第16話


「滅ぼすのです」


「祖国をか」


「ええ、ええ、祖国を。ですが、ええ、ええ、それだけではありません」


 瞳を支配する憎悪が、彼女の肉体を焼き続けた。

 ヒトも、ケモノも、感情を保ち続けることは難しい。過去は、いずれ風化する。怒りも、苦しみも、楽しみでさえいつかは消え去っていく。例外があるとすれば、傷つき続けているものだけが、痛みが、過去を過去とすることを留めてしまっている者だけか。


「すべてを!!」


「我がケモノの国を滅ぼす手助けをすると」


「お嫌いなのでしょう」


 それは疑問ではなく、断定だった。

 決めつける姫の瞳が、王の瞳を捉えてしまう。


「王であることが、ええ、ええ、王である自分自身が」


 小さな身体が、胸に置かれた小さな尻が、ただそれだけの重みが、王の身体を呪縛する。


「嫌いであれば滅ぼしましょう。ええ、ええ、わたくしと貴方が手を取って、滅ぼしてしまえばいいのです! あの国を、この国を! わたくしを見捨てたこの世界を!!」


「できない」


「意気地のない御方。……であれば、この国は放っておけばいい。貴方など居なくとも、誰かが次の王となる。王とは、そういう存在でしかないのです」


「違う」


「違いません。一時的な混乱はあろうとも、この国が、貴方が居なくなって滅びることはないでしょう。それは、貴方が一番わかっているのでしょう。ええ、ええ、なにせ貴方は王なのです。貴方は、王なのですから!!」


 強くあれと、父がいう。

 厳しくあれと、母がいう。


 強くあれと、言う父が。

 厳しくあれと、言う母が。

 もうどちらもこの世を去った。


 去ったからこそ、ケモノの王は青年にして王となる。

 王となった。

 王となって、しまった。


「貴方はわたくしと同じ。ええ、ええ、同じなのです。世界を恨み、他者を羨み、自己を優先させる。わたくしたちは、同じなのです」


「違う」


「違いません」


「違う」


「違いません」


「違う」


「違いません」


「違う」


「ならばなぜ振りほどかないのです」


 その手が、王を抑え付ける小さな腕が。

 王の顔を掴む。裂けた口を、その牙を、容易く命を刈り取る凶器を。その手が撫でていく。


「決めることすらできませんか。できぬままに王となられたか」


「……我は、違うのだ」


「問いましょう。ならばわたくしは貴方に問い続けてあげましょう」


「何を」


「この世界、わたくしと共に滅ぼすか。わたくしというケダモノを一人解き放つのか」


「選ばぬ。前者など、選びはせぬ」


「お砂糖はひとつ? それともふたつ?」


「我は」


「貴方の答え」


 鼻先に、姫が落とした唇ひとつ。

 その感触が、甘い香りが、青年に呪いを刻む。


「楽しみにしておりますわ」

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