第3話


「随分とご苦労なさっているのですね」


「他人事だな」


「王を信じておりますので」


 王の言葉は、ケモノの国を上から下への大騒ぎへと陥れた。

 嘆くもの、諭すもの、喚くもの、落胆するものと、さまざまな感情を披露するなかで、唯一、王を幼少の頃より支え続けた執事の爺だけが、王の婚姻に祝福の言葉を贈った。とはいえ、彼は最近ボケてきていると専らの噂なので、誰も爺の言葉に耳を貸さなかった。


 まさか姫が軟禁されている部屋を抜け出して王に会いに行ったなどと知る由もない大臣たちからすれば、王が会ったこともない、それもヒトの姫に惚れるはずがないことだけは理解していたが、だからこそ、王の決定に納得がいかなかったのである。

 彼らとしても、ヒトの国の見え透いた提案を断り、戦争を続行させる口実を作りたいわけではないが、停戦するにしても準備がまったくといって為されていない状態では、ヒトの国のいいようにされるかもしれないと、国を案じていたのだ。


 予想していたこととはいえ、自身の発言で配下を混乱させたせめてもの償いだと、王は大臣たち一人ひとりと膝を突き合わせて話を行った。むろん、そこには話せない内容が含まれている。たとえば。


「んん……さすがは、肥沃な国土を誇るケモノの国の茶葉ですわ。香りから、我が国のものとは比べ物にもなりません」


 あの日以来、姫が頻繁に王の私室を訪れているとかである。どれほど頻繁かと問われれば、つまりは、毎日であった。


「お砂糖はひとつ? それともふたつ?」


 鈴が転がる音で笑う姫が、まさか男であるなど誰が思うだろうか。

 仮に股間に生えたる確固たる証拠を目の当たりにしたとして、自身の目か脳を疑うほうが可能性として高い。


「後悔だけはなさらないでくださいませ。貴方様が刃、鈍ることのなきよう」


「要らぬ心配だ」


「要らぬ心配が、妻の役目にございます」


 王として、彼は後悔をしないことを信条としている。

 どれだけ悩もうとも、決めたことを後悔しない。過去は決して変わらないことを、彼は心に刻み続けていた。


「信じているのではなかったか」


「それもまた女子の役目ですので」


 淹れられた紅茶の湯気の向こうで、笑う姫。

 淹れた紅茶の湯気の向こうで、表情を見せぬ王。


 ふたりは今日もカップを鳴らす。

 あの日の約束を、確かめ合うように。

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