後編 昇級試験と蠢く陰謀

第51話 聖女サイド 『虚無』


 ◇



『――ボールス様、あの…大切なお話とは一体どんなお話でしょうか?』


 わたくしは大切なお話があるとお聞きし、ボールス様が泊まる部屋まで来ていました。

  殿方の、それも好いている男性のお部屋にこんな夜遅くの時間に来るのは淑女としてはしたないし、お恥ずかしい…ですが、もし、もしそうなら――


『……』

『ボールス様?』

『……』


 ボールス様は何も答えてくれません。わたくしはそんな状況に淡い期待と一抹の不安を抱き、言葉を待ちます。


『…コルデー、すまない』

『え?』


 わたくしはその謝罪の意味が分かりませんでした。気づいたらそこにいた。その存在を認識し、湧き出てくる「怨」という感情。

 わたくしは――ボールス様の横に立ちボールス様の腕を取りボールス様のボールス様の――近くにいるを睨みます。そしてそしてそしてそして――


『…ボールス、様?』

『あぁ、その――』

、いいってこんな鹿と話さなくて、ボクはただこの馬鹿女に見せびらかしたかっただけだし〜』

『……』


 わたくしはメス豚の発言騒音を聞き終わる前に【断罪する聖なる剣ジャッジメントブレイド】を発動させ、その憎っくきメス豚と愛するボールス様を含めて光の刃で囲みました。本来のわたくしならボールス様に危害を加えるようなことは致しません。でも、今回は、今回ばかりは――


『そ、その、はなんですかぁぁぁぁ!!』


 わたくしはボールス様の隣に寄り添うに…羨ましい…立つ女、その女の膨らんだお腹に指を刺し、はしたなく叫んでいました。


『あぁ、コレ? 気づいた? 気づいちゃった?…気づかれちゃったかぁ〜がいるのにボルス君ったら昨日も一昨日も……』

『お前もまんざらでもなかっただろ?』

『やん! のエッチ!』

『(ブツブツブツ)』


 嘘です。ありえません。出来の悪い幻覚です。あぁそうです。夢です。夢ですよ。絶対、完全に完璧に夢です――です…。


 目の前で起きている出来事が許せなく、信じられず視認できず、虚な目で二人の仲睦まじい様子を見せられる。


『――だから。ボクとボルス君は結婚してこうして赤ちゃんも身籠って幸せなんだ…ここにお前の入る余地なんてない、ザマァ!!』

『くぁwせdrftgyふぁっくlp?!?!』


 現実が信じられず、憎っくき相手からの幸せ全開な顔、声、言葉を聞き理性が崩壊したコルデーは血涙を流す勢いで泣きじゃくると奇声を発し、【断罪する聖なる剣ジャッジメントブレイド】で悪き天敵と裏切り者を断罪する。


『――消えろォォォ!!!!?』


「聖女」あるまじき単語を発し――



 ・

 ・ 

 ・

 


「おーい、聖女〜お前だけだぞー起きろ〜早くしないとボルス君を――」

「――消えろォォォ!!!?」

「うわっ!?」


 コルデーを起こそうととある人物は耳元で「ボルス君」と珍しい呼称で呼ぶ。

 その声に反応したさっきまでソファーですぴすぴ寝こけていたコルデーは電光石火の速さで起き上がり…右手をグーにしてその人物に容赦なく殴り掛かる。


「あ、あぶなぁ〜ちょっとー聖女の寝起き悪すぎじゃない〜?」


 その人物――シノはコルデーの攻撃を軽く避けて近くにいた聖堂騎士達に聞く。

 コルデーは今もシノから少し離れた場所で「ガルルル」と敵を警戒する時の獣のように唸っている。


「――申し訳ない。ただ、普段なら聖女様は誰よりも寝起きはいい方です。ならば…怖い夢でも見たのでしょう」

「子供か」

「冗談です。大方、貴方と聖女様はあまり仲が宜しいとは言えません。ですので敵だと認識してしまった防衛本能かと」

「ほんとに〜? ボクも聖女と不仲なのは認めるけど、防衛本能なら魔法をぶっ放してきそうだけど…普通に殴りかかってきたよ?」

「……」

「おい、そこで黙るなよ」


 シノの問いに答えたオーラスの言葉にシノがツッコミを入れている中、レイアやルル達と他の女性騎士達がコルデーを宥めていた。男性陣はどう動くか的正解の判断がつかずオロオロとしている。


「せ、聖女様、大丈夫です! あのお方は敵ではありますが、です!」

「そうです聖女様!」

「安心してください!!」

「…ミ、カタ? テキ、ジャナイ?」


 どうにかレイア達の懸命な声がコルデーに届いたのかカタコトだが反応を示す。


「そうです。のですよ。私もあまり実感はありませんが」

「…が、る?」

「そ、そうでございます。私達をこの場所に悪魔ごと【転移】して街の被害を出すことなく私達の代わりに悪魔を滅して下さったのです。その間、私達が起きるまで見張りもしてくれたそうです」

「……」


 レイアの話を聞き、落ち着きを取り戻すが、まだ信じきれないのかオーラスの近くにいるシノに訝し目を向ける。


「ま、不本意だけどね。今回は君達とボクの利害が一致しているから助けた。見返りなんて求めてないさ、元々敵同士だからね」

「……」


 そんなシノの話を無言で聞いていたコルデーは自力で立ち上がると…レイア達の元を離れてシノに向けて歩き出す。


「ん、何かな? 話をするならまずは――」

「ねぇ、『虚無』さん」

「な、何かな?」


 「話をするならまずは顔でも洗ってきたらどう?」そう言おうとした。しかし気づいた時には既に背後を取られていた。シノは少し声を裏返し聞き返してしまう。その聖女の声は感情が乗っていないようなフラットな声で少し怖い。


(け、気配でわかる。聖女は今ボクの耳元で囁いている。その声はなんか、少し、というかかなり怖いんだけど…)


「赤ちゃんってどう思いますか?」

「へ? えっとまぁ、常識的に考えて可愛いのではないかな?」

「ですよね!」

「う、うん」


(意図がわからない。それでも素直な回答を返したつもりだ。聖女も微笑んでいるし、正解、だよね?)


 そう思うが、どうも何故か鼓動が激しい。それは恐怖からくるもので――


「実はわたくし夢を、を見てしまいました〜」

「へ、へぇ〜それは災難だね」

「はい、そうなのです。それも…メス豚貴女にボールス様を奪われるという正に悪夢でした〜」

「…まぁ、それは所詮、夢でしょ?」

「はい!」


(結局この女は何が言いたいの? ボクにボルス君を取られた夢?…ボクからしたら大いに結構。でもそんな自分が惨めになる話を夢の題材の人物、それも奪った側の話を目前にして普通する?)


 不自然に感じていた。ただそれは感じていただけでコルデーの異常さはまだ気づかなかった。


「――でもですね。その夢ではメス豚貴方のお腹が妊婦さんのように膨らんでいたのです」

「…見間違いじゃない?」

「でもメス豚貴女は言いました。ボールス様との赤子だと」

「いやそれボクじゃないから。そもそも夢でしょ?」

「はい夢です」


(なんか、雲行きが怪しいような…いや、関係ない。こんな話早く終わらそう)


「なら、そんなもの気にしなければ――」

「気になります。わたくし気になるんです。メス豚貴方の――がァァぁ!!!!?」

「うわっぁぁぁ!!!!」


 コルデーは叫ぶと虚な目でシノに襲い掛かる。なんとかシノは危険な気配を察して【転移】で逃げた。逃げたが…何故かコルデーの手には鉈のような凶器が握られていてそれを片手で持ち半狂乱に暴れている。


「てかちょっ、見てないでお前ら助けろよ! 聖女サマがご乱心だぞ!!!!」

「……聖女様、あんなにも嬉しそうに」

「どこがダァ!! お前の目は棉でも詰まってるのか!! というか、アレ絶対寝ぼけてるって!!!!」

「中身を見せろぉぉぉぉ!?」

「ヒイッ!?」


 オーラスのボケにツッコミを入れるシノだが襲ってくるコルデーの姿に悲鳴をあげる。


 その後もご乱心のコルデーをその場にいる人で抑え込みなんとか鎮圧化に成功し、騒動は治った。



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