第30話 想い人(無)vs恋人(偽)



「ハァ?――ボクが泥棒猫? それにお前のボルスくんだって? 寝言は寝て言いなよ。知能がその肥えた胸にでも全て吸い込まれんたんじゃないの? 一遍死ねば?」


 シノも対抗して表情を歪める。コルデーに口汚く悪口を告げるとボールスでも視認できるほど大きな魔力の渦がシノの体から内包される。


「は? ? 誰が? 誰を?」


 コルデーは自分の悪口には靡かずシノが口にした「ボルスくん」という聞き逃せない単語に苛つき食いつく。


「ハァ? ボールス・エルバンスくん。だけど? ね、ボルスくん!」

「は? は? はぁ? ボールス様があなたの恋人? ボールス様???」


 一方は花が咲いたような笑みを浮かべる天使のようなシノ。もう一方はこちらを親の仇のように睨め付ける悪魔のようなコルデー。


「……」


 あ、アレェ? お、おっかしいなぁ。どっちも可愛いのに体が震えてくるよ。あ、多分怪我のせいだな。うん。絶対怪我のせい。


 決して相容れない双方から舐めつけられ恐怖から声が出ず口の中が渇き何も発せられない。あまりの恐怖に意識が飛びそうになる。


「…そうですかそうですか。そうだったのですね〜! わかりました〜!!」


 ボールスが何もできず怯えているといきなりコルデーが大きな声を出して胸の前で手を合わせる。普段と同じようにこちらを和ませる笑みを見せる。


「ボールス様はこちらのに唆されてしまったのですね〜大丈夫です。わたくしがいま正気に戻して差し上げますから〜」


 コルデーはそれだけ早口で捲し立てるように告げると動けないボールスに聖母のような慈愛のこもった瞳を向ける。そしてシノに乾いた瞳を向ける。


「は? 正気も何もボルスくんは正真正銘ボクの彼氏だけど? 頭でもお花畑な訳?…ん? もしかしてお前「聖女」?」

わたくしが「聖女」だとしてそれが?」


 シノはコルデーの顔を見て今回のターゲットと顔が同じだと気づくが聖女だとわかった瞬間「あはは」と笑い出す。


「どおりでお前の頭の中がお花畑なはずだ。ボルスくんあの女頭おかしいよ。あんな女といたら君もおかしくなっちゃうぜ?」

「え、まあそれは――」

「(コォォォ)」

「(ガクッ)」


 近くにいるシノは優しく諭すように話す。その内容に「同意」しそうになっていたところ何処からか来る殺気に耐えられず失神。


「ちょっとちょっと〜を怖がらせないでくれるかい?」

「ハァ? ちょっと何を言っているかわかりませんね〜わたくしわたくしに怖がる? あなたの目は節穴ですね〜」


 少し暴走気味のコルデーはシノに返事を返してクスクスと笑う。


「は? お前こそ頭どうにかしてるんじゃないの? それに何? もしかしてボルスくんのこと好きなの?」

「は、ハァ!? な、何を、何をい、あなたは、何を…何を言っているのですか?」

「メッチャ動揺するじゃん」


 コルデーの動揺にシノは軽く引く。


 表情を戻し余裕の態度をとる。それはコルデーを煽るように。


「ま、いいよ。残念だけどボルスくんはボクの彼ピなんだぁー? ごめんねぇ〜君の想いは叶わないんだぁ〜?」

「ふ、ふふふ。面白い冗談を言いますね〜ボールス様はわたくしのモノなのですよ?」

「はっ! ボルスくんをモノ扱いとかお前何様のつもり?」


 鼻で笑いながら怒りから頰を引くつかせるシノは背に般若を宿し、聞く。


「「聖女」様ですが何か?」


 聖母のような表情の裏に夜叉を背に宿すコルデーは答える。


「アハハ、そうだったなぁ〜お前は頭の狂った「聖女」様だったわぁ〜」

「フフフ。単細胞は黙っていなさい〜」


 両者は向かい合いながら「ピキリ」と額に血管を浮き出し「ウフフフフ」「アハハハハ」と不気味に笑い合う。その背後には両者が召喚した悪鬼が浮かぶ。着いてきた聖堂騎士達は二人の女の言い争いに入り込めずにいた。


 終始笑い合っていた二人は目に光を灯すことなく仄暗い視線を重ね合う。


「お前ウザいよ。死ねよ」


 シノが用意した魔力の渦が圧縮し極粒の弾丸となりコルデー目掛けて発射。


「あなたキライです。消えなさい」


 コルデーが予め用意した【断罪する聖なる剣ジャッジメントブレイド】をシノに向けて放ち、向かい撃つ。


 両者はお互いに最大出力の攻撃をぶつけ合う…ボールスが近くで気絶していることも知らずに。


「――至聖剣流一の太刀、【片月カゲツ】」


 その時二人の攻撃の間に入った人物は自身の騎士剣を抜刀して素速く円月状に剣技を放つ――「バシュッ」と二人の攻撃を掻き消す。


「なっ!?」

「むぅ」


 シノは自分の本気が掻き消されたことに目を剥き。コルデーは知っている人物に邪魔をされたことに不服そうに頰を膨らます。


「ふぅ。危なかった。お二人とも喧嘩はいいですがもう少し周りを見てください」


 二人の攻撃を掻き消してボールスの元に一瞬で移動した人物はボールスを守るように位置取りコルデーとシノに注意を入れる。


「お前は…」

さん邪魔しないでください!」


 助けに入ったのはボールスと仲のいい茶髪の騎士オーラスだった。シノは慄き、コルデーは自分の知り合いに邪魔されたことで抗議を入れる。ただオーラスは苦笑を浮かべるだけで取り合わない。


「聖女様。邪魔をしたのは申し訳ありません。しかし今の状況を鑑みてください。エルバンス殿は大怪我の上をしています。貴女達の攻撃がこの場でぶつかり合えば…お分かり頂けますよね?」


 それどころか注意を入れる。そのことに他の聖堂騎士達は黙認。


「――あ、も、申し訳ございません…」


 騎士オーラスに言われて漸く周りの状況を察したようでコルデーは顔を青ざめて項垂れる。オーラスはコルデーから視線を外してシノに向ける。


「そして貴女。今回は見逃すのでお引き取りを。私達に勝てないことは承知の事実でしょう?」

「――あぁ。ただついてないなぁ。聖堂騎士トップの『至聖剣』がいるなんて聞いてないよ」


(相手が悪いなぁ。まぁ今回は聖女なんかよりもいい見つけものができたからここは退避しようかなぁ)


 オーラスに問われたシノは冷や汗を浮かべ部が悪そうにジリジリと後退する。その内心を悟らせず。


「ははは。貴女のような美しい女性に名を知られているとは光栄です」


 そこで人の良さそうな笑みを浮かべるが一瞬で目を細め冷気を纏う冷ややかな視線を作る。


「ただこれ以上何かをするようなら剣を交えてもいいですが…貴女、死にますよ?」

「!!――わかった」


 オーラスの殺気を間近で受けたシノはその場をバックステップして後退する。そのまま自身の近くに黒いモヤを作る。


「でも覚えておきな。ボルスくんはボクが必ず貰いに来る」


 それだけ伝えると黒いモヤに吸い込まれるようにシノは消える。その時コルデーが「あなたにあげませんよ〜!」と喧嘩腰に告げる。シノは何を言うでもなくあっかんべーをして消えていく。


「…いきましたか。恐らく彼女が今回の犯人でしょうね。ただ今はエルバンス殿の怪我を治すのが先決です。聖女様」

「既に【上位治癒ハイヒール】を使ってますよ〜」


 オーラスがシノが消えた場所をジッと見ながらコルデーに話しかける。雰囲気をいつものコルデーに戻すと【聖楯プロテクション】を解いたコルデーはシノなど見ておらずボールスに近づき怪我の手当てをしていた。ボールスの患部に両手を当てがい【上位治癒ハイヒール】を行使する。心地良くも暖かい緑色の光がボールスの体を包む。少しずつ傷口が塞がっている。


「エルバンス殿は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ〜わたくしの治療ですからね〜の籠った〜」

「左様ですか」


 主の言葉にオーラスは苦笑いを作る。他の聖堂騎士達もボールスの無事を知って胸を撫で下ろす。


「彼女は『闇ギルド』の『虚無』でしょうね。あの洗練された【転移魔法】なら頷けます」

「そうですね〜ただボールス様が無事で良かったです〜」


 心からそう思っているようにコルデーの表情はとても柔らかい。


「エルバンス殿もよく『虚無』相手に善戦とはいかなくても耐えましたね。彼女は「S」ランク相当の実力を持っているのに」

「ふふん。なんせわたくしが認めたお方ですからね〜」

「ですね。お二人とも凄いお方ですよ」



 オーラスの言葉にコルデーは自分のことのように自慢げに話す。聖堂騎士達は主の幸せそうな顔を見れて嬉しそうだ。


 ボールスの治療を終えたコルデー達はまだ意識を取り戻さないボールスを安全な場所まだ連れて行く。同時期にレイア達も『ルクスダンジョン』付近の魔物を討伐を終えて帰ってきた。


 その時にボールスが怪我を負っていることでレイア、ルル、エレノアの女性陣が大騒ぎを起こす。その様子を罰が悪そうにユートが遠巻きで見ていたのはまた別のお話。

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