第十八話

 よくあるペット霊園と違ってキリスト教式ペット霊園には火葬場が無い。というのも宿坊が隣にあるので宿泊客や近隣住民に配慮すべく、焼却炉いわゆるペット火葬場はペット霊園内には無いのだ。

 焼却炉はペット霊園から遠く離れた田園地帯などにある。そこにこれまた寄付で土地を譲りうけてペット火葬場を作った。つまり人間の火葬場と全く同じである。

 ペット火葬場は主に耕作放棄地や元農家の住宅に作られることが多かった。このため交通も不便なため駐車場は完備となった。キリスト教式なだけあって十字が建物のシンボルである。ペット火葬場の特徴としてプロテスタントにも配慮するため聖母像や天使像などがない点も挙げられる。

 なお、焼却炉業務ならスターレット資格は要らない。完全に無資格でいいのである(なお火元管理者資格などは雇用主が取得する)。このため焼却炉業務は高齢者や大学生のパート・アルバイトに適している。群馬県に住む武藤淳もその一人だ。小学校から高校まで彼も学校内で不適応だった。埼玉県にある某ミッションスクール大学にはどうにか入れたがバイトもあちこち首になった。大学宗教主事の勧めもあってこのバイトを紹介された。そこで在学時代は神職課程を受講しながらバイトに励んでいる。土曜日は神職課程があるので日曜日と火曜の夜間のみの勤務となる。

 武藤は骨だけになった遺体を差出す。遺族が箸で骨壺に入れる。これの繰り返しである。日曜日は午前九時から午後五時まで六件ペースで行う。火曜日の夜は午後七時から九時まで二件ほど行う。月収は約四万と大学アルバイトの収入としてはまあまあである。年収にすると約五〇万になる。

 この業務も対人コミュニケーション能力がほとんど要らない。いや、というか余計な事は一切言わないほうがいい職業である。武藤は当然スターレット資格の勉強と同時進行でこのバイトを行っている。もっとも武藤はバイト先すら友人に言っていない。要は内緒のバイトなのである。特に日本は穢れの思想が強いためやはりこの仕事を公言するのはためらうのが現実である。別にやましいことなど何もしてないのだが。武藤はそれでも言う。


 「ブラックバイトよりはこのバイト全然マシですよ。ノルマないし」


 武藤は大学三年次に聖書百点免除を武器にスターレット資格を手に入れた。もう地獄の就職活動はしなくても就職先は見つけたも当然である。ましてここは群馬県。群馬県は太田市や伊勢崎市を中心に主にブラジル系の移民が多い。つまりカトリック系が多い地域なのだ。しかも移民がたまに親戚を呼ぶため格安のカトリック系宿坊に泊まることが多く常に満室状態である。だから経営面でも心配することはないのである。なお、武藤は大学四年になったばかりの四月にペット霊園管理兼宿坊管理職に内定をもらった。

 武藤の通っている大学は俗にいう「Fランク大学」である。しかしスターレット資格を持って就職したり、夏休み中に仏教の得度資格を得るため仏教系大学で得度夏季集中講座を受ける子も多くFランク=人生終了という光景は消えた。武藤が通っている大学も例に漏れずミッション系大学なのに夏季集中講座で取得した得度資格を活かす人の方が多い。しかし武藤は群馬県在住という地理的な利点を活かし、スターレット資格を活かす人生を選んだ。武藤に洗礼の意思があるかどうか聞いてみた。


「洗礼希望は無いですね。ペット霊園兼宿坊職は公務員よりも安定してしかも公務員試験よりも楽に合格できる道を選んだというだけだし」


 ただし、ペット用焼却炉は法改正により自治体運営に移行が検討されている。つまり武藤のような人の新たなバイト先を確保しなくてはならない。もちろん、このペット用焼却炉も法改正と同時に自治体へ売却されることとなる。もちろん政教分離の原則から十字架は撤去される。

 となるとモデルケースで紹介された伊藤拓哉のように高校生のうちにスターレット資格を取って大学生時代のアルバイト先を確保、そのまま就職先にというルートが正しいことになる。大学時代にバイト生活で挫折して引きこりに至ったり、大学中退する子は意外に多い。スターレット資格はそうならないための保険の資格でもあるのだ。

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