第12話
「どうした」
重い香りが鼻に付く。
少年の、少女の鼻をねっとりとまとわりついて離さない。
「久しぶりの母親に、言うべき言葉もないというのか」
「……お久しぶりでござ、います」
「そうであろう、そうであろうとも。母と娘とはそうでなければならんのだ。ああ、ああ、そうでなけらばならんのだ!」
少女の心は静かだった。
さざなみひとつ立つことなく、彼女は母親に言葉を贈る。無意味で無価値な言葉を贈る。
返事など、返ってこないと分かったうえでそれでも彼女は母親へと言葉を贈るしかなかった。
「余がどれだけ寛大か。余がどれだけ偉大かを理解したか。ああ、ああ、理解したのであれば首を垂れよ。余が元にてその身を捧げて示してみせよ」
我慢の、必要がなくなった。
耐える気すら失った。
衣を脱ぎ、首を垂れて、兄という存在に身体を開く。
途端に襲う衝撃に、身体に残る鞭の跡すら、少女はただ無意味に一瞥をくれるだけ。
「ぐふっ」
「分かるか。分かるな。ああ、ああ、そうだろう。分かってくれるな。これだ。これが。これだけがお前の価値だ。余は気分がいい。なぜだが分かるか。そうか。分かるか。そうだ。ああ。ああ。そうだとも」
股間のそれを踏みつけられて、ようやく少女は音を漏らす。
少女を踏みにじながら、兄という存在は声量を上げていく。
「人間だ」
誰ぞ。
誰ぞ。
誰ぞとは何ぞ。
誰ぞとは。
人間ぞ。
「人間を喚ぶことに成功したのだ。誰が。そんなことを聞く必要があるというのか。ああ。ああ。そうだとも余だ。この余が! 人間を喚んだのだ!!」
高揚する感情に、体重が増していく。
声にならない悲鳴が少女の唇から漏れていく。それすらもまた、兄という存在の心を燃え上がらせた。
「余だ! 余が! 余なのだ!! ああ、ああ!! 余は誰ぞ! 余は誰ぞ!!」
重なる二つの影を、少女の母親は虚ろな瞳で見続けた。
頭しか存在しない肉体で、見つめ続けることしかできなかった。
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