第13話


「開いた口が塞がらないとはまさにこのことですな」


 ようやく届いた書状の中身を確認し、ケモノの王は小さく息を吸う。王の態度に気付くことなく、狒々のケモノは苛立ちを隠さずに足踏みを開始する。


「厚顔無恥たるはまさにヒトたる証拠! なんと恐ろしい! なんとおぞましい! なんと! なんと! ああ、なんと!!」


「大臣殿」


「ぁ」


「我が祖国が非礼を、お詫び申し上げます。……これが、何の解決にもならぬと分かってはおりますが」


「いや、いやいや、それは……! 姫が頭を下げられることではありませぬ! どうか、どうかぁ……!!」


「そのうえで、無理を承知で。わたくしは、この国のために、ええ、ええ、この世界のために、……できることをしたいのです」


「なんと! なんと! ああ、なんと!!」


「手を貸してくださいますね」


「いや、いやいや、……もちろんですとも!」


 皺くちゃの手を、小さな手が覆う。

 何度も狒々は王と姫に頷き、首を垂れ、王務室をあとにする。


「ここまでは予定通りですね」


 書状を摘まみ上げ、中身を確認した姫が興味もなさげにそれを投げ捨てた。すでに、さきほどの悲痛な決意を込めて瞳など塵となって消えていた。


「この言い分は、ヒトの世では通るのか」


「わたくしは、そういったことは教えてもらってはおりませんので」


「常識で考えれば」


「お反吐が出ましょうか」


 ――攫われた姫を取り戻すため、ヒトの国は軍をあげる。


 そちらから送っておいて、攫われたもなにもあるまいが。などという正論が通じる相手でも、通じる状況でも、通じさせる意味もなかった。


「それほどに、人間とは厄介なのですか」


「正解に言えば、人間が使う剣だ」


「剣、ですか」


「ただのなまくらだ。何も斬れない、だが、それはヒトとケモノが使った場合の話」


「人間が用いれば、ケモノが斬れる」


「とてもよくな。お前たちの世には、それほど伝わってはいないのか」


「人間は、偉大なる力を持っていて、それをヒトに伝えてくださると、その程度しか伝わってはおりません」


「そうなれば、あまり鵜呑みにもできんか」


「うやむやにするほかない事情があるようですね」


 軍議の時間が迫っていた。

 王は腰をあげ、姫は紅茶を淹れる。


「お砂糖はひとつ? それともふたつ?」


 ふたりは今日もカップを鳴らす。

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