第29話 恋人(偽)



 死を覚悟した。しかしおかしなことに一向に攻撃が来ない。


 な、なんだ? もしかして俺の抱き締めで殺ったか?


 自分も動けないためいまいち状況が把握できない。一縷の希望を胸に仰向けのままどうにか首だけを動かして屋根の様子を見ようと試みる。


「……」

「うぉっ!」


 なんとか首を回して屋根の様子を見ようとした時近くに誰かがいる気配に気づき見ると…シノが微動だにせず立っていた。

 自分は動けず悲鳴をあげることしかできず。こちらを見るシノに何をされるかと思うと怖かった。フードを被っているため表情が伺えないことがなお、こちらの恐怖心を誘う。


「…責任、取れ」

「――はい?」


 口を開いたと思えば掠れた声で「責任をどうたら」と言ってくる。意味が分からず返答に困ってしまう。自分が何も返せないでいると近寄ってきて馬乗りになってきた。そのまま藍色の肌着を掴まれる。


「と、惚けるな! き、君はその、ぼ、ぼ、ボクの胸を触っただろ!!」

「ぐっ…え、胸?」


 言われた言葉に戸惑いを隠せず聞き返した。


「そ、そうだ! あんなにイヤらしく触って。その、ボクの腰におち…穢らわしい、モノも擦り付けて…屈辱だ」


 ボールスの肌着を離すと真っ赤な顔に羞恥心からか声も体も震えていた。 


 そこで俺もあることに気づく。


「え、えっと。まって。もしかして…女性の方でした?」

「当たり前だろうが!! ボクは正真正銘だ!!」


 叫ぶと頭に被っていたローブのフードを脱ぐ。そこには肩口で揃えている美しい銀色の髪に俺を睨みつける翡翠色の瞳。赤く熱った頰…と小柄ながら普通に美少女だった。「ボクっ娘きたー!!」とか叫んでいる場合じゃないらしい。


 何処をどう見ても女性。ルルやエレノア達と同年代ぐらいの少女だ。考えてもみればあの時抱きついた時に触れた手のひらサイズの…考えるのをやめよう。

 戦っていた奴が少女だったなんて。でも胸を触られたから責任を取れって…いや。ボールスよ。よく考えろ。ここで下手な発言をすれば終わる。


「す、すまない。君が女性だったとは知らず。大変不快な真似を」


 動かない体に鞭を打ち謝罪を行う。


「そんな話しはどうでもいい。それよりもどうするか言え。今すぐに殺してやってもいいんだぞ! これはボクのお情けだからな!――き、君がどうしてもボクと、あの、アレだったら…考える、けど」


 憤慨したと思いきや次第に声が小さくなり口籠る。少女のようにしおらしくなり今もこちらの顔をチラチラと見てくる。


「えっと」


 その姿を見て思う。


  【もしかして、チョロいのでは?】


 頭の中にふとそんな考えが浮かぶ。


 世の中には「チョロイン」という人種がいる…らしい。物語やフィクションだけの物だと思っていたが実在はした。


 ここは穏便に済ますということを考慮して俺が折れる番だな。そして情報を聞き出す。


「わかった。責任を取ろう」

「え、いいの?」


 本当に返事が返ってくると思っていなかったのか目をパチクリさせて驚いている。そんな彼女の信用を得るために頷く。


「あぁ、こんなチョ…可愛くて強い子が俺みたいな奴を好きになってくれたんだ。俺は君を大切にしたい」


 俺は自分で一番キマッている顔だと思う表情を浮かべてシノを見る(横たわりながら)。


「ほぁー」


 シノはシノで恋する乙女のようにトロンとした表情で見てくる。


 ふっ、落ちたな。チョロインなど恋愛歴百戦錬磨(嘘)の俺にかかれば容易い。


 内心悪どい笑みを作る。


「あ、あの。じゃあボク達は、その今から…なの、かい?」

「ぐはっ!」

「ど、どうしたんだい!?」


 突然吐血を吐くボールスに寄り添う。


 実際吐血を吐いたのは【ブースト2段階ツヴァイ】の後遺症だが別の意味でも吐血をした。嘘だとしてもシノが見せる「顔」と「恋人」という言葉にドキリとしてしまった自分がいた。


 そんなこと言われたら惚れてまうやろ!


 バカは内心でバカなことを叫ぶ。


「い、いや。大丈夫。怪我の傷が痛んだだけだから」

「ご、ごめん。ボクのせいで」

「いいんだ。これも君と一緒になる試練だと思えば俺は戦える」

「…あなた」


 なんかになっているが…うん。


 どういった表情をすればいいのか分からず適当に微笑でも浮かべておく。


「あ、そうだ。ボク達ちゃんと自己紹介してないよね。その、恋人ならお互いの名前知らなくちゃ。えへへ」

「あぁ。そうだな」


 俺は突然のシノの言葉に同意する。なんかもう仕草の一つ一つが純粋で可愛くて泣けてくる。この少女が今回の首謀者だと思うと…うぅーん。

 正直腑に落ちない。初めの頃の狂気的な性格ならまだしも今のシノ彼女を見てしまうと。今回の話をどう整理すればいいのかも分からない。けどシノがこちらを見てくるのでまずは自分から自己紹介を決行した。


「俺はボールス。ボールス・エルバンス。棍棒使いのしがない冒険者さ。こんな姿勢でごめん」

「ううん。そんなことないよ。ボールスくんかぁ。えへへ、いい名前だねぇ」


 ボールスの名を知ったシノは頬を緩ます。


 うん。一瞬偽名を使おうか悩んだが、使わなくてよかった。なんか嘘ついたら殺されそう。


 シノの嬉しそうな顔を微笑みながら見ているが内心では体をガタガタと震わせている。シノは柔らかい笑顔を作り微笑む。


「ボクの名前はシノ・アーダルト。【空間魔法】の使い手さ。所属は『闇ギルド』のギルド員にして諜報役だよ」

「『闇ギルド』?」


 名前とか魔法とか色々とツッコミ要素が満載だったが唯一知らない単語が出てきたのでつい聞き返していた。


「あぁ。君は知らないか。ボク達『闇ギルド』は冒険者組合ギルド。要は

「――ッ」


 「君の敵」と聞いた俺は一瞬背筋が凍り冷や汗が額に滲むのを感じた。


「まあそんなに身構えないでくれよ。ボクと君は恋人同士になったんだから。危害なんてもう加えないさ」


 シノはそう言うとその真っ白な右手で壊れ物を触るように俺の頬を優しく撫でる。されるがままの俺はできるだけ声音を柔らかい物にして問う。


「――一つだけ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「シノは何をしにこの街に?」

「うぅーん、答えてあげたいけど答えにくい質問だね」


 顎に手を当てて困り顔を作るシノに慌てて早口で伝える。


「あ、いや別に答えづらいならいいんだ。無理に俺も聞き出すつもりはないし。ただ恋人同士なら隠し事は無い方がいいかなーとか思っただけだ。はは、うん」

「……」


 笑いながら話す俺にシノは無言で腰を下ろすといきなり俺の胸に顔をつけ、血相を変えて縋り付いてくる。


「ご、ごめん。ごめん。そうだね。恋人ボク達に隠し事は要らないよね――」


 突如豹変したシノは「ごめんごめん」と永遠と謝りながら今回のこと。他に聞いても無いことをペラペラと話す。


 まず魔物が暴れる混乱の中聖女の誘拐を決行しようとしたこと。『闇ギルドシノ』に依頼を出したのは王国の王子「ステンノ・ウェルデン」。聖女の盲信者らしく聖女との婚約を無理矢理繋ぐために攫おうと頼んだと。

 魔物がルクセリアの街の中に現れたのは予め用意していた魔物をシノのスキル【空間魔法】で呼んだ。他にも『ルクスダンジョン』や周辺に魔石を残して無理矢理魔物を増幅させて魔道具で「混乱」状態にして簡易的【魔物氾濫スタンピード】を起こしたこと。


 他は今まで付き合ってきた人は居ない「処女」だとか。自分は『闇ギルド』で諜報部隊のリーダーを勤めてお金をたらふく持っているからボールスにはひもじい生活をおくらせないとか。

 もう聖女の誘拐なんかどうでもいいからボールスを攫うとか。今度からボールスの名前を「ボルスくん」と呼んでもいいかい?とか色々シノから話を聞いた。


「――これが全部だよ。ボクはもう一つもに隠し事などしていない!」

「そ、そうか。ありがとう」


 話を全て聴いていた俺はシノの豹変ぶりに驚くとともに今回の騒動について知り「周りの人は大丈夫なのか?」と不安になってしまう。それも目の前の少女は中々と闇が深いと思い怖くなる。『闇ギルド』だけに。


「ボクも話したから君のこともっと教えて欲しいな」

「あぁ、俺は――」


     ドゴッーーーー


「!」

「な、なんだ?」


 パッと花が咲いたような満面な笑みを向けてくるシノに答えられる範囲で答えようとした時遠くから爆音が轟く。そのことにボールスとシノは驚き音がした方角を見る。


 そこにはここからでもわかるキノコ型の雲が青い空に浮かび上がる。


「――まさか。いやでもあの方角は…」


 神妙な顔を作るシノは一人の世界に入る。


 なんだ、なんだ。次はなんだよ。シノも考え込み出したし。


 ボールスが物事についていけないでいると考えが纏まったのかシノが顔を向けてくる。


「ボルスくん」

「あ、あぁどうした?」

「今からボクが使う【転移魔法】でこの場を離れる。ボクの手を握ってもらえるかな?」

「えっと、何を?」


 その質問の意図が分からず、首を傾げる。


「あぁ。それは後から話すから今は――「【聖楯プロテクション】」――ぐっ!!」


 シノが無理矢理ボールスの手を握ろうとした時ボールスの体を守るように目で視認できるほどの光の膜が覆う。その光の膜に弾き返されたシノの手から血が滴っていた。


「え、シノ? 何が――」


 シノの血が滲む手を見てシノが睨むその先を見る。


「あらあら〜随分とボールス様においたをしてくれたようですね〜」


 そこには聖堂騎士を率いるコルデーの姿があった。コルデーは右手に白い本を持ちいつもと同じようにニコニコと笑みを浮かべるがよく見るとその目は笑っていなかった。


「即刻そのお方から離れなさい――


 光を通さない仄暗い目を開けシノに口汚く言い放つ。その瞬間コルデーが持つ白い本が発光すると周りにはいつの間にか【断罪する聖なる剣ジャッジメントブレイド】が10本ほど宙に現れた。


 


 



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