大陸島国
斎藤秋介
大陸島国
どうもおれは外国人と見なされているらしい。
おれが電車に座ると周りに誰も寄りつかないのがその証拠だ。小学生のころから「無視」というイジメを受けていたし、デビューを果たした高校では30人の女の子に告白したが、すべて失敗した。
これはおれが日本人と認められていない証拠だ。
女の子に告白した場合、成功するか失敗するか――確率は半々、つまり50%だ。それを30回繰り返せば、性交可能性は100%を超えてくる。
「ねぇユミちゃん、おれなんでモテないんだろ? 顔はどうみてもイケメンだよな? おれって外国人っぽい掘りの深い顔してるし。身長も170cmあるし。チキンバーガーとか食ってるからかな?」
「さぁ……そのうちできるんじゃないですか?」
「そうなんだ。それおれのこと好きってことだよね? おれユミちゃんと結婚したいなぁ」
ウブなユミちゃんは動揺し、ポロッとフィッシュバーガーを床に落としてしまう。
「ああ……もったいない……」
フィッシュバーガーを拾い上げると、おれはペロッとたいらげた。
「え……」
ますますうろたえるユミちゃんは、本当にウブな生娘という感じで可愛らしい。
「間接キス、しちゃったね」
おれはニコッ! とアルカイック・スマイルを浮かべた。
「すみません……私、帰ります」
店内にはスパイ物のアニメソングが流れている。おれの仕事はフリーの探偵で、主に女の子の住居を特定することを生業としている。
おれはユミちゃんのあとを尾行することにした。
「すみません……この子、見なかったですかね? おれの彼女なンすけど。都内に住んでるから、道に迷ってるみたいで」
隠し撮りしておいたスマホの画面(探偵の基本だ)を差し向けると、通行人は「え、えーと……」と挙動不審なリアクションを見せた。どうも日本人っていうのはシャイなやつが多いと、おれは昔から感じている。大陸でそんな怪しい動きを見せたらつぎの瞬間には射殺されているぜ。まずはアルカイック・スマイルを浮かべ、敵対関係がないことをチェックするのが基本だろう?
「うーん……駅、だと思います」
まあ、普通に考えたらそりゃそうか。
「あざーっす!」
おれは礼儀正しくお礼すると、盗聴器の電源を入れる。
3番線の電車がまもなく到着する旨を、アナウンスが告げた。
おれは音速ダッシュで横浜駅に突入すると、音速で改札をくぐり、音速で3番線ホームに駆け上がった。そして、なんとかユミちゃんと同じ車両に乗ることができた。
ユミちゃんはこちらに気がついていない。
当然。
おれは“潜伏スキル”を使えるから。
いつもどおりおれの周囲には誰も寄りつかない。
おかげで、ユミちゃんのことをじっくり観察できた。
スマホをいじる手さばきの速さから推察するに、誰かとリアルタイムに通信しているのだろう。おれはそういった電波をキャッチするのが得意だ。
電車から降り、野毛仲通りを歩いていると、闇のなかから男が現れた。ユミちゃんとボディタッチし、親しげに話をしているようだ。不意に、ユミちゃんが振り返った。
「え……ダイくん!? どうしてここに!?」
黄色い声を挙げるユミちゃんは、明らかに感動している。
その証拠に、全身が激しく震えている。
「つまりこういうことですよ。好きな人のことを調べ上げるのは当然……」
男が近づいてきた。
「でも、あんたのことは知らないな。誰だ? おまえは? おれのユミちゃんに手を出したらぶっ殺すぞ。こんなところで盛ってる都落ちナンパ師風情が……」
「ダイさん、あなたのことは常々うかがっていますよ。いったいあなたは何者なんですか? 身分証、見せてもらっていいですか?」
おれはポケットから免許を取り出した。
「おれはフリーの探偵をやっている者だ!」
シマさんは純粋の日本人だった。
一週間に一度しか風呂に入らず、歯もめったに磨かないため、常に猛烈な異臭を放っている。それが要因で、周囲に人が寄りつかない。「よくわからないけどあいつは触れちゃいけないやつ」……小学生のころからそのような存在であった。高校では心機一転、髪を白色に染め、女の子への告白を繰り返したが、すべて失敗に終わった。
「ホームレス」というあだ名がつけられていた。
事後的に見なせば、女の子に告白しても成功する確率は0%。たとえ100回続けたとしても、童貞を捨てることは不可能だ。
「きみかわいいね。ひとり? ひとりでハンバーガー食ってんの? オレと一緒に食べようよ。オレみたいなイケメンと一緒に食事できるなんて最高だろ? サバ読みすれば身長も170cmあるしさ! オレいま、彼女探してんだっ!」
「え……」
「なにそのリアクション!? かわうぃーいね! チキってる!? チキってるの!? もしかして処女!? なあなあ、オレと結婚しようぜぇ!」
急接近するアデノイド顔貌にぎょっとして、弓子は思わずフィッシュバーガーを床に落としてしまう。
「3秒ルール! 3秒ルール! 3秒ルール――」
シマさんは楽しそうに詠唱しながらフィッシュバーガーを拾い上げると、虫歯だらけの口のなかに一気呵成に放り込んだ。
「ひっ……」
形容しがたい表情に歪む弓子の顔には、人間は映っていなかった。
「あれれ!? これってもしかして間接キスってやつっすかね!」
シマさんはいつものように薄気味悪い笑顔を浮かべる。
「きっ――!」
店内には弓子の悲鳴がこぼれたが、アニメソングにかき消された。シマさんの仕事はパチプロで、この曲はお気に入りの機体から流れてくるものと同じだ。
シマさんは至って冷静な面構えのまま、弓子のあとを追うように店を出て行った。
「なあ、この子知らね? なんかいきなり逃げられちまった」
あらかじめ店外から弓子の顔を盗撮していたシマさんは、通行人にそれを見せた。通行人は聞こえないふりをしようとしたが、付きまとわれてもめんどうなため、適当に駅を指差した。側にいると自分まで変人だと思われそうで、とても辛い。
「あっち」
正直な回答に、シマさんは納得した。
「あざーっす!」
シマさんは奇妙なテンションでお辞儀すると、横浜駅の改札をくぐる。
3番線の電車が到着するまでに、弓子を見つけなければならない。
シマさんは瞬時に周囲を見渡すと、そこにひときわ目立つスーツ姿の長身女性をとらえる。少し距離を置き、同じ車両に乗り込む。
弓子は恐ろしかった。
当たり前だ。
悪い意味で、シマさんは目立つ。
シマさんの周囲だけ、ぽっかりと穴が開いたように空間ができていた。
そんな浮浪者のような男が、自分の全身をジロジロとねめつけているのだ。
弓子はできるだけスマホの画面に集中し、絶対に目を合わせないように彼氏とのやりとりに注力した。変な男に追われているから迎えに来てほしい、とSOSを呼びかける。
やがて、シマさんは桜木町に降り立った。キャバクラだかガールズバーだかのキャッチがたくさんいるが、シマさんにだけはどの女の子も声をかけようとはしない。ファミリーマートを少し進んだあたりで、弓子の前方から同業者が現れた。そいつは親しげに弓子にボディタッチをし、弓子もまんざらでもないかのように笑みを浮かべている。突然、弓子が振り返った。
「ねぇケンくん、あいつだよ! あいつ! あいつマジヤバいっ!」
シマさんはポジティブシンキングが得意なので、その言葉を良い意味合いに解釈した。
――事実、ここまでひとりの女に愛をそそげる男は、なかなかいるものではない――。
「おまえさぁ、人が先に狙った女に手ぇ出してンじゃねえよ――」
ケンはシマさんに向かい、一気に距離を詰めた。
「んだよ? ここはオレのシマなんだがっ! さっさと失せねえとこの街歩けなくしてやンぞっ!」
「あの子、俺の彼女なんだけど。おまえなんなの? 警察行きたい? とりあえず身分証見せろよ。撮っとくから。逃げようとしたらいますぐ通報するからな。俺らもおっさんみたいに暇じゃないからさ、できれば警察とか行きたくないんだよね」
待ってましたとばかりに、シマさんはポケットから青色の手帳を取り出した。
「――オレは、集団ストーカーから女の子たちを守るために活動している――っ!」
大陸島国 斎藤秋介 @saito_shusuke
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