第48話 模擬試合



「さてと、久々の闘いだ。ランクなんて気にしないで楽しもうぜ。今回は噂の旦那の胸を借りるつもりで行く。遠慮はいらないぞ」


 カーボンは楽しそうにそして好戦的に模擬戦専用の両手剣を向けて臨戦態勢に入る。


「……」


 促され持っていた片手剣につい過剰な力を入れてしまう。


 正直な話し模擬試合はやる気が出ない。観客に見られながら見せ物のように闘うことに慣れないのもある。そもそも…俺、武器を棍棒以外使ったことがない。剣を扱うことは愚か握ったことすらないんだけど。


 こちとら生粋の日本人だぞとは思っても口にはできない。


 右手で持つ確かな存在感を強調する片手剣を見て冷や汗が垂れる。


 危惧しているのは一つ。攻撃の手を誤りカーボン相手に怪我を負わせてしまうこと。カーボンは「A」ランク。それでも「元」だ。片手剣を選んだ理由は二つ。一つは片手剣なら嫌われ者この体の持ち主が一時期扱っていた記憶があるから。模擬試合用の武器に棍棒がなかったので無難に選んだのが二つ。


 ただ片手剣のグリップを握った瞬間、自分が"凶器"を持っているという自覚を否応なく感じ、動悸が激しく、嫌な汗が頬を伝う。


「ん? どうした旦那。顔色悪いぞ?」


 ボールスの様子がおかしいことに気づいたらしく両手剣を下げ、心配そうに聞いてくる。周りも一向に始まらない模擬試合を見てザワザワと騒ぐ。


『やっぱりあの噂は嘘だったんだよ』

『だよなぁ〜あのおっさんから強さが感じられないし』

『ほんと。初心者の私達でもあのへっぴり腰はないわよ。剣の握り方も雑だし構えもヘンテコでなんの流派かもわからないわ』

『なんだ、つまんねぇ。カーボンさんの勝ち確じゃねぇか』


 周りから情けないボールスを見てそんな嘲笑う声があちこちから聞こえる。


「――はぁ」


 好き勝手言ってくれる。事実だからぐうの音もでねぇけど。でも、俺を笑顔で送ってくれたみんながこんな俺を信じてくれたみんなが嘘付きじゃないと証明するためにも…。

 

「……」


 俯いたまま右手で持つ片手剣をダラーんとぶら下げる。そして顔を上げることなく予備動作もなく――地面を駆ける。


「――ッ」


 カーボンは今も残る冒険者時代の勘から嫌な予感を感じた。ボールスが自分目掛けて猛スピードで接近してくることを肌で感じて目で動きを追い、直ぐ様に両手剣を構え、次にくる衝撃に耐える。


「シッ」

「っう」


 駆ける推進力を勢いに乗せた剣戟。それをカーボンの両手剣が受け止める。両者の武器同士がぶつかりギンッ!という鉄同士がぶつかり合う鈍い音が突如響く。


『『!』』


 周りは目の前で起こっている出来事を見て声にならない声を上げる。


 目の前では自分達が馬鹿にしていたボールスおっさんがカーボンにいつの間にか肉薄し攻撃を仕掛けている光景が映る。カーボンはボールスの片手剣を受け止めてはいるがその顔は若干引き攣っていた。


「ぐぉぉぉぉっりゃぁぁ!!」


 鍔迫り合いで拮抗している中カーボンが腹から声を唸り上げて両手剣に力を込める。そして片手剣ごとボールスを宙に吹き飛ばす。


「――」


 吹き飛ばされるが焦ることはない。その威力を利用して空中で体を反転させ、何事もなく綺麗に着地する。


「ふぅー」


 一息入れて再度両手剣を構える中ボールスは不自然な行動をとる。それは持っていた片手剣を虚空に突き、裂き、器用に振り回している。その姿は初めて扱う武器の攻撃範囲、またリーチを確認しているようだとカーボンとその他の人達は感じた。少し見ていると段々と精度が上がり演舞のように見え、その姿に人々は魅入っていた。


「――なるほど」


 何かを確認し終えるとさっきまでの怯えようが鳴りを潜め。何か一人で結論づける。そしてカーボンに顔を向ける。


「俺も漸く体が温まってきた。本気で来いよ、遠慮はいらないぜ?」

「…なら、少し本気で行くぞ」


(…旦那の意図は分からない。ただやる気になってくれたのなら嬉しい。俺はその期待に応えるのみ)


 両手剣を垂直に構え、腰を深く鎮め…その両足に力を込めて――飛び出す。勢いを殺すことなくボールスに突進しながら両手剣を上段に上げる。


「ふんっ!」

「――っぅ」


 振り下ろした両手剣をボールスは片手剣で真正面から受け止める。しかしカーボンの打ち付ける力と重力…自重の重さが加わった一撃はボールスの剣を軽く押し潰す勢い。ボールスも片手剣のブレイドにフリーにしていた左手を添えてそののしかかる力に対抗するが、力負けして耐える両足が闘技場の地面にめり込む。


「――ッ」


 ヤバいと感じ、無意識に片手剣に込めている力を一瞬緩める。その時、本当に一瞬カーボンの押し込む力から解放される。その代わり支えを失った片手剣は押し込まれる。それはコンマ一秒も満たないフリーの時間。ボールスは直ぐに緩めた片手剣のグリップを掴み両手剣から片手剣ごと胴体をズラシて上から加わる力を外に逸らすように刃を滑らせる。


「っ!?」


 その不可解な動きにカーボンは驚きを見せる。迫っていた両手剣から難を逃れ、滑らせた刃を勢いのまま体を回転させカーボンの体を斜めに切り込む。


「そい!」

「ぬぐっ」


 カーボンは持ち前の反射神経で刃を受け止める…かと思ったがボールスは両手剣に届くギリギリで攻撃の手を止める。それは自然にフェイントの形となった。


「なら、こうはどうだ!」


 近くで着地したボールスに向けて下段からの攻撃を仕掛ける。まずは下段から切り上げ。


「うらっ!」

「――」


 それを難なく先程と同様に刃をぶつけて逸らす。


「せいっ! りゃあっ!」

「――」


 ならばと思い切り上げ時に上段から下段。下段に切り裂く攻撃を中断して中断から一刀。それを何度か小技として繰り返すこと数合。


「ハァ、ハァ…うるァッ!!」


 その全てを紙一重で交わし、受け流す。


「――そんなデカい大剣を軽々と扱う技術、すごいな」


 お互いに決定打の攻撃を与えられないまま時間は過ぎた。カーボンが息切れをする中自分は会話をする余裕すら生まれていた。


「どりゃあっ!」


 それでも諦めないカーボンはちょこまかと動くボールスに向けて最大の突きを放つ。


「――これも、避けるか」

 

 剣で受けることなく予備動作を見た瞬間バックステップで回避。


「いやー、そりゃあ避けるさ。んなの当たったら一溜りもねぇ」


 片手剣をダラシなく垂らして肩を竦める。


『『――』』


 二人の攻防を間近で見ていた人々は白熱とした攻防が凄まじくて魅入っていた。息も忘れているのではないかというほどに目と口を開けて唖然と今も二人を見ている。


 観客達の様子を見てそして今までの攻防を行いカーボンも観客達と同様に舌を巻く。


(これは、想像以上だな。強い。間違いなく強い。スキルを使っていなかったとしてもステータスを無きにしても強い。隙がないわけではないが…対応が早過ぎる。勘が鋭すぎる。恐らく旦那は戦闘センスがいいのだろう。稀に見る天才。それも俺との戦いの最中…成長してやがる)


 そこであることを聞いてみることにした。


「旦那、一ついいか」

「ん? そんな改まってどうしたよ?」


 真剣な面持ちを見てボールスは不思議そうに首を傾げる。それは他の人々も同じだ。


「いや、少し気になってな。これは俺の憶測に過ぎないが…旦那は今日初めて片手剣…んや。を握ったか?」

『『は?』』


 その質問にボールスが答える前に聞いていた観客達が声を合わせて疑問を声にして表す。ただし当の本人は。


「あぁ。剣って扱うの難しいな。憧れはあったが俺は棍棒の方が扱いやすいや」


 真顔でそんなことを宣う。


『『ハァァァ!?』』


 その言葉を聞いた観客達は全員発狂したような声をあげて今日一番の驚きを見せる。一人カーボンだけは「やはりか」と納得のいった顔をしていた。そして続け様に聞く。


「旦那はこの勝負の勝算はあるか?」

「ん?…あぁ、あるぞ」


 問われた本人は当然と頷く。そして説明を入れる。


「まず、力はカーボンが上だな。ただ速さは俺が上だ。カーボンの。他にスキルとか使われたら話しは変わるが…この模擬試合闘いならそれは心配ないだろう」


 現実味のない話。ただその言葉を誰一人として「否」と唱える人物など居なかった。今までの闘いを見ていた人々はボールスの本当の強さを目の当たりにしている。


「すごい自信だ。旦那のことだからやりかねないのが怖い。でも流石に俺もそんなに弱くは――「油断してるぜ?」――ッ。はは、参った。降参だ」


 自分の背後に立つ存在の気配を感じ、刃が首元にあてがわれていることを横目で察したカーボンは持っていた両手剣を落とす。そして自分の負けを認めた。


 なけなしのプライドで元「A」ランクの威厳を出そうとした時、それは泡となり消え。ボールスの言葉が本当であることが証明された。実際、カーボンもその場にいる人々のほとんどはボールスの


「も、模擬試合はそこまで!!」


 その呆気のない模擬戦の終わりに観客達と一緒に放心していたギルド本部長のエレガンが試合の終了の合図を行う。エレガンは動きが見えていたがその強さに圧倒され、初め声が出なかった。


『『ワアァァァァーーーーー!!!!』』


 エレガンの言葉を聞いて観客から割れんばかりの歓声が二人に送られる。


「今のが旦那の本気か?」


 解放されて今も聞こえる歓声の最中ボールスに問い掛けた。


「んんー、まあ全力だな。スキルなし今の段階での話だが」


 それだけ口にしたボールスは伸びをして出口まで歩いていく。その背中を見たカーボンは苦笑を浮かべて囁く。


「――事実は小説よりも奇なりってな。噂は本当だったか。しっかし…あれで「D」ランクってどういうことだよ。冒険者組合ギルドの目は節穴か?」


 今も響き渡る熱狂の覚めぬ中カーボンのそんな声だけが虚空に消えていく。


 この後ボールスは正式に試験監督官として受け入れられる。そして明日からある「C」ランクの昇級試験の監督役をエレガン直々にお願いされた。話の内容は知っていたが休むペースのないハードなスケジュールに追われる日々となる。


 ちなみに宿屋は貰っていた招待状のお陰で無事、泊まり込みできた。その時に「A」ランクのカーボンに勝ったという噂が既に広まっていることなど知りもしないボールスはカーボンと同じ自室で早めの就寝をとっていた。

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