第57話 本物の勇気


 ◇



 聖女コルデー達がシノが立てた作戦通り『支配の悪魔』ダンタリオンが待つ王国に向かう同時期、同時刻。ポーネ達の危機を救ったボールスは一人オーガジュネラルと対峙する。


 通常種のオーガは掃討した。オーガジュネラルは一部負傷させた程度、と。


『ガアアアッ!!』


 オーガジュネラルは仲間のオーガがやられたこと仲間が負傷したことに怒りを見せる。


 先制はもう無理だろうな。恐らくだけど避けられる。どう動くか…。


「――知るか。捻じ伏せる――っ」


 周りから聞こえてくる人の呻き声を耳にした瞬間、頭で考えていた作戦など当に消え失せ正面からオーガジュネラルに突っ込む。


「――ふんっ!」

「ガァっ!」


 両足に集中して魔力を纏った状態で地を蹴り電光石火の如く一体のオーガジュネラルの懐に入り込む。それでもオーガジュネラルは反応し、下段からの振り上げに対して己が持っている強固な斧を振り上げて――


「ボールス君、は受けちゃダメ!!」

「!」


 ポーネの言葉が聞こえた。その意味を瞬時で理解し、相手の振り下ろしに合わせるように棍棒を相手の斧に合わせて滑らせる。


「ガァっ!?」


 攻撃を受け流し――瞬時に武器と武器を擦らせてズラすその技術に魔物、オーガジュネラルは驚きを見せる。


「――そら、よ!」


 斧の軌道をズラされたことにより体がよろめくオーガジュネラルに向けて軽業師のように器用に宙で一回転。回転力を加えた真横からの棍棒の一撃を頭部に直撃。


「ガハッ!?」


 直撃を受けたオーガジュネラルの頭部は陥没し、呻き声を漏らし真横に吹き飛ぶ。その間、仲間がやられようが気にせず他のオーガジュネラルがボールスの頭をかち割る為にその斧を振り下ろし――


「――うるぁ!!」


 斧が振りかかることを予期していたボールスはオーガジュネラルを殴りつけた状態から気合一声。無理矢理体を動かし相手の攻撃を相殺するべく向かいうつ。


「ガァ!」


 状況を見て好機と見たオーガジュネラルは棍棒ごと頭をかち割るために躊躇なくその絶大な一撃を与える。


        バキッ


「――ガァ?」


 その際何かが割れた音が聞こえてくる。普段なら肉を裂いた感触が伝わってくる。なのに今回はおかしい。そのことに一瞬、不思議そうにするオーガジュネラルだが…見てしまう。自分の斧が敵の棒切れに壊され、その棒切れが自身の顔に肉迫していることを。

 それはあってはいけないことだった。自身の強固な斧、そしてその絶大な一撃は相手の武器ごと破壊する力を持つ。なのにこちらがなのに負けていた。


「ガ、ガァッッ!!」


 なんとか敵を吹き飛ばし、体勢を立て直そうともがくオーガジュネラル。


「セアっ!」

「グベッ!?」


 それでもボールスの動きの方が断然速く、刃を失い斧だった物を片手に取り乱すオーガジュネラルに対して頭部から殴りつけるという相手がやろうとしていた攻撃を逆に喰らい返り討ちに合う。


「邪魔だ!」

「ガヒッ!」

「――ガァっ!」


 勢いよく地面に叩きつけたオーガジュネラルに対してこちらは地面に足が付くとともにそのオーガジュネラルをまるでサッカーボールかのように魔力で強化した脚力に物をいわせて蹴り上げる。

 魔が悪いことに近づいてきていた三体目のオーガジュネラルは自分に向けて吹き飛んでくる同胞に避けることができずぶつかる。


「――フッ」


 そして間髪入れずに動いたボールスは頭部を粉砕したオーガジュネラルを無視して残り一頭となったオーガジュネラルの近くにより――棍棒を真上に掲げる。


「ガ、ガァァァッ!!!!?」

「駄目だ、死ね――」


 斧を投げ捨てボールスに降参をするかのように平頭の姿になったオーガジュネラルに対してその何も障害のない頭部に向けて破壊の一撃を入れる。


「――アガッ!?――ッ」

「……」


 そして、三個の魔石となったオーガジュネラルだったものを確認し、息を吸う。 

 「一瞬」という言葉が相応しいほど速く「A」ランクのオーガジュネラルを三体討伐したボールスは奥にいるオーガキングを見る。


「――ニィッ」


 オーガキングは配下がやられようが動かなかった。しかしボールスがオーガ達を倒したことによりボールスをと認めたのかその重たい腰をようやく上げる。



 ◇◇◇



「――え、え、え?」


 ポーネは先まで戦っていた監督官達と少し離れた場所に移動しながらボールスとオーガジュネラルの戦いを見ていた。ただそれは「戦い」と呼べるものではなかった。他に言葉を当てはめるのなら――「蹂躙」という言葉が正しい。その戦いぶりに強さに驚き、まともに声すら上げられないでいた。


『……』


 それは他の監督官もまだ意識が残っている試験者達も同じだ。現実味のない現実を見せられて口にできる言葉がないほど驚いた。

 実際、ルクセリアの街を救った英雄だと知っている。その強さは「D」ランクでは測れないことも。元「A」ランクのカーボンを倒したことも。しかしここまでの強さだとは誰が思ったか。


「――す、凄い。凄い…!」


 誰かが口にした。それは誰だったのか分からない。それでもこの場でこの状況で監督官達が数人がかりで相手をして苦戦を強いられたオーガ達を圧倒的な強さで瞬殺してしまったボールスは正に絶対強者であり、自分達から見たら英雄そのものだ。


「…ッ。嘘、なんか、…ッ」


 その光景を見てようやく人語を口にできるようになったポーネは胸に手を置き熱った頰を手で覆い、そんな言葉を口にしていた。


「――凄いですよね、ボールス監督官」

「エ!?…え、えぇ。ジュース君?」


 ボールスの戦いを夢中になり見入っていると隣から声が聞こえて狼狽えてしまった。そこには自分と同じ若い監督官の姿があった。

 その監督官はボールスがこの場に来た時に声をかけた人物でありボールスに「勇気」を貰った青年だった。今はその目に絶望の色は薄れ、希望の色が濃く見える。


「はい、ジュースです。ポーネさん、怪我を治しますね」

「え、あぁ、うん。お願い」

「はい…大地に満ちたる命の躍動、強き光は脈動し、汝の傷を癒せ、【上位治癒ハイヒール】」

「――え? ジュース君、貴方魔力が――」


 ジュースと呼ばれた監督官が行使した魔法の癒しの波動を感じ、その魔法を見てことに気づきポーネは目を見張って声を上げる。


「ボールス監督官から戴いたポーションを飲んだら

「――なによそれ」

「それ、俺も思いました。ほんと――あの人メチャクチャで、なんであんなにカッコいいんですかね」

「…うん」

「ふふっ」


 二人の間には戦いの最中だというのにも関わらず優しく暖かい空気が流れる。


「俺、絶望してましたもう無理だって」

「それは、ううん。実は私も同じ」


 ポーネは嘘を吐けなかった。あの時は、ボールスが来る前は自分が唯一「A」ランクだった。なので他のみんなの希望であり、見本でなければいけないと思いがむしゃらに戦った。でも今は違う。無理にみんなの希望にならなくてもいい。だってあんなにも輝かしいがいるのだから。


「ボールス監督官は言いました。自分が魔物を倒すと。俺、その時どうせその場限りのハッタリだろって考えてしまいました」

「うん」

「でもそれはハッタリなんかじゃなかった。彼は、ボールス監督官は行動で示したんです。それは嘘じゃなく、真だって」

「うん、うん。彼は凄い…」


 ポーネのその顔にも目にも正気が宿り、希望の色が見え隠れしていた。


「ポーネさん、頼みがあります」

「なに?」

「俺、ボールス監督官から受け取ったポーションのお陰で後数十回は【上位治癒ハイヒール】を使えます。なのでみんなを回復しながら…彼の邪魔にならないように舞台を作りたい。でも、俺一人じゃ無理なので…」

「いいよ。ボールス君のためにもやろう」

「ありがとうございます!」


 二人の意見は合い、負傷者のもとに向かう――


「――なんだよ水臭えじゃねえか、俺達も一枚噛ませろよ」

「ぼ、僕だってまだ動ける。負傷者の救出くらい任せろ」

「私だって!」


 向かおうとした時、そこには体のあちこちに擦り傷を負っているが自身の足で立つ頼りになる監督官達がいた。


「皆さん!」

「みんな!」


 ポーネとジュースの二人がその救援に喜んでいる中、一人の監督官が代表として口を開く。


「…俺もお前さんと同じ気持ちだ。ボールスさんの戦いを見て勇気貰ったんだよ。だからよ、こんなところで諦めてないで彼の負担を少しでも減らそうぜ」

「はい! ありがとうございます!!」



 かくしてボールスがオーガ達と戦っている間、水面下の中でボールスが本気で戦えるように舞台は整えられつつあった。それはボールスから貰った諦めない心の表れ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る