第53話 聖女サイド 作戦、決戦前夜



「「負けない」とは言っても緻密な作戦は重要だ。対策、役割…と決めなくてはいけない。それに、一番は――聖女、君の存在だ」

「――承知しております」


 その言葉にコルデーは深く頷く。


「この場の全員に悪魔と対抗すべき力を授けられる存在が聖女一人。それで十分、十分なんだけど…」

「はて? どうしました?」


 視線を感じたオーラスは声をあげ。


「いや? 一番の戦力である『至聖剣』の君が『宝剣』か『聖剣』のどちらかでも持ってればなーと思っただけ」

「ははは。それは厳しい。いくら私でも御伽話で出てくる様な遺物は待ち合わせません」

「…可能性として言ってみただけ」


 分かっていた返しなのに少し残念と思ってしまう自分がいた。


「これは本当に一応の確認だけど…聖女は、『』使えるよね?」

「はい。問題ありません」

「OK。恐らく君が作った「聖水」。あるいはそれに通じるものを使って対策をしているのだろう。それはいいけど――」

「『聖印』なら「聖水」いらずで術が続く限りの時間、またそれは魔を滅する力、魔から己を守る要となる」

「――結構」


 こちらの話についてくる知識、この後の展開の先読み、を見て流石「聖女」と感心し、自然に笑みが溢れる。


「対策としては保険で「聖水」を。戦闘開始時に聖女の『聖印』を使うのがベスト。後はダンタリオン本人への対策としてだけど…まず、君達が対峙したダンタリオンはじゃない」

「…なんとなく、そうではないかと思っておりました。上位、最上位と関係なく聖女であるわたくしの魔法はです…なのに"アレ"は物怖じしなかった」

『……』


 その真実に納得をする半分、本体ではない相手に先手を取られこちらの騎士が一人犠牲になった事実が悔いきれない。

 あの威圧感を目前にしたコルデー達は悪魔の…最上位悪魔に遅れをとり、脅威について再確認した。


「…色々とあると思うけど過ぎた話だ」

「他人の、貴女が…」


 コルデー達に辛辣な言葉をかける。

 ついレイアが反応を見せてしまう。


「あぁ、所詮他人だ。だから可哀想とも悪かったとも失言だったとも思わない」


 こちらを睨むレイアの反応を見て嘲笑うかの様に鼻で笑う。


「レイアさん、今は抑えて」

「分かっております。ですが、それでは亡くなった騎士があんまりにも…」


 「浮かばれない」


 そう言葉を続けることもできずコルデーに宥めるられる中、レイアはこちらの気持ちを逆立てる様なことを口にしたシノを睨む。


『……』


 それは他の騎士達も同じ気持ちで口には出さないが抗議の視線を送り続けている。

 視線を受けながらも優雅に紅茶をひとくち飲むシノは口を開く。


「…ボクだって忘れろと言うつもりは毛頭ない。ただを引きずって最高のポテンシャルで君達は戦えるか?」

「それは…」

「無理だよ。あぁ、無理さ。断言するよ。君達のその"仲間の死"という根本にある「想い」、「揺らぎ」は悪魔との戦いに必ず支障をもたらす」


 確定事項を伝える様に。


「そんなことは…」

「ボクの言葉を論破したいならまず、。死人の様な顔をしてるぜ?」

『!』


 指摘にレイアを含める騎士達は自分の顔をその言葉に釣られる様に触れてしまう。


「それが、現実さ」

「くっ…」

『――ッ』


 自分達が言葉の通りだと気づかされ、それを認めたくないが反論もできないレイア達は固く唇を噛む。


『……』


 その様子を他人でもましてやそこまで仲がいいとは言えなかったユート達は黙って見ているしかできなかった。


「君達は平気そうだね?」

「――わたくしとてレイアさん達と気持ちは同じです。ですが聖女として、導く者として…わたくしは平然と斜に構えなくてはいけないのです」

「ふーん」


 その固い意思を見てやはり他の人とは違うなと感じた。


「私も。ただ、部下である騎士が命を落として…憤慨するなと言う方が馬鹿げている」

「!」

『!』


 コルデーの言葉に感心するシノだったがオーラスの穏やかな言葉の中に確かにある憤りに言葉を無くしてしまう。


「――だが私は『団長』だ。この想いを心に糧に亡くなった騎士の意思を継ぎ。必ず仇をとることを誓う」

「…流石、『至聖剣』」

「流石なものか…私とて皆と同じで憤りを覚えてこの怒りを抑えられなかった」

「そんなことはない。それでも立派さ。ただこれで分かったろ?」

『……』


 オーラスの本心を聞き、シノは同じく聞いていたレイア達に目を向ける。


「少しでも悪魔に対して憤りを持つなら仇を打てよ。その気持ちを糧に武器を取れよ…戦う目的はこれ以上ないほどあるだろ」


 真剣な表情と視線、声でレイア達に伝える。


「相手は「」だ。そこらの悪人や魔物とは格が違う…だ。死人が出るのは当たり前。ボクだってそうだ。少しのミスで、死ぬ」

『……』


 滔々と話し紅茶を飲む。その手は震えて、カップの取手を掴む手に力が入っていることが分かる。

 その様子を見て「気丈に振る舞うが彼女も怖いのだろう」とレイア達は気づいた。


「たった一人の仲間の死で嘆く?…そんな暇があるのなら敵を撃て。敵の死者と仲間の死者は同等?…馬鹿言うな。今から戦おうとしている相手は弱体しても尚、最上位悪魔に変わりはない。死のない戦いなどこの先の戦場には存在しない。戦う意志のない奴はいらない。死ぬ覚悟がある奴だけ今から話すボクの話を聞け」


 辛辣な言葉、突き放すような言葉。


『……』

「――それは、「覚悟」があると捉えていいんだね?」

『(コク)』


 顔つきが変わったレイア達を見たシノは告げる。


「――ダンタリオンの目を見るな、触れられるな。できるだけ距離を置いて戦え。ただ安心しろ。ボクは…【空間魔法師】の『虚無』。ボクが活路を見出す」



 ◇◇◇



 『支配の悪魔』ダンタリオンの対策を大まかに口にしたシノは役割、配置について自身で考えたものを口にしていた。


「――対策は先の通りだ。アレだけとはいかないけど最低でも注意は怠らずに。後は臨機応変だね」

「活路を見出す…ということは『虚無』さんが【空間魔法】で?」

「まあそうなるね。と、役割だね…あぁー今更だけど、何か意見があればなんでも言ってね。ボクが話を進めるのも快く思わない人もいるだろうし…」


 先の「仲間の死」という発言に思うところがあったシノは口を閉じ、周りを見る。


「いえ、わたくしはそのままで」

「私も同じく」

「…君達は?」

「…今は敵ではありません。ですので貴女に任せます」

『……』


 レイア達も異論はないようだ。


「俺達も何かあれば提案として出すよ。な?」

「えぇ」

「ん」


 ユート達も同じく。


「…了解。役割は――」


 そこでシノから役割について語られる。


 まず、聖女コルデーを中心に数名の騎士達で陣形を作る。【精霊魔法使い】のレイアはその聖女を守りながら戦う。オーラスとユート達がダンタリオンと直接戦う。シノとコルデーはそんなみんなのサポート。


「――と、こんな感じさ」

「…他の騎士の皆さんはどうなります?」

「あぁ、それは他の悪魔の相手だね。ダンタリオンだって丸腰じゃないだろう。先の様に低級悪魔、それか上級悪魔でも用意してるでしょ」

「なるほど。だから実力のある騎士さん達には分担してもらって他の悪魔達のお相手を」

「そういうこと。他に何か気になることはあるかい?」

『……』


 特に異論はない様で指示を待つ。その面々の顔を見てシノは立ち上がる。


「――ま、戦いなんて当日じゃないとどう転ぶか分からないし、どうなっても臨機応変に行動できるように」

『(コク)』

「ただ、今日はもう遅い。決戦は明日の正午。こちらが一番有利に立てる時間に戦おう。こちらの居場所も敵に見つからないだろうし、万が一見つかってもボクの【感知】が直ぐに気づく。今は決戦の前の充分な睡眠を取るといい』

「わかりました』

『了解』


 

 提案に皆が同意を示し、各自別けられた個室で睡眠を取る。


 ・

 ・

 ・


「――それで、俺一人を呼んだ理由は?」


 皆が寝静まった夜更け、エントランスのような場所にユートだけが呼ばれていた。ユートは自分を呼んだ人物――シノを見る。


「――まあ、そう警戒しないで。君はボルス君の良き友人のようじゃないか。ボクも君とは仲良くしたいと思っている」

「それは嬉しいが、今はそういう話をするために呼んだわけじゃないだろ?」

「勿論」

「……」


 その発言に眉間にシワを作るユートだが、シノの次の言葉に息を呑む。


「――君、『異世界人』だろ?」

「ッ!」


 その分かりやすい反応を見たシノは月明かりが照らす中妖しく口角を上げた。




 外敵の攻撃がなく充分な睡魔をとれたコルデー達は最終確認をし、『支配の悪魔』ダンタリオンを討つべく気持ちを切り替え――シノの【転移】で真っ向から攻める。

 

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