第十九話

 父は無職になってもう五年経って居た。


 「お父さん、まずは牧師室に……」


 牧師室に父が入ると川本牧師は早速切り出した。父の履歴書を見てうなずく。


 「実はお父さんに世界史担当科目をやってほしいんです。時給は息子さんの拓哉君と同じ三千円です」


 「本当はね、八景学院生でもいいんですよ。仮に英語が偏差値四〇、国語が偏差値四〇、世界史が偏差値七五の子が教えたら……その子は世界史担当だけだったら東大生塾講師並みの実力を持ちます。でもね、やっぱ日本って国は学校名で判断する社会なんですよ。聖書科目のような宗教がからむものは神学部生が当然なんですが、世界史となるとやっぱ有名講師陣が充実してかつ高学歴な講師陣をそろえる一般の予備校や塾に流れてしまいがちなんですよ。そこで三田大学を出たあなたに世界史担当科目やってほしいのです」


 じっと川本牧師は見つめる。


 「社会復帰のチャンスだと思いますよ。週四回計八コマなら月給九万以上になる。それにいつまでも奥さんに頼れないでしょ」


 「……」


 「よく考えてください」



 父は考えた末にためしに一コマだけ世界史の担当を引き受けた。父は授業の最初にこう言った。


 「いいか、社会科ってのは頭の良し悪しではない。勉強したかしないかの違いだ。そこが国語や英語との違いだ。この中にも高校生がいると思う。社会は暗記がすべてだ。やったらやっただけ点数が伸びる。最初に徹底的に人物と年号を黒塗りした教科書のコピーを渡す。その黒塗り下部分を徹底的に書け。書いて覚えろ。参考書見るのはそのあとだ!」


 この画期的な勉強法は受験生の学力を大いに伸ばしていった。評判が評判を呼び戸塚教会はさらに人が集まった。父は川本牧師の提案通り週八コマの担当となった。こうして母の年収と父の年収を合わせて年収四〇〇万となり多少の余裕が生まれた。父は五年ぶりの職業生活を手にしたのだ。しかも扶養内パートなので三号被保険者のままであった。父は専業主夫からパート主夫になった。

 一方親の理解がようやく得られた洋子の洗礼式が行われた。洋子は無事北部バプテストの信徒になったのだ。洋子もスターレット資格があるので心構えだけで洗礼を受ける資格が生じた。

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