第二五話

 真哉は公立通信制小中学校法案成立の時三歳になっていた。やっぱり発達にどこか障害を持っていた。記憶力は抜群だが全く他人とコミュニケーションがあまり取れないのだ。とうとう拓哉や洋子の両親と連携して子育てが始まった。


 「大丈夫。お父さんたちがあなたに居場所を作ったからね」


 お父さん……。父って存在は重いな。


 「拓哉、今度はこの子を幸せにするために一丸となって努力するよ」


 真哉は保育園を辞めておじいちゃん、おばあちゃんも一体となって面倒を見る事になった。やがて真哉は通信制小学校入学一期生となった。家で勉強し、課題を郵送パックで送る。ペット霊園で町おこしした私たちはとうとう社会の在り方をも変えたのだ。

 そんな拓哉は真哉が小学校二年の時にスターレット聖職者指導の基本を書き上げ出版した。スターレット職指導者としての臨床と経験は拓哉がフロントランナーである。宗派の上層部が拓哉へ懇願し、八景学院大学神学研究科博士後期課程に入学し、スターレット職指導の研究を行うことになった。大学側は「お帰りなさい」の声一色であった。こうして拓哉はまたしても学生となった。いわゆる現職大学院生となったのである。

 博士後期生は授業が年一コマしかない。要は博士論文を書くことに専念するのが博士後期生の使命なのである。しかし文系は理系のように実験機器を駆使するわけではないので新規性を発見するのは難しい。とうとう博士3年が過ぎた。この時真哉は小学校五年になっていて拓哉はこの時三一歳になっていた。まさか三一歳になっても学生のままだなんて……。想像も出来なかった。もちろんスカラーシップ生である。しかし博士四年以降は留年となるので学費が発生する。生まれて自分は初めて大学や大学院の学費を払うのである。真哉に申し訳なかった。真哉の学費の分を自分の分として使っているようなものである。もっとも夫婦合わせての年収は一千万を超えるから博士後期生の年間六六万円の学費は負担にはほとんどならないけど……。それでもやっぱ真哉の将来が気になる。思い切って聞いた。


 「ねえ、真哉……。君はどう生きたい? 僕たちのように牧師やスターレット資格者にならなくてもいいよ。仏教系でも神道系でもいいし、ボッチにならない人生を選んでもいいよ……?」


 十歳になってはじめて自分の子供に人生をどうするのか聞いた。その答えは……。


 「ぼくは通信制小学校に居るくらい、『ボッチ』じゃないと生きていけない人間だよ。だから僕もお父さんやお母さんのような人になる。だから、今のうちに世界史と聖書勉強したいんだ! だめかな? お父さん……」


 「真哉……!」


 父はただ我が子を抱きしめた。


 「ありがとう……」


 なぜなのだろう、涙が流れていく。


 「おとうさん、痛いよ……」


 息子は笑っていた。


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