第二二話

 大学院生としての入学式が終わると早速大学院の授業が始まった。大学院の授業は学部の比ではなかった。レジュメを作って授業で読み上げる。課題となる論文を探すために毎週のように国立国会図書館に通う。国立国会図書館は全国の紀要論文も査読論文も集められている。これが大学図書館だと所蔵されていない論文は2週間も取り寄せになる。院生の場合国立国会図書館を駆使できないとドロップアウト確定である。論文タイトル検索は『cinii』を駆使する。しかも修士一年からもう修士論文を書き上げないと間に合わない。でないとあっという間に修士三年になってしまう。さらに構想発表会、中間発表で不可を食らった瞬間留年が確定する。同時にスカラーシップ生にとって学費が発生するので家計の苦しい学生は即留年確定は即中退を意味していた。二人はバイトする暇はほとんど無かったが春休みの時のみ教会図書館でバイトした。そうでもしないと牧師兼図書館長となった時に「図書館の実務知りません」じゃ困るからだ。博士後期の神学を打診されたが断った。「僕たちはスターレット資格者も救うために牧師になりたくて修士課程に進学したので、学者になりたくて大学院に行ったわけではない」であった。教授陣は惜しいと言いながら彼らに修士号を渡した。二度目の卒業式を迎え、今度こそ二人は学校を出た。六年間全く学費を掛けずに大学と大学院を出た。大学院修了後盛大なパーティーが行われた。

そして四月から牧師となる赴任先が決まった。神奈川県丹沢市で特に空き屋問題が深刻な郊外の町であった。


「恒例の卒業旅行をおこないま~す」


「まだやるんかい!」


「伝統行事だからな。あきらめろ二人」


「川越」と「高松」を抜いた行先は稚内、根室、旭川、札幌、函館、青森、盛岡、秋田、仙台、いわき、日光、東京、千葉、銚子、大宮、高尾山、横浜、鎌倉、箱根、名古屋、伊勢、広島、鳥取、福岡、長崎、熊本、別府、那覇の計二八の地名が書かれているものをそれぞれ丸めて箱の中に入れて拓哉が選ぶというものであった。選んだものは「稚内」であった。


「うぎゃ~」


「寒い!! 寒いだろ!」


まだ二月。そう、稚内は極寒であった。スマートフォンで調べると稚内の最低気温マイナス六度とあった。


「引いたもんは、しゃーないな」


 教会員一同がみつめる。覚悟は、決まった。

 羽田から稚内空港に降り立つ。極寒の空気がドアを開けた途端なだれ込む。気温はマイナス五度。泊まるのはロシア正教のペット霊園兼宿坊であった。人口減少が著しい稚内市にとってペット霊園による地域再生はまさに福音であった。ペット霊園だけではない。水族館で生きた動物の墓もペット霊園の隣にある。ここは動物霊園も併設しているのだ。客はロシア人が多い。いかにロシア国境が近いのかよくわかる。船で渡れば樺太でもうそこはロシアなのである。ペット霊園隣にイコン堂がある。プロテスタントでは見られない。芸術まで備えてあるのだ。無料拝観券をもらい、翌日イコンを見る。圧倒的な芸術に息をのむ。

イコンを見た後、稚内観光定番の日本最北の地に到着する。


「本当に来ちゃったね」


「今回もいろいろ勉強になった」


「ええ、正教会系のペット霊園」なんてなかなか泊まれないしね」


「もう樺太が見えるね。向こうはロシアなんだね」


 稚内の町はそこらじゅうロシア人だらけだ。ロシアは資源大国である。日本は物価も安くいいものが食えるとばかりにフェリーで大量のロシア人が稚内に観光に来るのだ。二人は稚内空港でチェックインし、羽田に戻る。東京の真冬の気温が温かく感じる。

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