第十二話

 二人の成績は芳しくなかった。洋子の偏差値は英語五四、国語五三、世界史六三であった。拓哉は英語四二、国語四四、世界史七〇である。高校受験の時の偏差値は二人とも偏差値六〇を軽く超えていたからいかに大学受験というものが厳しいか……。高校受験と違い大学受験は同期の半分しか参加しない競争なのだ。「高校受験の偏差値マイナス十」が大学受験偏差値の相場とも言われている。だから当たり前の数字なのだ。つまり上位半分の競争なのである。これでは2人とも一般ならどうにか受かるが二人はあくまで給費やスカラーシップ希望者なのだ。一般なら軽くニッコマに届くが……。だからと言って自分たちの家庭環境を恨むといった事はしなかった。やがて部活から引退し、受験モードに突入する。しかし夏には指定校推薦や公募推薦、AO入試で神奈川総合大や太平洋大、八景学院大等に大量に入学を決めていく人が出る。もう彼らにとって受験は終了なのだ。一方本気で受験する組は本気で一浪も覚悟でMARCHを志望する集団で自分たちのように給費やスカラーシップを目指す者など皆無に等しかった。

 一二月になった。給費試験の日がやって来た。「洋子、がんばれー」と教会の人が応援する。しかし現実は残酷であった。くしくもクリスマスパーティーの十二月二四日が神大給費生の発表の日なのだ。

 『給費生としては不合格とする。しかし二月一般試験は免除する』とあった。要は学費を全額払うのなら合格証を出すよと言う意味である。洋子にとってこの通知は事実上の不合格通知であった。


 「落ち込むことはない!! まだ次のスカラーシップがある」


 牧師の川本は言う。


 「八景学院の神学部なら君たち二人でもスカラーシップで受かる。宗教系は特殊だから」


 「洋子さん、神学部に行くか?君なら高確率で受かる」


 「でも、親が……」


 「そっか。ちょっと牧師室に来てくれないかな」


 牧師室で二人になった。


 「君は本当に洗礼の意思は無いんだね?」


 「本当の事言うと、初めての居場所だからあるかも」


 「……そう」


 「それと拓哉君の事だけど、本気かい?」


 「……」


 重苦しい空気が流れた。


 「はい……」


 「答えてくれてありがとう」


 「君の両親を説得するとき、一緒に行っていいかい?」


 「はい」


 「川本牧師ありがとうございます」


 二人は再び牧師室を出る。


 「ごめんなさい。こんなお通夜みたいなクリスマスパーティーになって」


 「いいよ。人を救うのが牧師の仕事だよ? かまうもんか!」


 「行くんだろ?拓哉と同じ学部、同じ宗派の大学に。それも牧師養成の神学部に」


 「じゃあ、前途を祝してメリークリスマス!」


 一斉にメリークリスマスの声が上がる。カードゲームなども次々始まる。


 「みんなありがとう……」


 こうして二人は八景学院神学部神学部の受験を決意した。洋子の家族は反対したため受験料は教会でカンパして集めたお金で受験した。八景学院は三教科入試と三教科傾斜配点入試と共通テスト併用と英語資格型の四つを同時に受験する事ができる。が、スカラーシップ生はあくまで三教科一般入試組のみである。落ちたら、三月後期の五教科共通スカラーシップ入試という国立浦和大学並みの難易度の試験になる。さすがにそれを通過するのは八景学院と言えどもほぼ不可能だ。よって八景学院が落ちたら高卒でペット霊園兼宿坊管理人として高卒就職することになっていた。その結果は……。

 二人とも見事にスカラーシップ生として受かっていた。神学部のスカラーシップ採用者は二名であり拓哉と洋子が学費免除生になったことを意味していた。そもそも神学部は百名ほどしか受験せず後期試験や共通試験を含めても合格者は年間二十名ほどしか出ず、実際の入学者は年間例年五~十名ほどしか居ない特殊な学部である。神学部の定員も十名である。賭けは見事に当たったのだ。


 「さあ、一緒に行こうか。拓哉君、洋子さん」


 スカラーシップに受かるだけでも大変なのに、親の了解が必要だった。三人は洋子の自宅にたどり着いた。家の中に入る三人。


 家の中は重苦しい空気が流れる。やがて洋子の父が切り出した。


「拓哉君。君は本気で洋子の事を受け止められるかい?」


「それってどういう意味……」


「言葉通りの意味だよ、拓哉君」


 重苦しい沈黙が流れる。


「あなた、本当に洋子を一生涯受け止められるの? 拓哉君」


 さらに重苦しい沈黙が流れる。


 その答えは……。


 「はい、一生涯受け止めます」


 その声を聴いた父は……。


 「君が洋子を不幸にしたら君の事を一生許さない」


 「宗教の事なら心配しないでください。牧師先生」


 「はい」


  「洗礼、受けていいから」


 「今の言葉で決まったぞ。洋子。お前、本気で聖職者になるんだな?」


 「生半可な覚悟で男性中心の聖職者の世界には飛び込めないぞ」


 「分かっている」


 「先生、どうかこの子をお願いいたします」


 「拓哉君。くどいようだがもう一回言う。君が洋子を不幸にしたら君の事を一生許さない」


 「了解しました」


 こうして二人は八景学院神学部への進学を決めた。


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