第15話
「随分と反対されましたね」
姫が笑うのは、心配される贅沢を楽しめたから。いまも後方から飛んでくる不満と心配の視線を背中に浴びて、それでもケモノの王は感情を押し殺す。
「どう考えても悪手以外の何物でもなかろう」
「それでも説得してしまえる我が王の力量には感服いたしますわ」
迫りくるヒトの軍勢を相手に、ケモノの王が書状を送る。
トップだけでの会談を、敵は受けいれ、味方が難色を示した。あまりにも勝手な王の行動に、狒々のケモノは慟哭し、雌獅子のケモノは自身も連れていけと自刃すら辞さぬ覚悟を見せた。
それらすべてをねじ伏せたのは、王の力か、未来への欠乏か、ただの横暴ともいえるだろうか。
準備を整え、城門にてケモノの王とヒトの姫が並び立つ。
あとは、開門を持つだけでよかった。
「お砂糖はひとつ? それともふたつ?」
「…………」
「聞かずには、出られません」
「……我は」
「ぼっちゃま」
王を、その名で呼ぶ者はただ一人だけだった。
※※※
「何用か」
「ほっほっほ、間に合いましたな」
ぽてり、ぽてりと。
軽い足取りは、見ているだけで不安にはなるが、それは周囲の勝手な妄想で、彼の足取りは、誰よりもしっかりと、その一歩を踏みしめていた。
「どなたですか」
「我の執事だ」
「お初にお目にかかります。ぼっちゃまからは、爺と呼ばれるただの老骨にございます」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、ヒトの姫にございます」
「爺」
スカートを軽く持ち上げて、優雅に挨拶をかわす姫と執事の間に、王が割り入った。ほんの少しだけ荒げた声で。
「何用か」
「こちらを届けにまいりました」
「……準備はすべて他の者が手配を」
「届けに、まいったです」
小さな羊のケモノが、大きな狼のケモノを飲み込んだ。気圧され、ただ、王は執事より荷物を受け取るしかできない。
「姫様」
「は、はい」
「ぼっちゃまの砂糖は、ふたつにございます」
「爺ッ!」
「ふたつにございます」
「爺!!」
胸倉を掴んだ手が、その爪が、執事の胸に食い込んだ。彼の服に赤い染みが生まれも、王も、執事も、双方が一歩も引こうとしない。
「わたしが王だ! わたしが、王なのだ!!」
「ならば決めよ! 王と言うならば決めてみせよ!! 先を見据えずして、何が王か!!」
広がっていく赤い染みに、食い込む爪に、老いた執事を怯ませることなどできなかった。爪なき手が、牙なき歯が、鱗なき毛皮が、それらすべてが王を責める。王であるという青年を責め続ける。
「強くあるか! 厳しくあるか! 王であるならば選び取れ!!」
「わた、しは!」
「前すら見えぬ嵐吹きすさぶ荒野にて道を示すが王たる役目! 其方が自身を王と言うならば、道を示す気概を見せよ!!」
「ひとつだ!!」
「……いいのですね」
叫ぶ声に、請う声に、姫は迷うを示す。
それを、その手を、青年は、王は振り払う。
「我は……ケモノの王だ」
「承知致しました」
「……爺」
「何にございましょう」
「感謝する」
「勿体なき御言葉に御座います」
門が開く。
城を出る二人を、執事は静かに見送った。
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