第58話 譲れないもの
「――ふぅ」
オーガキングが己が武器、巨大な金槌を両手で掴み突撃の体勢をとる中、こちらも気持ちを切り替えるように深呼吸を一つ。
分かっている奴も本気で来る。ならこちらも本気で応えるのが――礼儀。
目先の相手はオーガジュネラルとは比べ物にならない化け物だ。こちらの全身全霊を賭けないと――勝てない。それほどまでの迫力をひしひしと感じる。
流れ出てくる嫌な冷や汗を拭い、
先のジュネラルとの戦いで無茶をしすぎて体の節々が痛む。と言って泣き言など言える場面でもない。万全な状態で戦えるなど甘えた考えは捨てろ。
「――ラッァ!!」
腹の奥底から
「ガアッ!」
「――速すぎ、だろ――」
ただ、どうやら一歩遅かったようだ。気づいた時には敵は目の前に既にいて、こちらはまだ一歩を歩んだだけ。
笑えてくる。笑えてくる。本当に――
「――グゥ!?」
そのままオーガキングにタックルをされ回避不可能だと悟ったボールスはまともに喰らい、後方に吹き飛ばされる。
「ボールス君!?」
『ボールス監督官!?』
吹き飛ばされ、景色が変わる変わるそんな中自分のことを心配する声が聞こえる。
「ガハッ!」
声に応えることもできず無様に壁に叩きつけられ、血反吐を吐く。
血反吐を吐くのなんていつぶりだろうか…シノと戦った時以来か…って、意外と最近かよ。
「――ニィッ」
そんな過去のことを考えていると間近で巨大金槌を振り上げるオーガキングの姿。
「――や、べっ!」
「ガアッ!!!!!」
「――ッ」
ズド、ズド、スドドドドド…。
オーガキングはただボールスを殺すためだけに巨大金槌を振り下ろす。振り下ろす。息の根を確実に止めるために振り下ろす――
「――グッ、グゥッゥゥ…ッ」
なんとか棍棒と体に魔力を最大に纏うことに成功して棍棒でガードが間に合い耐えられていた。
これ以上タコ殴りをされていたらいずれ、限界がきて死ぬ。ただ、なんだ――
「グゥッ――調子に――のるなぁぁぁ!!」
「ァガッ!?」
オーガキングが巨大金槌を振り上げるタイミングを狙って本気のスイングをかます。
魔力を纏った棍棒の速さ、威力が上回り。オーガキングは己の武器が弾かれたことでそこで始めて驚きを見せた。生まれた隙を逃さない。
「どけ、やぁぁ!!!!?」
「ウゴッォ!?」
壁から抜けると共に起き上がりからの蹴り…起き蹴りをオーガキングの土手っ腹に入れ。オーガキングは予想外の攻撃にその巨体を浮かせて今度は自分が吹き飛ぶ番だ。
「――ぺっ! クソ!」
立ち上がり口の中に溜まっていた血を吐く。その時に体が傾く感覚、額を抑える。まだ少し頭がくらくらする。もしかしたら軽い脳震盪が起きているのかもしれない。
「それが、どうした――【スイング・蓮撃】!!」
そんなもの知ったことかとオーガキングが吹き飛んだ場所に向けて本気の【スイング・蓮撃】を放つ。
【スイング】から発生した真紅の斬撃、『
「ガアッ!」
吹き飛びから体勢を立ち直らせたオーガキングは追い討ちのように飛んできた『
【
なら、速いなら、隙がないなら…隙を作りそれよりも速く動くまで!!
「――シッ!」
オーガキングがまだ『
「ウ、ラッァ!!」
「!――オガッ!?」
助走をつけた状態で左から右へと顔面目掛けて棍棒片手にフルスイング。それはオーガキングの体を少し揺らがせただけ――でも。
「ウラァァァァァァァァォォォ!!!!」
「アガっ、ァガッ! フガッゴガッ――」
腕を速く、体を速く振り回してその絶好の好奇を逃さないために相手の攻撃の間も与えず息つく暇も呼吸を吸う暇も忘れたように、また狂ったように殴り続ける。
体感で、あと約五分弱。【
己の魔力切れには微塵も心配していない。しかしながら、【
「――だからっ、ここで、必ず――仕留める!!!!」
「―― ――ァァァァァァ!!」
殴る、殴る、殴る、殴る――速く、速く速く速く速く――もっと速く――相手に行動なんて許さない。許されるなら自分の強化が少しでも続いてくれと願う。
何秒、何分経っただろうか。体感では物凄く長い時間全身全霊で死ぬ気で戦った。そして今――
「――れで、終わり、だあっ!――【スタンプ】!!」
息も絶え絶え、呼吸もままならない状態でオーガキングに最後の一撃を与えるべく今日一番の絶大な威力を持つ攻撃を放つ。
「――アァガッ!?」
その最後の一撃でオーガキングは地にめりこむ勢いで倒れ込み、それと同時に体力が切れたボールスも持っていた棍棒を投げ捨て背中から倒れ込む。
「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ…はぁ」
あぁ、肺が、イテェ。あぁ、空気。はぁ、はぁ、くそっ!
まともに声も出せず、失われた酸素を求め少し過呼吸気味に息を吸う。
「――ッ」
「――!!」
そこでたまたま横を見た。そこには体中から紫色の血を流す化け物。誰が見ても瀕死な姿。なのに、その時、確実に――オーガキングの腕が――動いた。
聞いたことがある。オーガの種は再生能力が高く、それは高位種になるにつれて再生能力も一段と跳ね上がると。
「チート、がよぉ。化け物が…」
ただ、こちらだって負けてないはずだ。あれだけの攻撃、あれだけの時間殴り続けた。生きてるとしても、体力が再生するとしても……なら、今、確実に――殺す。
「――立て、立て立て立て立てっ! 立ってくれ、よぉ…!!」
自分の体に鞭を打つように「起き上がれ」と問い掛ける。体全体が麻痺して言うことを聞いてくれない。口と鼻しか動かない。後はやけに速く早鐘のように鳴り響く心臓の音。
「――ッガァ?」
その時、際も恐れたことが起きた。それは自分の体が動かず無防備の状態でオーガキングが先に目を覚まし――起き上がった。
「――ッ」
まだ自分は起き上がることもできないのに…。
「?――ニィッ」
「――ッ」
起き上がった際に確実にオーガキングはこちらの姿を見て笑った。その厭らしい笑みを見てボールスは恐怖を覚え。それでも尚も立ち上がろうともがく。
「アガ!」
運はここで尽きたのか起き上がれないまま地べたに這いつくばり、情け無く巨大金槌を振り上げるオーガキングの姿を見上げることしかできない。
「――ッ」
くそっ! くそっ! ふざけるな。ふざけるなよ、ふざけるなよ、俺…!!
己の無力さに嘆く。
これではあの二人との約束も守れないまま、親切にしてもらった人にちゃんと恩返しもできていないまま、それに――
「――義姉さん、約束、守れそうにないや」
自分は決して正義の味方でも英雄でもなければヒーローでもない。ただの「脇役」だ。キラキラして輝く本物の「主役」のようにその背中でみんなを守る力など持っていない。
「――ガアッ!」
そしてついにその時はきた。自分の顔に向けて振り上げられる巨大金槌――
「――」
死ぬ時、走馬灯なんて見ないじゃんか。アレも所詮、噂じゃんか。
そんなことを最後に思い、せめてものと目を瞑りやがてくる衝撃に耐える――
「――【
「――ガァ?」
一向に痛みは訪れず誰かの魔法を唱える声が聞こえた。それと共に不思議そうに唸るオーガキングの声も聞こえる。
「――ッ、何が、?」
なんとか目を開けて声の先を見ると――そこにはポーネを含める監督官達が数名いた。その顔には脂汗を浮かべて。
「――やらせない、やらせない! 私達の希望は――ボールス君は殺させない!!」
水色のロットを構えるポーネ。その美しい顔を強張らせ、体を震わせながらもオーガキングに対して啖呵を切る。ロットを構えていることから先の詠唱は彼女の物なのだろう。
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