿論。彼女…候補はその義姉の迫力に逃げ。「彼女を無断に作ろうとした罰」と称して「彼女ごっこ」ならぬ罰を与えられた。


 そんな楽しい日々も突然終わりを告げた。


 目を覚ますと異世界――「ラクシア」で別人となっていたのだから。

 初めは困惑し、驚愕し。この世界の自分の境遇を知って涙をしたことも数知れず。それでも諦めず、努力をして「信用・信頼」を勝ち取り色々な人と出会い段々と認められた。

 そしてこの世界にも順応し慣れた時、「監督官」という話をいただき王都に行った。そこでも色々な人と出会い、自分の話が話題となっていることが小っ恥ずかしかった。


 ただ、何が悪かったのか不運が自分の身に降りてくる。


 「監督官」として試験者達と共に『ウィルスダンジョン』という異世界お馴染みのダンジョンで試験をしていた。その時、悲鳴が聞こえ、そちらに向かうと「A」ランクや「S」ランクの魔物達が。

 なんとかその場にいる人々の手も借り、魔物達の撃破に成功した。それも束の間。本当の不運はその先にあった。なんと、『アーク教』という頭のおかしい教団の一人に…何も出来ずに殺された。


 ・

 ・

 ・


 これが、走馬灯か。なんかこう自分が体験しているのに実感が湧かないな。


 思うことはただ一つ。

 

 「日本」で出会った人「ラクシア」で出会った人に「何も言わずに勝手に野垂れ死んでごめん」と。


 助けられなかった。

 何も守れなかった。

 力不足だった。

 情報不足だった。

 


 そう語ってしまえば終わり。「運」も力の一つ。運命力もなかったのだと思う。


 こんな今でも女々しく思う。物語の「主人公」なら「主役」なら、と。彼等なら自分の様な運命にはならずに強く居られるはずだ。今もみんなで生還できた喜びを噛み締めて宴でも上げているはずだ――結局そんな綺麗事を並べても、どうせ過ぎたもの。


 「脇役」は「脇役」らしく運命を受け入れて、受け入れて…受け入れられる、わけない。そんな簡単に受け入れられていたら死んでも尚、悩まない。生きたい。勝ちたい。みんなをこの手で――守りたい。


 

 どこからか懐かしく暖かな声がふっと頭に降ってくる。


【なら、勝てばいいじゃない】


 それができたのならやっている。


【なら、守ればいいじゃない】


 だから、それができないから俺は死んだ。


【なら、生き返ればいいじゃない】


 人は一度死んだら終わりだ。


【それができるとしたら?】


 できても、勝てない。俺じゃあ逆立ちしても、勝てない。


初めからできない、できないって諦める。君ならできるよ】


 俺の、何を知ってるんだよ。


【知ってるよ。だって――】


 その時、頰に誰かの手が温もりが、優しく触れる感覚。


【君の、だもん】


 !!


 その時に「目を開けて。自分を信じて」と続け様の言葉も耳に入る。


「…ネックレス?」


 恐る恐る目を開ける。そこには何処までも続く白い世界。目前にはなぜか自分が『ルクスダンジョン』で呪われて身につけてしまったネックレスが宙に浮いていた。


「え、話せる?」


 目は開けられるとわかっていた。ただ、自分が声を上げていることに驚く。


【こんな姿でごめんね。でも、私は君の――「佐藤歩」君のお義姉ちゃんです!!】


「…それで「はいそうですか」とすぐに認められるわけないけど…」


【えぇー?! 酷い、義弟君。私を忘れたのね…あの隠し扉に隠してあるエロ本全て燃やし尽くしてやる!!】


「おいやめろ! あれは限定版でもう手に入らな――え、なんでそんなことを…」


【だから言ったでしょ。君のお義姉ちゃんですって。「漆使詩符うるししふぁ」。久しぶりだね!】


「……」


 その名前を聞いた途端、気づいたら涙が出ていた。久しぶりに最愛の義姉に出会えて(ネックレスだが)嬉しさから出た涙。


【お、義弟君!? 大丈夫!? どこか痛いの?!?】


「違う、違うんだ。義姉さんを日本に置いて、勝手に死んだ自分が情けなくて…ごめん、ごめん…本当に、ごめん」


【義弟君…大丈夫だよ】


「でも、俺は死んで…」


 そう伝えるとネックレスが震えた。


【義弟君は今生と死の狭間にいる。ここから少しでも離れたら…本当に死んじゃう】


「俺はまだ、死んでない?」


【うん。なんとか間に合った。本当は義弟君の危機を直ぐに助けられたら良かったんだけど、私も力を失っていて…】


「待って、待ってくれ。色々と聞きたいことがあるんだけど…」


【ごめんね。本当は私も沢山話したいんだけど、残す時間が少ないの。だから義弟君の心意を確かめたい。義弟君は――?】


「当たり前だ」


 その質問に意味を問いただすまでも無く即答。初めから決まっている。揺るぎない信念。負けても尚、自分の心の中にある情景。


【宜しい。なら勝ってきなさい。お義姉ちゃん応援してるから】


「そうだけど、でも今戻っても同じ結末しか…」


【大丈夫。今度は大丈夫。お義姉ちゃんが「力」を授けたから、信じて】


「力」


【うん。ただ気をつけて。その「力」は未完成。本来の力ではないし、使えても義弟君が溜めた「5%」の時間――


「「5%」って…」


【それは義弟君の想像通り】


「わかった。俺、行ってくる」


【あ、少し待って。義弟君は…私との約束覚えている?】


「…「ずっと一緒」ってやつ?」


 少し考えて、昔口約束をした覚えのある内容を口にしてみた。


【それもそうだけど。あの星が降る夜。義弟君が将来なりたいものを願ったこと】


「…忘れた」


 嘘だ。本当は覚えている。でも、今の自分が口にするのも、恥ずかしく。


【ふふふ。なら私が代わりに答えてあげる。『』】


「そうだっけ?」


【そうだよ。私はカッコいいと思った。子供の頃だったら『物語の主役になりたい』と話す。でも義弟君は自ら『脇役』を望んだ】


「多分、恥ずかしかっただけ。それか適当」


【それでも。それに知ってる? 『脇役は主役を輝かせる大切な役目』って言うけど。本当は他にもあるんだ】


「…知らない」


【ふふ。それはね、『脇役でも主役の様に輝ける』ってものだよ。だから、お義姉ちゃんも見守っているから。『主役』よりも輝けるカッコいいところ見せてよ!】


「できたらね」


【できるよ! 絶対】


「…どうやって元の世界に戻ればいい?」


【目を瞑って心の中で「元の世界に戻りたい」と強く願えばいけるよ】


「OK」


 言われた通り目を瞑り「元の世界に戻りたい」と願う。すると頭の中が真っ白に――


【行ってらっしゃい、義弟君】


 行ってきます、義姉さん。


 俺はそう言葉を心の中で返す。



 ◇◇◇



 トクン、トクン、トクン。


 心の臓の鼓動が聞こえる。あぁ、生きてる。本当に。体が熱い。体の底から力が溢れる……これが義姉さんが言っていた「力」。


 トクン、トクン、トクン、トクン。


 心の臓の鼓動に共鳴する様に意識は鮮明に、力はどんどんと漲っていく。


 何をすればいいか。何を成せばいいか。今の俺にはそれが理解できる。ただみんなを守るために立ちはだかる敵を撃て…でも怖い。一度負けた、完膚なきまで負けた相手。


【大丈夫。義弟君は一人じゃない】


 そうだった。俺は一人じゃない。俺ならやれる。あの義姉さんの義弟なら、やれる。


 ご都合主義と言われようが、テンプレと言われようが…この手で今、みんなを守れるだけの「力」があればそれで。


 代償なら支払った。それは自分のこれから歩む――「」。


 大きな「力」を手に入れるには代償が付き物だ。なのに…「これからも私と一緒にいることが条件」とか、昔と変わってないよな、義姉さん。


 悪魔でも、義姉さんなら俺は命でも捧げられる自信がある。


 首にあるネックレスに感謝を込めて。



[〇〇〇が告げる。この力は森羅万象を体現せし万能の力。無窮をなし、無窮を得る。斯く騙り我が深淵に帰せ、【進化の終着点アビスフィア】]


 あまねく光がその征く道を照らし。



 〇〇○との「契約」を、契る


 ・

 ・

 ・


「――さて、「悪魔王」の――っ!?」

「――」


 男がポーネ達の元へ歩き出した時、ナニかの怖気から動きを止め、真後ろを振り向き。


「……」

「!?」


 嫌な予感を感じつつ声が聞こえた方向に顔を向けた――気づいたらリオンはダンジョンの床に頭部を叩きつけていた。その顔は誰かの手に掴まれていて…。


「かはっ!」


 頭部がダンジョンの地面に叩きつけられ痛みと驚きから正気を取り戻した時、抵抗すらできずに一瞬で壁に叩きつけられる。それは本当に瞬きもできぬ"一瞬"の出来事。


「【黒杭】」

「ガハァッ!」


 そしてそんなリオンに向けて謎の黒い杭が目に見えない速さで飛来し、その黒杭が四肢を壁に縫い付ける様に身動きを封じ。


 不意をつかれたとはいえ、リオンほどの男が一瞬の間になすがままに無力化され。

 リオンの目の先には動けるはずのない男の姿があり…。

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