第36話 裏で蠢く悪意
◆
とある夜の帳が落ちた夜更け。王都のとある豪華な一室。光の乏しいランプが灯る中二人の人物が話し合っていた。
一人は赤と白の貴族が着込むような豪華な衣服を着ている男性。燻んだ金髪に碧眼。整っている顔。そしてその衣服を押し上げる豊満な体型。痩せていたらさぞかしモテるだろう。
片方は黒いローブを頭から爪先まですっぽりと隠しているので性別も表情も伺えない。唯一見えるのは横一文字に引かれている口元。
男性は豪華な装飾を施された椅子に腰を下ろしローブの人物は少し離れた場所で壁を背にして立っている。男性の方が話を振る。
「――それで、計画が失敗したということはどういう意味だ?」
「だから言ってるじゃん。相手側にバレたんだって。君お偉いさんなんだろ? そのぐらい話の中から解れよ」
ローブの人物は中性的な声音で目の前にいる男性を小馬鹿にする。
「ぐっ。煩い!」
「……」
男性は癇に障ったのか顔を真っ赤にして叫ぶ。その姿にローブの人物は取り合わない。
「…まあいい。それで、バレたということはここに来る可能性があるのか?」
「んんー、どうかなぁ? それは相手次第だなぁ。ボクからはなんとも。所詮憶測でしか語れないし」
ローブの人物は曖昧な言葉で返す。
「チッ! 使えんな。ではこの後俺はどうすればいい?」
「さぁ? 君がやりたいように動けばいいんじゃない?」
「なんだその投げやりな言い方は。何か具体例を出せ」
男性の言葉を聞いたローブの人物は「ハァ」とため息を一つ吐く。
「あのさぁ、君今の状況わかっている? 君のリサーチ不足で『至聖剣』と対峙したことにより失敗に終わった。君はボク達『闇ギルド』に依頼を出した。ボク達は出された額の働きをした」
ローブの人物は呆れたという表現を隠すことなく身振り手振りで伝える。
「貴様らが失敗したんだろ! なら最後まで責任を持ってなんとかしろ!!」
男性は怒ると座っていた豪華な椅子から立ち上がりローブの人物に唾を飛ばす。
「……」
その瞬間男性に向けてローブの人物から無言の重圧が伝わる。
「ひっ!?」
男性はみっともなくその場で腰を抜かす。その男性を見下ろすかのようにローブの人物が語る。
「お前は本当に何もわかっていない愚か者だな。まず『
ローブの人物はそれだけ言うともう話が無いというように踵を返す。そのまま霞のように一瞬でその場から消える。
何も言い返せなかった男性はローブの人物が消えていく様を呆然と見ていることしかできなかった。
「…くそっ」
重苦しく淀んだ空気の中動けるようになると悪態をつき近くにある椅子を蹴る。
「どいつもこいつも使えない阿保ばかりだ。あぁ、いい。後は俺一人でやる。『
仄暗い笑みを浮かべた。
「…計画は順調だ。後は――」
誰もいない暗闇に向けて何かを語ると何事もなかったかのようにその場を離れる。
◇◇◇
ローブの人物は誰もいない薄暗い室内に居た。室内には窓から差し込む月明かりが照らしている。ベットに腰掛けるとローブを脱ぐ。
月明かりに反射する美しい銀色の髪。宝石のような翡翠色の瞳。小柄なのに何処か妖艶に見える肢体。
「さーて任務も終わったし本部に連絡したから暇ができたなぁー」
華奢な体を左右に揺らして子供のように足をバタつかせる。その表情はどこか子供のようで楽しげだ。この人物の名前はノア。「聖女コルデー」の誘拐を依頼され現地に赴いた際にボールスに阻止された女性。
ボールスに体を触られたことで責任を取らせようと思った。初めはボールスのことを「好き」などという感情は抱いていなかったがボールスと会話とコルデーへの対抗心から本当にボールスのことを好いてしまった。
「彼には曖昧に答えたけど必ず聖女達は来るだろうねぇ。もしかしたらボルスくんも来るかも。なら少し王都に滞在するかなぁ。来た時のためにおめかししないと」
シノはそう言うと次ボールスに会える日に想いを馳せていた。出した結論はパーフェクトな自分を見せるために睡眠を取ること。
やはり女性にはお肌…美貌は大事。睡眠は重要だ。
「正直、聖女とか王族の問題はどうでもいい。やりたければ勝手にどうぞ。ボク達はボク達で楽しむから。ボルスくんと早く会いたいなぁ」
ボールス以外に眼中などなかった。シノはそのままボールスのことを想いながら眠りにつく。
裏で巻き起こる悪意は虎視眈々と人々の知らぬ間に動き出す。
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