第15話 本物のペナルティ




 そんなことはさておき。『善悪計君一号』の話をしようか。何故こんなにも数値がマイナスに増えているのかを。



 【善悪計君一号】


  ・「善行」…善良等。良いこと又は人助け等をした時に「+1」される。


  ・「悪行」…悪事等。又はコルデーがダメだと思った時に「−1」又は「−その時の気分」になる。



 上記の通り『善悪計君一号』は「善行」と「悪行」を計る魔道具だ。ただ何故そんなに数値がマイナスになったのか?…正直俺でも確かなことはわかっていない。何故なら「悪行」がコルデー聖女の完全なる匙加減なのだから。


「あれは記憶に新しいな。俺が改心(笑)をして街の住民と打ち解けていた時、人助として男女問わずなんでも頼まれていた。お金…信用・信頼が欲しかったからな。ただその時初めて『善悪計君一号』の一日のマイナス値が「−100」を超えた」


 以前起きたことを思い出し青ざめる。


 一週間と少し経ったある日、『善悪計君一号』の数値がいつの間にか「−100」になっていた。その日やったことと言ったら男女問わず人助をしただけ。「何故?」そんなことを思っていたら背後から近付いてきた何者かに対抗できずに気絶させられる。目を覚ましたら目の前に微笑むコルデーの姿があり。赤い椅子に座り俺を見下ろしていた。そこで聞かされた。


『一日に『善悪計君一号』の数値が「−100」を超えてしまったボールス様にはペナルティを受けてもらいます〜』


 ということを言われそのペナルティとやらの内容を告げられる。「明日、二の鐘が鳴る頃に「ル・フェリア」という喫茶店でお茶会をする」というお誘いペナルティだった。



 【少し小話】


 【時刻(鐘)】


 ラクシアでは各国、各街の高台又は教会近くにある「鐘」の鳴る音で時刻を示す。


 ・一の鐘 7時

 ・二の鐘 10時

 ・三の鐘 12時

 ・四の鐘 15時

 ・五の鐘 18時

 ・六の鐘 20時


 となる。


 「一の鐘」で一日が始まり「六の鐘」で一日が終わる。毎日がこんな生活だ。


 コルデーが口にした「二の鐘」。つまり「午前10時」に待ち合わせということ。子供達には「晩鐘の金がなる前に家に帰る」と教え込む。意味は「夕方につく鐘」。


 

 当時の俺はそれの「何がペナルティなんだ?」と思っていたが後に自分の認識の甘さに後悔することになる。


 当日少し早目に「ル・フェリア」なる喫茶店に着いた俺は洒落た佇まいのお店の中に入る。服装はいつもと変わらない茶色コーデ。

 ある一席には既に席に座る白を基調とした清楚系私服姿のコルデーの姿があった。そこには他の客の姿は無い。聞いた話だが聖女が来るということでその日一日は店を貸切だったそう。


『コルデーさん、遅れてしまいすみません』

『いえいえ〜待っている時間も楽しいものですよ〜』


 聖女女性を待たせてしまった俺は急いでそばに寄り謝罪から入る。コルデーは気にしていないのか許してくれた。流石聖女と言ったところだ。

 ただ、俺は何をされるんだと緊張していた。でも蓋を開けたらコルデーの今日のコーデについてや近状報告といった他愛もない会話。何故か女性との関係も聞かれたが全て当たり障りのない返答を返した。ただペナルティと言われる割には思っていたほど殺伐としたものでは無さそうで安心した。


『こちら御注文の季節の果物盛り合わせタルト一つ、ベイクドチーズケーキ一つとアイスティー一つ、アイスコーヒー一つで御座います』


 二人で話している時店員さんが頼んでいた食事を持ってくる。


『わ〜美味しそうです〜ボールス様はアイスコーヒーがお好きなのですか〜?』

『え、えぇまあ、そうです』

『そうなのですね〜わたくしも今度コーヒーを挑戦しますか〜苦いと聞くので頑張ります〜』


 店員さんが持って来た商品をテーブルの上に並べている間和気藹々と二人は話す。話を振られた俺は他の人の目もあるので念のため敬語を使う。


『――では、ごゆっくりとお寛ぎください』

『はい〜ありがとうございます〜』

『ぷっ』


 店員さんに礼儀正しくお客であるコルデーがお礼を伝える。そのことに俺は少し吹いてしまう。


『! ボールス様〜?? 何を笑っているのですか〜???』

『あ、いや。客なのに店員さんに礼儀正しくお礼を言うコルデーさんが面白くて、つい』


 まずったと思った俺は自分の口を手で押さえながら弁明する。


わたくしは神の教えで誰にでも感謝をするようにしているのです〜それを笑うボールス様には罰として〜チーズケーキ一口食べさせてください〜』

『え、まあそれぐらいなら』


 思っていたよりも優しい罰で済んだ。これ以上機嫌を損なえないためにも直ぐにチーズケーキを一口分切り取る。そしてお皿をコルデーの近くに寄せる。


『はい、一口分切り取ったので食べていいですよ』

『…(ぷい)』

『え? あれ?』


 自分は確実に正解の行動をしたつもりだった。でもそれはコルデーには正解では無かったらしくそっぽを向かれてしまう。


 どうしよう?と悩んでいたとき。


『――ボールス?』

『え?』

『(ぷい?)』


 自分達の席に食事を持って来たウェイトレスが去り際の体勢で俺の名を呼ぶ。そのときウェイトレスの目と目が重なる。

 ウェイトレスは白と赤の可愛らしいフリルが付いたウェイトレス用の服。顔は無表情だが美人。白髪に前髪に一房の水色のメッシュが入った短い髪。そしてよく見るとピンと立つ白色の耳とフリフリ揺れる尻尾が生えていた。

 ウェイトレス彼女を何処かで見たことがあると内心思いながらも「耳」「尻尾」という「キャットシー」の特徴をマジマジと見ていた。そのとき目前から視線を感じた。


『ジ〜〜〜』


 ちらりと目線だけ送ると案の定コルデーが自分のことをジト目で見ていた。


『やっぱり、ボールス――』


 対面に座るコルデーに怯えているとそんなことを見ず知らずだと思われるキャットシー彼女が口にする。そのまま抱きついてくる。


『へ?』

『あ?』


 目の前のコルデー聖女から女性が出してはいけないドスの効いた声が聞こえたが今はそんなことを気にしている場合じゃない。


『ボールス、ボールス。お前のおかげでうちの家族は村は救われた。ありがとう』


 何故ならボールス自分の胸に泣きながら抱きつき小ぶりな胸を擦り合わせ感謝の言葉を伝えてくるのだ。ただ目の前にいるコルデー聖女の顔が阿修羅のような表情に変化していて怖かったのでなんとか自分から離れさせることに成功。彼女が落ち着いたところでなんのことか聞いてみた。今は近くの椅子に座ってもらっている。

 

『私の名前は、ルル――』


 キャットシー彼女の名前は「ルル・マーシー」といい。黒髪の青年と一緒にいた女性の一人。

 家族と村のみんなの流行病を治すために冒険者として旅に出た。その時黒髪の青年と会い青年の強さを知り冒険者として一緒に冒険をしていた。そんなある日、自分達の目の前に聖女と名乗る女性が現れたという。その聖女と名乗る――女性はこう言った。


わたくしはあるお方――ボールス様から貴方達にお渡しするものがあり来ました。慈悲深いボールス様は言いました。"若者達の輝かしい未来の為にこのお金を渡したい"と』


 女性はそう言うと白金貨50枚が入った白い布袋を黒髪の青年に手渡した、と。他にも何か言っていたが最後にお辞儀をするなり「ボールス・エルバンス様に御礼を言うといいですよ〜」と間延びした声を残し去っていったと。

 貰ったお金はありがたく頂き三人で分けた。元々ルルがお金を集めていたと言う理由もあり白金貨30枚=「3000万ベル」を手に入れることが出来た。



『――聖女様経由だったけどボールスがくれたお金のおかげで薬も買えて家族も村のみんなも助かった。本当にありがとう』


 話を聞いた俺はコルデーを見る。表情を戻し落ち着いつきを取り戻したコルデーは「あの時の女性でしたか〜」とその話を覚えているのか納得した顔をしていた。

 ただそのとき俺の頭にはある疑問が上がった。「それ元は俺が貰う金じゃね?」と…まあ貰うと言っても実質コルデー聖女がでっち上げた嘘で、コルデー聖女が勝手にお金をあげたわけなので俺は何も失っていないので何も口に出さないが。その代わりと言ってはなんだが、コルデー聖女の言葉を肯定するべく適当に言葉を返す。


『君の家族達が助かったのなら、役に立てたのならよかった。それに君達には悪いことした。それでチャラとは言わないけど、今後は仲良くしてくれるとありがたい』

『ん。ボールス優しい。初め会った時と全然違う』


 紳士的な言葉にルルは頰を赤らめる。


『キッ!』

『(ビクッ)』


 またしても目前から圧が伝わって来たのでルルには後日話すと言うことを約束し、仕事に戻ってもらうことにした。


『――ちなみにボールスは、うちに何かして欲しいことある?』


 コルデーの発する圧もなくなり安堵していると最後に振り返りそんなことを聞かれた。


『え? 別に何もいらないけど…』


 特に何を要求したいとも思っていなかった。なので断りの言葉を入れる、つもりだったが魔が入り遊び心と言うか悪戯心が邪魔をする。


『あ、強いて言うならルルさんのを触りたい気はするな〜なんて?』


 その言葉は別に疚しい気持ちがあったから言ったわけではない。事実、ボールス――佐藤歩は元々の動物好きから日本にいた際に猫や犬を飼ってみたいと思っていた。ただ自分の仕事柄と住んでいたアパートの件で動物を飼うことは断念した。キャットシーの耳や尻尾は本物の犬猫と変わらないと思い興味が湧いた行動。


『――ボールス、えっち』


 その行動が裏目に出てしまったのかルルは俺のことを少し睨み「えっち」と言うと頰や耳までも真っ赤にして俯いてしまう。


『え、いや、あの、違くて』

『(ゴゴゴ、ゴゴゴ)』

『ひっ!』


 疚しい気持ちなど無かったことを伝えようとしたとき対面から覇気のようなオーラのようなものが漂って来て悲鳴を上げるばかりで動けなかった。


『…でも、少し考えてみる』


 危機迫る俺を他所にそれだけ言うと可愛い白い耳を真っ赤に染めて顔を両手で隠し、その場をかけて去っていく。


『――』


 一人残された俺は感じた。ジト目とか圧とかそんな生優しいものではない――冷気と殺気を孕んだ視線を――



 それから自分の記憶がなく、気が付いたらラクシアに来た時と同じようにゴミ捨て場に捨てられていた俺氏。ただし洋服は着ている。



『…ここ、何処だ。なんかデジャブ』


 周りを見回し、自分のいる場所を確認した俺はゴミに背中を預ける。そして気になったのか右手首に付けていた『善悪計君一号』を見る。そこには――


       「−2905」

 

『……』  


 と表示されていた。  


 人間理解を及ばないことを見ると思考が停止するらしい。せっかく「善行」を働いて稼いだポイントがたった一つの行動だけで「−2000」も増え水の泡になった瞬間だった。そこで漸く気付く。

 『善悪計君一号』はボールス自分が「女性関連」と何かをすると「悪行」として「−」されると。その時本物の「ペナルティ」はだったのかと後悔した。初めからコルデーとルルで仕組んでいたのかと勘違いし、震える。


 そして思う。


『俺、コルデーに嫌われすぎだろ』



 ボールスは知らない。コルデーは良かれと思って『善悪計君一号』を使い試練を出し、自分のことを意識してもらおうとしていることを。

 ボールスは知らない。「キャットシー」という種族は「耳」を触ること即ち「親愛」。「尻尾」を触ることを――「」を示すことを。

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