第56話 異常事態
「ボールス様!」
「監督官!!」
悲鳴を耳にした二人は訴えてくる。ただ残念かな。それには応えられない。
「…緊急事態だ。君達はこの場で待機してもらう」
「そんな!?」
「監督官! 私達だって戦える! 私達だって冒険者だ!」
「君達は冒険者ではあるが今は試験者でもある。そして俺は監督官。君達をみすみす危険な場所に連れて行くわけにはいかない」
「――ッ」
「…ッ」
二人は口から出かかっていた言葉を押し殺す。そんな二人に笑みを見せる。
「…冒険者の教訓その一、「いついかなる時でも冷静であれ」」
『!』
「これさ、俺が冒険者になりたての時に教官に教わった言葉なんだ。どんなピンチな状況でも冷静を欠いてはいけないっ…てさ」
『……』
二人はその言葉を聞き漏らすまいと静かに聞いていた。
「物事を考える心、理性は大切だ。戦うにしても逃げるにしても慌ててしまえばそれはいずれ致命傷となり、自分も周りも危険に晒す。君達は今冷静さを欠いているように見える」
『……』
「それに、君達にもしっかりと役目はある」
『役目…』
「あぁ、まず俺は
ボールスはそう言いながら肩に掛けていた『収納袋』から幾つものポーションを取り出す。そして二人に手渡す。
「それらのポーションは聖女様お手製…の物らしい。貰い物だ。怪我人がここに来たら使うといい」
「わかり、ました」
「わかったわ」
「うん。二人共無理だけはしないで欲しい」
ボールスは二人に「お願い」を伝えると背を向けその足で神殿の中に駆けていく。
『……』
その後ろ姿を二人は受け取ったポーションを胸に見送った。
◇◇◇
「――少しカッコつけ過ぎたかもしれないがああでもしないと彼女達は着いてくるだろう…約束は守る。と、入口か」
二人と別れ神殿の入り口の前まで来ていた。入り口にある大扉に手を触れる。すると「ガコッ」という音が聞こえる。その音が鳴ると勝手に大扉が開閉を始める。
原理はわからないが冒険者が扉に触れると階層主がいる部屋の扉が開くようになっている。一説では人の魔力に反応していると言われている。
「――血の匂い。これは」
目の前に飛び込んできた光景を見て言葉を一瞬失ってしまう。血を流し傷ついた冒険者達が壁に寄り掛かかっている。
壁に寄り掛かる冒険者達の生死は不明。見える範囲の冒険者は呻き声をあげたり胸が上下に動いていることからまだ生きてる。
「――ッ」
ただ、そんな安堵も束の間「A」ランク冒険者のポーネを中心に監督官達が対峙しているオーガ達を見て戦慄を覚えた。監督官達はオーガ達と戦っている。そう、オーガ達…オーガ七頭に加えてその上位種のオーガジュネラルが三頭も。
「それに――」
アレは…オーガキング…ッ。
魔物、オーガキングを見て戦慄を覚える。
オーガは推定「C」ランクの魔物、その上位種のオーガジュネラルは推定「A」ランクにもなる。そして神殿の奥底に何故かある王座にどっしりと座り込む大型の赤黒い体をもつ魔物――オーガキングは「S」ランクだ。
オーガキングは動くことなくオーガやオーガジュネラル…配下達の戦いを正に「王」のように呑気に眺めている。
「――強者の余裕か。脅威だが今は怪我人を優先に――」
「ボールス監督官、駄目なんです。このエリアは罠です!!」
「!」
オーガの相手は他の監督官達に任せて怪我人を外に出そう、そう思ったその時、近くで横たわっていた若い監督官がボールスの存在に気づき重要な情報を告げる。そのことに直ぐに真後ろにあった大扉に触れて外に出ようとするが…。
「…駄目だ。『転移結晶』なら――」
監督官として
「案の定これでも駄目か…」
だからと言ってここで弱音を吐き、諦めるほど達観などしていない。
「はは、ははは。もう俺達は終わりですよ」
「…脱出不可能、オーガキングがいるから?」
目に諦めの色を浮かべる若い監督官に問う。すると笑い声を止め鎮痛な面持ちで話し始めた。
「…そうですよ。だってどう考えても無理でしょ?!…俺もこの様だ。今戦っている監督官達だって「A」ランクはポーネさんだけだし、ポーネさんでも魔力が切れれば終わりだ。それに目の前のオーガ達に万が一勝てたとしても、まだ「S」ランクの
「……」
若い監督官は左手をダンジョンの壁に叩きつけ、己で言葉にして現状を把握して震えていた。ただその顔はその目に映るものは諦めよりも悔しそうで――
「――これ、ポーション。使ってくれ」
「…そんな物使って俺が動けるようになっても焼石に水ですよ…」
「だとしても。君が動ければ他の怪我人を治療できる」
「! な、なんで俺が【治療師】って知ってるんですか?」
「これでも俺は長年冒険者をしてる。一眼見ればその人がどのジョブについてるかなんとなく分かる」
ハッタリだ。俺はただこの人が…というよりも監督官になる前に他の監督官の名前とジョブを事前に聞いていただけ。
「でも、やっぱり無理ですよ。俺が治しても結局魔物はそのまま。戦える人など…」
「なら、俺がその魔物を倒す」
「…言い難いですが、流石にボールス監督官でもそれは…」
「なに、やってみなくてはわからない。俺も無策で挑むわけではない」
ポーションを何個か若い監督官の近くに置き、今もオーガ達と戦うポーネ達の元に向かって――駆ける。
「無理だ。いくらなんでも無茶だ無謀だ…ッ。そんなもの、死にに行くようなものだ」
若い監督官はボールスから受け取ったポーション片手に吐き捨てる。それでも心の奥底では願ってしまう。ルクセリアの街を救ったという
・
・
・
「――怪我人の容態もわからない。下手に長引てもリスクがある。残された時間はあまりにも少ない…一気にカタを付ける――」
駆けながら腰に吊るしていた
「――我。力を求む者。過酷なる不可に耐え忍び楔を解く、【
綴りを告げた瞬間、ボールスの体から蒼白いオーラが眩く。それは以前シノと戦った時よりも精度が上がっている。以前と同じで体の奥底から力が湧き上がると共に激痛が走り疲労感も増す。それでも前回ほどではない。
【
「――きゃっ!」
強化が施されたその時戦況は動く。先陣を切って戦っていたポーネが魔力切れで持っていた杖を落とし、オーガに吹き飛ばされる。
「があっ!!」
「――」
そこに近くにいた鎧で武装をしたオーガジュネラルの一刀が襲い――
「――【スイング・蓮撃】!!」
『ガアッ?!』
――かかる前に一足早く動いていたボールスが放つ【スイング】から発生した魔力がのった真紅の刃…『
斬撃が直撃したオーガはその威力に吹き飛びあえなく魔石へ。直撃したオーガジュネラル達は武装していた鎧が砕けて膝を折る。
「――好き放題やってくれたみたいだな…俺が相手だ」
ボールスはポーネ達を庇うように位置取りオーガ達に
「ボールス君!!」
『ボールス監督官!!』
その登場に監督官達は色めき立ち感嘆の声をあげ、戦況は――傾く。
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