食堂の副料理長
「ま、花冠店は今年も『山海楼』なのだけど!」
「踊る月輪亭」にやってきたアーシェは、出されたお茶を飲みながら、そう言って胸を張った。
「そうですねえ」
アーシェさんは相変わらず山海楼の大ファンだなあと思いつつ、キルシュは相槌を打つ。
アーシェリアの言葉どおり、今年も花冠店は山海楼だった。例年どおり、危なげのない勝利である。
事前の宣伝が功を奏して、踊る月輪亭もそれなりに星を集めたけれど、上位の一流店には及ばなかった。それでも「カリン羊の臓物シチュー」は一定の評判を呼び、キルシュはガナードから更なる返済猶予と追加融資を勝ち取った。
当面、店が潰れる心配はない。
「で、サーちゃ……サーシャは、結局どうするつもりなのかしら。結局、烙印は解呪できなかったんでしょう?」
「みたいです」
ボアジェの逮捕により、芋蔓的に王弟過激派が告発されたという。その中にはバーンウッド辺境伯の名もあったそうだ。ただ、氏は魔術師ギルドとの関与を否定しているらしい。
シラを切っているだけか、あるいは本当に別の犯人がいるのか。今のところは、藪の中だ。
「サーシャは───」
キルシュは窓の外を見た。晴れ上がった空の下、宮廷の尖塔が白く輝いている。
†
「もう一度、尋ねるぞ。サーシャ・レイクサイド」
しわがれた声に、サーシャは顔を上げた。膝は真紅の絨毯に突いたまま、真っ直ぐに王の顔を見つめる。
「それで、いいのだな?」
「───はい」
不思議なくらい晴れやかな気分だった。まるで、長年背負っていた荷物を脱ぎ捨てたみたいに。
「宮廷の総料理長は、やはりベックさんが相応しいです」
「あい分かった」
王は、それ以上言葉を重ねなかった。これは、いわば茶番だ。言う方も言われる方も、断ることを前提としたやりとりだった。
「───加えて」
けれど、ここからは違う。
「やはり、今の私に宮廷の厨房は荷が重く存じます」
王の左右に控える大臣と侍従が、気色ばんだ。差し出がましいとか、そういうことを言っているのだろう。
知ったことか。
「市井に戻るか」
「はい。私の総料理長が、首を長くして待っているので」
視界の端で、ミリアガルデ第三王女が舌を出している。心の中で詫びた。
でも、もう、決めたことだから。
王が笑った。
「店の名は何という」
「はい、その店は───」
(完)
※公募ため、一旦完結です。
お付き合い、ありがとうございました。星等頂けるなら嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます