第32話 後日談



 ◇



 俺が目覚めてから2日が経った。

 今では重度の血虚と疲労も全て完治して外出の許可も出たので自由に外を出歩けられる。普段着用している茶色コーデはコルデーが洗ってくれたようで綺麗だ。病室に置いてあったので感謝の気持ちを込めて着用。


 病院から退院後街の住民からお礼の洗礼を受けた。それは今回助けた人。以前からの知り合い。自分を嫌っていた人全ての人間から受けた。


 みんなからは一言。


      【ありがとう】


 ただそう言われた。


『あれ、なんだよ…おかしいな。どうして目から涙が、こんなに溢れるんだよ』


 心の中に何か熱い気持ちが広がり、胸から込み上げて自分の意思とは関係なく涙腺は決壊した。


 「ありがとう」


 誰でも使い交わし合うありふれた感謝の言葉。生活の中で当たり前の会話に過ぎない。ただ「ボールス・エルバンス」という男は自分が堕落してから終ぞ聞かなくなった言葉。

 思う…「ありがとう」その言葉がこんなにも身に染みる日が来るとはと。


 

 ◇◇◇



 情け無い姿を見せてしまった俺は街のみんなに微笑ましいものでも見るように見られながらもどうにかして冒険者組合ギルドへと辿り着いた。


『――ボールス君。すまなかった。君に最後まで歩み寄ることをせずに一人にしてしまった。私達は君を見捨ててしまった。本当にすまなかった!!』

『『ボールスさん、すみませんでした!』』


 冒険者組合ギルドに初めて佐藤巧ボールスとして足を運んだ時待っていたのはギルド長であるカインとその場にいる職員達、冒険者達の謝罪の言葉だった。


『えっと…』


 突然のことで頭が真っ白になり困惑してしまう。


『困惑させてしまったな。すまない。でも君に我々が与えてきた苦しみをどうにかして償いたかった。この度の件もそうだ、本当にありがとう』

『……』


 それだけ言葉にしたカインさんを筆頭にまた深々と頭を下げられた。

 俺はそんなカインさんや職員、冒険者達を見たらなんだか苦笑いが浮かんでいた。


『顔を上げてください』

『…ありがとう』


 みんなは顔を上げてくれる。カインさんは代表してか頭を上げると真剣な眼差しで俺の顔を見てくる。その顔が何処か懐かしいと思う気持ちに支配されながら告げる。


『…。こうして面と向かって話すのもですね』

『そう、だな。君がこのギルドに来てもう15年という長い月日が流れたのだな。お互い歳をとった』

『ですね』

『『『……』』』


 昔からの友人のように語り合う二人を見て他の冒険者や職員は唖然としていた。


 実はボールスとカインは昔からの旧知の知人でボールスが冒険者組合ギルドに来た時の教官役がカインその人だった。

 今はギルド長という肩書きを持っているが昔はボールス達若い世代を教育する"鬼教官"と呼ばれる存在だったりする。


 少し昔の思い出に感傷に浸りながら、ポツリポツリと語りだす。


『俺は…馬鹿でした。屑でした。本当にどうしようもない人間でした』

『肯定はしたくはないが…君は以前まで荒れていた』

『返す言葉もありません。俺は気づいたんです。自分がやってしまったこと、事の重大さ。失った信用を改めて痛感して自分の稚拙で浅慮な行動に。何やってるんだろうなって』


 俺はみんなが聞こえやすいように話すとこの場にいる全員に向けて頭を下げていた。

 

『色々な人に迷惑を掛けた上でこんなことを言うのもムシの良い話かもしれませんが、俺の方こそ皆様に大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!!』


 意地を通すために誠心誠意を持って謝る。その姿を見てカインさん達はやはり目を丸くする。


『ボールス君は、変わったな』


 驚き半分嬉しさ半分と言った感じでカインさんは微笑みを返してくれた。

 その言葉、その表情に少し恥ずかしさを感じた俺は誤魔化すように頬を掻きながら顔を上げると言葉を返す。


『いえ。俺は何も変わっちゃいないですよ。馬鹿でズボラで優柔不断で今も人に迷惑を掛けまくるアホです。だから俺は変わろうと思いました』


 顔を上げた俺は胸の内を晒し淡々と話す。


『…変われそうか?』

『はは。なんとか頑張ってみます。みんなに信用、信頼してもらうために』

『『『……』』』


 この時、自分がどんな表情を浮かべていたかは分からない。それでもみんなが驚いた顔を作ってこちらを見ていたことからみんなからしたら珍しい顔をしていたのだろう。


『俺は一時期全てを投げ捨てて逃げ出そうかと思ったことがあります。でもそれはただの「逃げ」でした』

『ボールス君…』


 こちらの顔を見て鎮痛な顔を浮かべる。


『この罪は消えない。俺はこの罪を背負ってこれからも人の役に立てる人間になります。今度は間違えない。だから見ててくださいね』

『――ッ。あぁ。あぁ。私もだ。私も君をもう見捨てない。君の成長を見せてくれ』


 二人は互いに幼子のような泣きそうな顔で向かい合い話す。そして最後は握手を交わした。


 その時は初めて自然な笑みを浮かべられたように感じた。

 今までは"佐藤歩"が"ボールス・エルバンス"を通じていた。今は"ボールス"自身が心の底から笑えているように感じられた。



 誰もが羨望の眼差しを向けて羨む「人」になる。人々の「光」になろうという子供が掲げる儚い想い。その強い憧れは最初こそキラキラとしていた。だがその強い感情が「英雄願望」となれもしない淡い夢に変わる。

 憧れを憧れのままで、自分を客観的に見つめて自分の本当の幸せは何か、自分は本当は何になりたかったんだと自分自身に問い掛ければ夢を今も追いかけられたかもしれない。


 皮肉なものだ。夢に挫折した自分は腐っても「悪人」だった。そんな自分に同情などいらない。同情などいらない。

 あぁ、そうさ。それでも自分は前を向き過去に犯した過ちを償うために。失敗と後悔と挫折を糧にの意地を通す。それがたとえ本物のじゃないとしても。


 すれ違った気持ち。互いに踏み込めなかった距離。二人は本音を話して15年という長い年月をかけて漸く互いを許し、和解した。



 二人のそんな姿を見ていた職員や冒険者達は祝福するように拍手を送る。


 なんでも「クトリ」という「D」ランクの冒険者達が「ボールスはいい奴だ」と広めてくれお陰でボールスの悪名は消えていた。

 あの日ボールスの鬼神のような強さを見た人々や助けられた住民も「クトリ」の言葉に賛同して今は「ボールスは本当はいい奴」ということが話題となり定着していた。


 ボールスに対して悪口を言う連中やボールスの悪い噂などは終ぞ消えた。



 和解できたボールス達はその後も話し合った。まず冒険者組合ギルド側からボールスに禁止令として出していた諸々を解除。そして勿論「冒険者剥奪」など抹消した。

 「冒険者剥奪」の件に関してはカインが既に廃止としていたがボールスのことをこの目で見て信用した「クトリ」を含める冒険者達からブーイングの嵐が巻き起きてカインが叩かれたのはまた別のお話。


 冒険者組合ギルド側…カイン個人から「私の権限で君のランクを「C」又は「B」に変えられる」と聞いた。そのことに他の職員や冒険者達から「それがいい」と声が上がる。

 ルクセリアの街を救った今のボールスの強さは「D」ランクなどでは収まり切らないことをわかっているから。


『いえ。俺はこのままで大丈夫です。それよりも――』


 俺はその話を丁重に断った。その代わりある提案を申し出た。


『…そんなことでいいのか? 『ラビリンス』や『クエスト』を一人で受けさせる許可など直ぐに許可するさ。もっと君が望むことを言ってもいいのだぞ?』

『本当に大丈夫ですよ。今までの俺が欲張り過ぎたんです。今の俺が丁度いい』


 カインさん達が説得しても俺は譲らなかった。


 本人が「いい」と断固として譲らなかったのでカイン達は自分達が半ば折れる感じでお願いを承諾した。


 ただそこで意図せずにボールスの株は上がっていた。普通の人だったら絶対に上手い話に乗ってくる。そこをボールスは自を通して真っ向から断る。本当に昔のような傲慢で横暴な自分よがりの「ボールス・エルバンス」は「死んだ」のだと。


 『ラビリンス』と『クエスト』のソロ申請が通ったボールスは最後に挨拶をすると冒険者組合ギルドを後にした。その足でルルから呼ばれていた場所に向かう。


 ボールスが向かった場所は以前ルルと二人で話し合った噴水がある広場。そこにはルルとエレノア。ユートの三人の姿が既にある。


すみませんでした!』


 ユートが神妙な顔つきで歩み寄ると冒険者組合ギルドの時と同様に突然頭を下げられ謝罪をされる。


『うん。謝罪は受け取ろう。ただ立ち話もなんだ。ベンチに座ろうか』

 

 なんとなく流れが始めからわかっていた俺はベンチにユートと二人で座り話し合うことにした。ルルとエレノアの二人は近くのベンチに座り何か言いたげな顔で見ている。


 二人の話はユートから包み隠さず聞いた。


 なんでもユートがルルとエレノアの二人を好きなのは事実。ただそれは"仲間"としての想い…親愛が強いとのこと。

 ボールスに危害を加えて敵対していたのは仲間をボールスから守るため。今までの自分は初めの印象とルクセリアに来てからのボールスの噂を聞いて「悪人」だと決めつけたから。 


『――俺は実際数日前までボールスさんのことを「悪」だと決めつけていました。でもレイアさんに言われて、他のみんなに言われて自分が暴走していたことに気づきました――』


 【魔物氾濫スタンピード】が起きた時レイアたちと行動していた。

 【魔物氾濫スタンピード】を止めた後街が気になるという話が上がった際にレイアから「街は大丈夫」と聞かされる。その理由はコルデーや聖堂騎士。はたまたカインがいるからではない…「ボールス様がいるから」と。


 その話にユートは半信半疑だった。レイアはボールスに洗脳の類で操られているのではないか?とすら疑ったが…ボールスが街の魔物を討伐して住民を救い「S」ランクという格上の存在と真っ向に立ち向かった話を聞いて自分の今までの考えが間違いだったと気づいた。

 その後はルル達の話を聞く耳も持ち全てにおいて反省した。そして自分の罪を償うために行動を移した。その過程でボールスに面と向かって謝りたいと思ったのだと。


『――本当にすみません。俺は俺の身勝手な考えで貴方の人生を台無しにするところだった。謝って済む話じゃないのは重々承知です。俺はどんな罰でも受けます』


 話し終えたユートは自分の行いのけじめをつけるため俺に正面から話してくる。その顔、目から意志が伝わった。

 だから俺もその気持ちを汲んで対応をする。


『いや、君一人のせいじゃないさ。元々俺が君達にちょっかいをかけたのが原因だ。君が罰を受けるというなら俺も受けよう』

『え、いや。ボールスさんはもう、俺のせいで皆さんから…』

『そう言ってくれるのはありがたいが俺は君が思うよりも酷いことをしてきた。君が思っていないことも含めて一生消えない罪をね』


 苦笑いでありながら少し自虐的に哀愁を込めた顔で告げていた。


『それに俺は君に助けられた』

『え、俺がですか?』

『あぁ。君にだ。俺は君に気絶させられる前まではクズという言葉が相応しい人間だった』


 「不本意だがね」と苦笑。


『俺は何かやれたのでしょうか』

『うん。俺は救われた。君のお陰で変われた』

『そう、ですか。はは、なんかむず痒いですね』


 そう言って笑みを見せてくれたユートの顔は何処か憑き物が抜けたような年相応の青年の表情だった。そんな顔を見た俺は自然に笑っていた。


『君が自分を許せないと言うように俺も俺を許せない。ならお互いが許せる日に立ち会える日まで頑張ろう。今回はお互い様ってことでね』

『そうですね。それがいいです。俺はこんなことでボールスさんと疎遠になるのは嫌だ』

『じゃあ決まりだ』


 俺は握手を求めるように右手を出す。何の合図もしていないのにユートも右手を出してくれた。そしてお互いに握手をする。


『これからも宜しく。今から友人だな』

『はい。こちらからもどうか宜しくお願いします』


 握手を交わした二人は向かい合い笑う。



『…ん。なんかユート嬉しそう』

『というか握手長すぎじゃない?』


 二人の様子を近くから見ていたルルとエレノアはコソコソと話し合う。


 そんな二人に気づかないままこの後のことも話し合った。


 まずランクなど関係ないから自分達のパーティに入って欲しいとユートから懇願された。しかしそれは丁重に断った。「自分にはやることがあるから」と。残念がっていたので「呼ばれたら手伝うから」と付け足しておいた。

 女性陣からは「ユートのせいでボールスとパーティ組めなかった」「お前が出て行けユート」と辛辣な言葉が飛び交っていたので間に入って止めた。ユートが涙目だったので流石に放置はできない。それにユートにはルルとエレノアの「制御」という大事な役目があるのだから。


 落ち着いた後聞いた話では今回の【魔物氾濫スタンピード】の事件はユート達「黒曜の剣」が中心で活躍したということで王国から呼ばれていると。そのことを知っていた俺はあるお願いをした。


『――聖女様の護衛、ですか?』

『あぁ。彼女はあれで色々と大変みたいだからな。王都に行くなら聖女様の護衛を陰ながらお願いしたい。出来る限りでいいから』

『わかりました。ボールスさんが言うなら』


 ユートは笑顔で軽く受け入れてくれた。やはりあの時見せたものは暴走から来るものだろうな。


『見返りは?』

『「A」ランクの私達をタダ働き?』


 女性陣が真顔で聞いてくる。


『あ、おい二人共。ボールスさんは俺達が王都に行く時に聖女様も同行するからついでにって話だぞ』

『『ユートは黙れ』』

『あ、はい』


 リーダーらしく二人に優しく論していたが二人からの口撃で一撃で沈没。


『で?』

『ま、私はタダ働きも悪くないけど。ボールスさんが私に命令をしてプ――「わかった! なら俺が出来ることを一つ叶えよう!!」…今回はそれで手を打つわ』

『ん。許す』


 二人に口撃をされた俺は直ぐに負けを認めた。エレノアに関しては変なことを口にしようとしていたし。二人は納得してくれたようなので安心した。


 そんな目まぐるしい日々が過ぎ。聖女やユート達が旅立つ日になった。

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