第13話

 昨晩は崩壊してゆく家庭を特等席で夜遅くまで眺めていたせいか軽い睡眠不足に陥っていた。

 退屈な授業は専ら惰眠を貪ることに専念し、一時限目から放課後まで机に突っ伏して薄ら笑みを浮かべながら妄想に耽っていた。そんな僕を遠巻きに眺める連中の薄っぺらい仮面を剥ぎ取ってやったら、彼らも僕に感謝することだろう。見えなかったものが見えるようになって、現実と非現実が逆転する快感を知れば誰も僕のことをバカになんてできやしないはず。


「すまんな、父さんが家のことを放ったらかしにしていたばかりに……。これからは父さんと二人で暮らすことになると思うが、協力して生きていこうな」


 何度思い出しても笑ってしまう。

 僕を笑い死にさせるつもりなのか。

 一から十まで全て息子が仕組んだ舞台だと知らず、最後まで踊らされていたことも気付かぬ愚鈍な父さんは騒ぎを聞きつけた近隣住民の110番を受けた警官が雪崩込んでくるまで、母さんに暴力を振るうことをやめなかった。

 警官らに散らばる写真の上で昆虫標本さながらに抑え込まれても、怒張した青筋を額に浮かべ呪詛と唾をそこいらに撒き散らしていた姿は最高に素晴らしかった。

 父さんもきっと僕に感謝する日が来るだろう――隠し続けていた本性を曝け出して自由になれたのだから。


 揺れる太鼓腹の振動と同期するように、ポケットの内側で振動していたスマホを取り出す。着信画面には野村くんの名前が表示されていた。


「今からちょっと出てこれるかい? 見せたいものがあるんだ」

「えっと、見せたいものって?」

「いいからさっさと来なよ。場所は――」


 通話自体はすぐに終わったけど、野村くんの声が微かに揺れていた気がした。

 何があっても動じることのなかった支配者の変化に、「わかった、今すぐ行くよ」とだけ伝えて電話を切ると誰もいない教室を飛び出し、指定された場所へと急いで向かった。


 立入禁止のフェンスを乗り越えた先に呼び出された倉庫は建っていた。鍵はかかってないようで、錆びついた扉を開けると薄闇の中で野村くんが待ち構えていた。


「随分と遅かったじゃないか」

「ごめんごめん、道に迷っちゃって」


 今日は一体何をされるのだろうかと期待していざ来てみると、地面に転がっていた二匹の芋虫の姿に目がとまり思わず指を差して訊ねた。


「……これは?」

「ああ、これはね、お世話になってる先輩達に納めるはずの大事な大事な『上納金』に手を付けた不届き者達だよ」


 両手足を縛られ、 全身を激しく殴打されたのか顔面は元の顔が判別できないほどに腫れ上がり血で塗れていた。話を聞くに、どうやら毎度毎度温い責めで僕を欲求不満にさせてくれた不良の二人組のようだったけど、それにしてもピクリとも動かない。死んでるんじゃなかろうかと心配に思っていると、「起きろよ」と腹部を思い切り蹴り上げられ文字通り血反吐を吐きながら目を覚ました。


 恐怖一色に染まる瞳を野村くんと、合流したばかりの僕にそれぞれ向けて聞いてもいないのにすがりつくように必死に釈明を始めた。両手足を縛られてるのだからすがりつくこともできないけれど。


「なぁ、悪かったよ。オレらもちょっと遊ぶ金が欲しかったんだけなんだよ……。使ったぶんの金ならなんとかするからよ。だから今回だけは見逃してくれよ……。俺達の仲だろ?」


 上手く状況が飲み込めなかった僕は視線で野村くんに説明を求めた。

 どうやら彼等が高校生らしからぬ手法で荒稼ぎしていた最大の理由は、タチの悪い半グレ集団に前々から目を付けれていたことが原因らしい。彼らもまた、籠の中の鳥となんら変わらなず、抗えぬ暴力で支配され続け月々に納める上納金の額は軽く数十万に及ぶと、野村くんは力なくボヤいていた。


 初めて見せる衰弱しきった顔を見たとき、僕は動揺を隠せなかった。そんな顔を見せないでくれ、と。

 そんな上納金にあてるはずの金をどういった神経でこの不良達が手を付けたのかは定かではないし興味もないけど、仲間内であっという間に湯水の如く使い果たしたことが野村くんにバレて凄惨な私刑リンチを受け今に至ることは理解した。

 

 電話で感じた違和感はこのことだったのかと、刻一刻と支払い期限が迫り爪を噛むほど焦っている様子を隠しきれない野村くんの姿は僕の生殺与奪の権利を握っていた在りし日の神ではなかった。控えめに言って落胆を隠せない。


「コイツらにはとことん生き恥をかかせて、この世から居場所をなくしてやる」


 それから僕は血走った目でスマホのレンズを向ける野村くんに言われるがままに動いた。抵抗を見せる二人を近くにあった角材で殴って黙らせ、自力で外せないベルトを代わりに外してやり、ファスナーを開けて山蛭ほどのサイズに縮こまった局部を晒らしてやると互いが咥えやすいように抉じ開けた口内に捩じ込もうとした。さすがに残された力で抵抗はされたものの、それも最初のうちだけ。


 僕がこれまで彼らから理不尽な暴力を受け続けてきたように、何度も何度も虫ケラを潰すように頭を踏み抜いて絶望を与えてあげると、反抗的な態度は尻すぼみになり涙と嗚咽を漏らしながら最後は素直に従い始めた。


 勘弁してください、と見上げる顔を踏みながら、ため息をつく。


「もっと痛みを受け入れろよ、悦びを受け入れろよ」

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