第55話 二人の実力
◇
「やはりダンジョンといえば草原エリアですよね〜見渡しもよく、うーん! 空気が澄んでいて心地よいです」
「同感ね」
つつがなく自己紹介を終え試験を開始。早速『ウェルスダンジョン』に足を運んでいた。同行を共にする試験者の二人は先にダンジョン内に入り楽しそうに話し合っている。
「驚いた。ダンジョン内で空気が澄んでいる…それに、アレは太陽か?」
ボールスも後に続いて『ウェルスダンジョン』に足を踏み入れる。その『ルクスダンジョン』と違う環境に驚きを見せていた。
『ウィルスダンジョン』は上級ダンジョンにしてエリアは草原。見渡す限り草原が広がっている。それもダンジョンなのに太陽らしきものも風もあり、新鮮だ。
彼女達の会話は一理ある。が、魔物側からしたらこちらは絶好の獲物と捉えられるな。
その時近くの茂みから「ガサガサ」と小さな物音が聞こえてきた。
「……」
近くの茂みに魔物…恐らくゴブリン系統の小物が潜んでいるな。ただ、ここから彼女達がどう動くか観察してみる。既に試験は始まっている。試験を受けるということは…そういうことだ。
冒険者という職業はなろうと思えば誰もがなれる職種。ただボールスのように「C」ランクに上がれず埋もれる人材が生まれるのも事実。ここが通過点となり鬼門ともなる。
さて、お手並み拝見といこう。危険だと思ったら直ぐに助けるが、あくまでこれは試験だからな。
◇◇◇
「セイっ!」
「グギャァ?!」
ネルは片手剣を器用に扱い気合の声と共に袈裟斬りで見事一刀のもと目の前のゴブリンを切り裂く。
「――風よ、我が敵を斬る刃となれ、【
『グギャァ?!?』
ネルの動きに怯んでいるゴブリン二匹に向けて後方にいたルーナの【
二人の足元には魔物と戦って勝った証である魔石が落ちている。
「ゴブリンなんて敵ではないわ」
「お疲れ様です。でも油断は禁物ですよ」
「わかってるわ。ルーナもお疲れ様」
二人は各々の武器をしまうと戦利品を手に取り軽く話しハイタッチをする。
「ふむ」
思っていた以上二人は動ける。グランテ嬢が近接でウェルシア嬢が後衛か…うん。いいんじゃないか?
少し離れたところで二人の戦いを観察していた。初め予想通り二人の前に五匹のゴブリンが姿を現した。それでも二人は慌てることなく臨機応変に対応をとる。
ネルが片手剣を抜き去ると一番近くのゴブリンに牽制の一撃。その間一歩後退したルーナはロットに魔力を溜める。ルーナが魔力を溜めている間はネルがルーナにゴブリン達を近づかせないために立ち回る。ルーナが魔力が溜まったところでネルはその場を一時離脱。ルーナの魔法が炸裂して錯乱状態になったゴブリンの残党を殲滅、と。
ただ、なんだ。今のままでも連携はできている。危なげもなく安心は安心だが、他のサポート役やタンクもしくは接近戦ができる人材を入れたらもっと楽に立ち回れるだろう…しかし、監督官という身分故軽々しく発言はできないしな…助言ならいいのか?
まあ、初めに感じていた危惧はただの杞憂だったと思い安心はしていた。
「ボールス様〜」
「ん?」
監督官として一冒険者として色々と考察しているとウェルシア嬢が走り寄ってくる。綺麗な金髪を揺らし小走りをする姿は子犬然おして愛嬌が窺える…走る際に布地の上からでも分かるブルンブルンと揺れる胸は少し、目に毒だが。
「どうしたんだ?」
「私達勝てました! 褒めてください!!」
「唐突だな。そうだな、お互いの連携もそうだが、ウェルシア嬢は的確な判断力。正しい魔法行使ととても素晴らしかった」
「(パァっ!)」
太陽に勝る輝く笑顔、背後…お尻近くにはフリフリと振るしっぽの幻覚が見える。
「へぇ。ちなみに私は?」
「君もか…グランテ嬢は物怖じせずに近接で魔物への牽制、周りを見る視野とウェルシア嬢と変わらず劣らずに素晴らしい」
「…ありがと」
褒め言葉を聞いたグランテ嬢は素直じゃないがお礼を返してくれる。根は良い子だ。
「さて、君達の強さ、動きもまだ見たい。次の階層の階段を見つけながら魔物との戦闘を軽く入れて進もうか…と言いたいところだけど、君達の目標を聞いとこうか」
「私とネルさん二人の意見の一致で20階層で待つオーガの討伐を行おうと思います」
力こぶしを作り自信満々に。
「…あえて討伐を選ぶか」
「あはは。運が良ければホブゴブリンの牙を集めるのも視野に入れてたり…」
「(コクコク)」
ウェルシア嬢が質問に答え。グランテ嬢も頷いて同調。俺はそんな彼女達の考えを尊重する。
「決まりだな。ホブゴブリンの牙は保険にもなる。よし、じゃあ目標も決まってるみたいだし先に進もうか。戦闘をするわけじゃないから指示を出すのは変な感じはするが」
「監督官だから問題ないでしょ?」
「そうか?」
「はい!」
「そうよ」
「そうか」
二人はこちらの心配を他所に真面目に答えてくれる。目標が決まっている彼女達。俺はそんな彼女達の行動、戦闘を見ながら階層を進む。
◇◇◇
「今回の冒険者達も例年と劣らず粒揃い。豊作だ。ボールス君が担当するルーナ君とネル君は特に…」
監督官の総まとめ役であり、進行役でもあるディールは一人、遠くからそれぞれの試験者達の動きを観察し、能力を確かめていた。
「監督官としてではなく試験者としてボールス君がいればもっと楽しめただろう。彼はそのうち、いや、直ぐにでも上に行くだろう。俺も、負けてられないな」
「心配はない。お前の未来はここで詰む」
「!」
突如耳に纏わりつくように聞こえてくる何者かの声。すぐに周りを確認。その瞬間、とても不気味で嫌な気配が押し寄せる。
(…気配が、消えた? いや、確実に何かがいる。近くに…)
武器に手をかけ、周りに神経を研ぎ澄まし、直ぐにでも動ける体勢になる。
「抵抗は愚策だ」
「あぐっ!?」
左脇腹に鈍い痛みを感じ。左手で触れるとヌチャリとした血の感触が伝わる。
(どこから、攻撃をした。いや、それよりも何よりも…攻撃が、見えない――っ)
「「見えない」。なら、勝ち目はない」
「かっ…!?」
頭部に鈍器で殴られた様な感覚。そして見た。自分の意識が途絶える前に。
「喜べ。我が「正義」による慈悲を知れ。お前は供物。その命は我らに捧げられる」
そこには、自分の近くには白いローブ姿の異様な男が立っていた。とても冷たい瞳、無表情、その…知る面影。
「…あ、くぅ。お前、は――」
何か告げようとして、ディールのその声は言葉で綴られることなく途絶えた。そして、ディールの未来も閉ざされる。
そこには既にディールの姿も、謎の人物の姿も見当たらない。辺りには何もなかったかの様な静寂だけが残る。
◇◇◇
危ない場面も特になく、順調に進んだ。
「私とネルさんはお互い元からパーティを組んでいまして、ボールス様に助けていただいた際は即興であのお方達とパーティを組んでいたんです」
途中戦闘を入れる中も順調に5階層、10階層、15階層と進んだ。ボールス達は周りに神経を巡らせながら次の階層の道を進み会話に花を咲かせていた。
「ヘェ〜そうなのか。どの冒険者パーティでも人がいればいるほど有利に、また立ち回りも楽なものに変わるからなぁ」
「…なにそれ、嫌味?」
「いや、違うが…」
「…あなた一人でダンジョンに潜ってるじゃない? 「C」ランクや「B」ランクが潜るような階層に。そんなあなたにパーティの有無を聞かされたら嫌味に聞こえてしまう」
ネルはボールスの相槌にジト目を向けて。
「あぁ、それは…ごめん」
その言葉を聞いて思うところがあり、つい謝ってしまう。
「別に謝る必要はないわ。私個人が嫌味だと思っただけに過ぎない。現に
「そうですよ! ルクセリアの英雄にして守り人。今では王都にもその名声が轟いています!!」
「あぁ〜、うん」
二人の話を聞き王都で自分がどんな存在として扱われているのか知った上で…顔を片手で覆ってしまう。
二人と会話をしている際に自分が知り得ない情報を沢山入手していた。一つ、ルーナが口にしたようにルクセリアの街を救った英雄。二つ、聖女に認められし物。三つ、「A」ランクの冒険者に勝った…などなど他にも沢山と聞いた。
そのことから監督官を選ぶ際に冒険者達に叩かれなかったことに感謝をするもの正直、ボールス本人としては本当のことでもむず痒く、知りたくない情報でもあった。
「あー、ほら、その話はアレだから…ほら、今は試験中だから、な?」
「は! そうでした!!」
「…誤魔化したわね」
「さあ! 次の階層でラストだ。気を引き締めていこう!!」
「はい!」
「……」
グランテ嬢がジト目を向けてくるが俺は見なかったことにして前に進む。
・
・
・
「――ようやく着いた」
草原の中にある森エリア…20階層目の「神殿」を前にして言葉を溢す。他の各階層でも神殿らしきものはあったもの今回が一段と大きく、何処か圧を感じる。
「はい。20階層…オーガとの戦闘です」
「ま、万が一勝てなくても……こうしてホブゴブリンの牙は集めているから実質試験は合格。腕試し程度で頑張りましょう」
ルーナは目の前に迫るオーガとの戦闘に少し怯え、ネルはそんな相棒を安心させるように今までの階層で集めたホブゴブリンの牙が入った布袋を掲げてみせた。
「…そうですね。そうですよね。ボールス様、私達頑張ってきます!」
「あなたに失望させないぐらいには気張ってくるわ――どうかしたの?」
「ボールス様?」
「…いや、ちょっとな」
二人が気合を入れている中、ボールスは少し真剣な表情を作り、目前にある神殿を睨め付けていた。そのことが気になった二人は不思議そうに聞いてくる。
二人は気づいていないか…ただ、これは俺の勘違いではない、よな…。
「…二人はここまで来る中で何か異変…違和感を覚えなかったか?」
二人に直接聞いてみることにした。
「違和感、ですか? いえ、私は何も…」
「……」
「グランテ嬢は? 些細なことでも気になったことがあれば」
ルーナがまだ不思議そうにしている中、顎に手を当て考える素振りを見せるネルに問い掛ける。
「…私達以外に」
「うん」
「冒険者…試験者と監督官を見ていない」
「あ、そう言われてみれば…」
「どうなの?」
ネルの話を聞きようやくそのことに気づいたルーナとネルはその違和感を指摘してきた監督官に顔を向け。
「概ねグランテ嬢の考え通りだ。俺達の出発が他の試験者達と比べて遅かったのも事実。ただ、膨大なダンジョン内だといっても誰一人として人と会わないのは不自然。20階層地点でも誰とも鉢合わせていない」
「監督官は、この先に何かがあるっていうの?」
「…あぁ。確かではないが、少し嫌な予感が――」
『キャッーーー!!!!?』
『ッ?!』
「少し嫌な予感がする」そう伝えようとした時、悲鳴が神殿の中から聞こえてくる。
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