第19話


「がっ! ぁぁ……! ぁあああああああああぁあっっ!!」


「あは……、あははっ! あははははっっ!!」


 背中から突き刺さったナイフが、王子の心臓を貫いた。逆流する血が、王子の口から姫の口へと流れ込む。

 赤い液体を飲み干して、姫は笑う。笑う。笑い続ける。笑い続けて、刺したナイフをぐりぐりと差し込んでいく。


「これだ! これが見たかった! 俺は! 俺はこれが見たかったァ!!」


「ああああああっ!!」


「糞が! 変態野郎が! 死ね! 死ね! 死んでしまえ!! あはっ! あはははっ!!」


 背中の熱が、王子の全身を焼いていく。

 失われていく力が、消えていく命を彼の脳へと伝える。どうしようもない事実を、それでも彼は否定する。


 余は誰ぞ。

 余は。


「人間ぞォォォォ!!」


 人間の剣を逆手に持ち替えて、抱きしめるようにナイフを突き刺してくる妹に、異母兄弟に。

 振り下ろされた腕が。


「そこまでだ」


 ケモノの王によって、阻まれる。

 腹を刺され、一歩も動けず蹲るしかできなかったケモノの王が、剣を振り下ろそうとする王子の手を、万力の力で握りつぶした。


「な、ぜ……」


「いいこと教えてやるよ……!!」


 もはや潰れた腕の痛みなど、王子に感じることはできず、血の塊を吐いてつぶやく問いに、恋人同士がキスをする距離でみつめる姫が、それはそれは楽しそうに答える。


「ケモノはなぁ! 見た目以上にほそっこいんだよォ!!」


「姫が刺したのは、ちょうど毛で覆われて太く見えているだけの部分。あとは、血糊だ」


「ああ、……ああ……」


「余は誰ぞ!? お前は、ただのくそったれだよ、馬鹿野郎!!」


 力が失われる瞬間に、姫が力を込めて王子の身体を切裂いた。

 臓物を背中からぶちまけて、崩れ落ちる王子の血肉を、歓喜の声をあげて姫が浴びる。赤黒く染まっていく世界のなかで、姫は泣いていた。


「あははは! あはは! あははははは!!」


「兵士が騒ぎ出した。撤退するぞ」


「撤退? 撤退?」


「当たり前だ」


「お砂糖はひとつ? それともふたつ?」


「……ひとつだ」


「それがすべて。ええ、ええ、それがすべてでありましょう! ここが最初、ここが終わり。こここそが分かれ目にして、わたくし達のスタートなのです!」


 姫が放り投げた人間の剣を掴み、ケモノの王は、駆け出した。振り返ることなく、後悔など、するはずもなく。


「あはは……! あはははは! あはははははははははっ!!」


 混乱の中、どこからかヒトの軍営に火があがる。

 更なる混乱を生み出すヒトの兵士を振り切ることなど、ケモノの王には造作もないことだった。


 その日、

 ヒトが撤退を終えたあと、ケモノがしらみつぶしに探そうと。


 姫らしき死体は、ついぞ見つからなかったという。

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