第46話 別れ、そして王都へ


 ◇



「――ボールスの旦那ぁ〜男だけの二人旅って実際どう思う?」

「…んなこと決まっているだろ」


 やけに速く走行をする馬車に揺られながら外の風景を眺めていると御者台に座り馬車を操縦している男性に呑気な声で聞かれた。なので一言。


「端的に言って地獄」


 辛気臭い顔を作り、正論をぶつける。


「だはは! そりゃそうだな!!」

「……」


 何がツボに入ったのかは不明だが御者台で笑い出す男性、カーボンに馬車内の椅子に腰掛けてジト目を向ける。そして思い出す。これまでのあらましを。



 ◇◇◇



 カインさんと話を終えて直ぐに別れ、手配しているという馬車を見に行く。指定された東口近くの門まで行くとそこには大きく茶色の毛並みが美しい馬と立派な馬車が門の近くに用意されていた。近くに御者だと思われるカウボーイのような格好をした茶髪ロン毛の男性が居た。額にあるゴーグルが特徴的。見た感じ同い年のように見える。


『おぉ、あんたがボールスさんか! 俺は今回この馬車の御者を担当するカーボンだ。あんたの噂は聞いてる。今回は宜しくな!』


 カーボンと名乗った御者の男は馴れ馴れしく近づくと肩をバシバシと叩いてくる。痛くはないが悪友であるダンと通じる鬱陶しさが伺える。しかし相手は今回自分を乗せてくれる馬車の御者。


『あ、あぁ。俺はボールスだ。こちらこそ宜しく』

『おう! そうだ。俺達同い年ぐらいだろ? もうちっとお互いマイルドに話そうや。だから俺はあんたのことをと呼ぶな!』

『……』


 話を聞いたカーボンは肩に腕を回してきたと思うと何が「だから」なのか知らんがそんなことを宣う。別にどう呼ばれようが関係ないが……この馴れ馴れしさ、この男が「あっち」の人かと勘繰ってしまう。


『んあ? あぁ、すまんな。俺はよく周りから馴れ馴れしいと言われてな。自分でも分かっているんだがこの性格をやめられねぇ。ま、俺はノンケだから安心してくれや!』


 俺の不審がる表情を察してか離れると朗らかにそう伝えてくる。悪いやつではなさそうなので一応、信じてみる。


『そ、そうか。なんかすまんな』

『良いってことよ。それよりも今から直ぐ出発するか? 聞いてる話だと今日中に王都に着きたいんだろ?』

『あぁ、そうなのだが…俺も急に言われてな。世話になっている人達に挨拶回りだけでも…してきて良いか?』

『おう良いぞ。時間はあるしな! それに、挨拶は行きも帰りも大切だからな。俺はここでゆっくりと待ってるわ。準備ができたら声をかけてくれ』


 カーボンは笑顔でそういうと俺を快く送ってくれた。どんな奴かと思ったがやっぱり良い奴なのかもな。


 カーボンの気遣いに感謝を伝えてなるべく早く挨拶を済ませた。お世話になった人達はみんな初め驚いていた。

 でも自分が王都でも噂になっていると知るやいや、自分のことのように喜び、今生の別れでもないのに必需品だと色々と物をくれて最後に「頑張れ」とエールをくれた。そんな温かいみんなに精一杯の感謝を込めて。


『行ってきます!』


 と告げる。


 手一杯の荷物を持って最後にお世話になった「日の園宿屋」に向かう。すると街のみんなと一緒で一時の別れを惜しんでくれた。ケイルとミアハ夫妻から王都の宿屋の招待状を貰い。カールから自分が喉から手が出るほど欲しかった一品を貰い受けた。


『か、カールじぃ…これって…』

『おう。お前さんが前から欲しいと言っていた『収納袋』だ。たまたま手に入れる機会があってな。収納できる内容量もそこそこある。役に立つだろ』

『ありがとうカールじぃ!!』


 俺はケイルさんやミアハさんにもお礼を伝えたがカールじぃには感謝をしても仕切れないほどの一品を頂いてしまった。


 この世界には『収納袋』またの名を『アイテムボックス』と呼ばれる亜空間に大容量の物を入れる魔道具がある。それはポーチ、バック、袋型と様々だ。今回受け取った物は灰色の肩掛け袋。元々地味な色合いが好きなボールスとしては目立たないし嬉しかった。それも値段が高すぎて買えなかった物なのだ。


 一応、俺自身も本当にこんな高価な物を貰ってしまって大丈夫なのか?と聞いたが「年寄りの善意ぐらい無駄口立てずに受け取ってろ」と怒られてしまった。俺はそれがカールじぃなりの善意だと受け取り、それ以上は言われた通り無駄口を叩かなかった。


 そして最後にミリナに同じように話すと少し大きめの風呂敷を渡された。


『コレ、ボールスさんと御者さんの二人分のお弁当です。私にはこれぐらいしか用意できませんが、どうか安全な旅路を』


 瞳に涙を蓄えたミリナは決してその涙を流さないと伝える。


『ありがとう。ミリナさんのお弁当を食べると元気が出るから助かるよ』

『はい。その、あの、えっと…』

『ん? どうかしたか?』


 目の前で俯き、もじもじとしだすミリナさんにどうしたのか聞く。


『…王都の宿屋の娘さんに手を出しちゃダメですよ?』

『ヒッ!?』


 顔を上げた時に見えたその座った目と髪の毛が口に付着している普段のミリナと掛け離れたただならない異様な姿を見て悲鳴を上げていた。


 いや、怖えよ。ミリナさんもお年頃だから何かお土産でもお願いされると思っていたらそっちの心配かよ…。


 そんなアクシデント?もあったが無事みんなと挨拶を終え、さっそくカールから貰った『収納袋』に物を詰めてカーボンが待つ場所へと向かう。


『カーボン。待たせた』


 馬車の御者台で寝こけていたカーボンに話しかける。


『んん、おぉ。旦那か。じゃあ、向かうか…と、別れの挨拶はしっかりと済ませたか?』

『勿論』

『そうか。なら、行こう』


 馬車に乗り込みカーボンの運転で初めての馬車旅が始まった。馬車は自分が思っていた以上にスピードが出て、乗っていてとても爽快だった。揺れも少なくお尻の痛みも感じない快適さだ。


 暫し馬車を堪能するとここにきてある疑問が湧き御者台にいるカーボンに聞く。

 

『カーボン。疑問に思ったんだが、護衛とかは連れてこないのか?』


 元々カーボンも王都に用事があるとカインから聞かされていた身としては他の乗客が居なくてもまだ不思議には思わない。ただし馬車旅は護衛役が必須なのでは?とラノベ文献からの知識を知っている身としてはつい気になってしまう。


『護衛かぁ、護衛なぁ。必要ないだろ。話題のボールスの旦那がいるし。それに…ま、安全だからそこんとこは気にすんな』


 そんなボールスの質問に対して曖昧な答えが返ってくる。


 俺とてその話に気にはなったが言われてみれば護衛はいらないか、と思ってしまった。


 それから他愛のない話で盛り上がったり休憩を挟んだ時にミリナが用意してくれたサンドウィッチを摘んだりして順調に進んだ。体感では3時間ほど馬車に揺られた。その間魔物や盗賊などに襲われることなく旅は順調だ。



 ◇◇◇



「――旦那。目的地が見えてきたぜ」

「ん、もう着いたのか」


 カーボンの声で目が覚め起きる。馬車に揺られながらその快適さに寝てしまったのかいつの間にか横になっていた。


「あぁ、もう目と鼻の先よ。旦那はグッスリと寝ていたからよ。起こすの悪いと思ってな」

「そうか。ありがとう」

「んや。それよりも外見てみろよ。きっと驚くぜ?」


 俺はカーボンに相槌を打ち、体を起き上がらせ言われた通り窓から外を見る。


「――凄い。ここが王都」


 目の前に佇む白亜の防壁のような壁に囲まれた大きな門を見て感嘆の声を漏らす。茜色の空模様も相まって何処か幻想的で綺麗だ。その姿を見てカーボンが笑みを漏らす。


「喜んでもらえたならよかった。俺も何回か来たことがあるが街の中はもっと驚くぜ? ルクセリアの街よりも人口が多いから人酔いしないようにな」

「……」


 カーボンの話を聞きながらその初めて見るファンタジー世界の国を瞼に焼き付けるように見る。


 コルデー達が街で暗躍している時、ボールスは漸く王都に到着した。






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