第160話 変わった世界、変わらぬ気持ち
ジリリリリリリ!
「んーーー」
大きく伸びをして、目覚ましを止める。
明海の設定で、俺は今能力を大きく制限された状態で日々を過ごしている。
いっそこんな毎日が送れたら。
戦闘中に思っていた日常が、そこにあった。
顔を洗ってからキッチンに向かい冷蔵庫を開ける。
以前までなら結構買い置きがあったのに、今の俺の暮らしときたら卵一つ置いていやしない。
やたらと買い置きされたエナジードリンクを一本開け、腰に手を当て一気に飲み干した。
そこへ妹が登場。明海の方だ。
「お兄〜、自堕落な生活楽しんでる〜?」
「誰のせいだ、誰の」
「可愛い妹が気を利かせたんじゃないかー」
「はいはい」
戯言をほざく口に、買い置きの惣菜パンを封を開けてから突っ込んだ。
焼きそばパンである。
昔なら、これくらいはチャチャっと作ってやったもんだが、今の妹の好物になっていた。
病気でもなんでもない妹の望んだ日常がこれというわけである。
焦って生きてきた俺は、こんな何気ない日常すら取りこぼしていたのかと思い知らされている。
「もがー」
「美影は?」
「ここに」
「うわぁ、びっくりした! 音もなく背後に立つんじゃない!」
昔なら驚くこともなく、カッコつけて受け止めていたのに。
弱体化した今の俺はびっくりしっぱなしだ。
「兄上のそんな顔が見たかったのでござるよ」
「誰に似たのか、いい性格してるよ」
美影はニコニコとしながらテーブルについた。
買い置きのパンに、エナジードリンク。
これが我が家の朝飯である。
なんて退廃的な朝食か。
絶対体壊すだろ、これ。
「まぁ、いいや。今日はみんなでショッピング行くって約束したじゃん? 何買うんだ?」
「ふっふっふ。気になる?」
「気にならんといえば嘘になるが」
「最近はめっきりと暑くなりもうしたな」
「クーラーを消すタイミングを見失って一ヶ月経ったもんな」
「お兄って余裕があってもケチだよね? 知ってる、暑い日にクーラーを消すのは殺人と一緒なんだよ!」
「何言ってんだ。今のお前は元気そのもの。ちょっと夏バテしたくらいで死ぬものか」
「死ぬよー。まぁ寝てるかどうかは神のみぞ知るってやつだけどさー」
「また徹夜でゲームしてんのか?」
「にっしっし」
今の明海は本来なら過ごしていたはずの青春を送っている。
おかげでゲーム三昧。今は配信者? というのでそれなりに知名度があるのだとか。もっと体を労りなさいな。
健康になっても、不健康一直線の生活送ってて兄ちゃんは心配だよ。
「で、どっかとコラボ?」
「うんにゃ、ちょいと耐久配信してて。気がついたらお天道様が昇ってたってことさ」
「カッコつけて不健康生活を自慢するな。美影も止めてやれよ」
「いやぁ、ははは」
笑ってその場をしのごうとする美影。
もしかしてこいつもグルか?
「なんとシャドウは、あたしと一緒に耐久してましたー!」
「やっぱりか」
「今のゲームはすごいでござるな。兄上のハマっているDEと同じエンジンを積んでいるそうで、家の中にいながらリアルのダンジョンを潜ってる感じなのでござるよ」
「で、楽しくなって時間を忘れたと?」
「なんというか、こういう暮らしもいいでござるな」
ニコリと笑う。
殺伐とした山の中、天狗に育てられた少女は現代に少しづつ馴染んでいってるようだった。
んで、買い物は女性下着売り場で。
なぜか俺もそれに付き合わされている。
「待て、待て待て待て待て。これ俺いるか?」
「荷物持ち」
「すまぬでござるな。拙者、世俗の下着に疎いもので」
「あたしが可愛いの選んであげるからー」
と、調子に乗ってる妹と、申し訳なさそうな妹。
兄としては、可愛いおねだりみたいなものだ。
周囲からの視線はとても痛いが。
彼氏でもない、兄貴がついていくとこじゃないだろ、ここは。
「お兄、こういうのはどう?」
「そんなのどこに着てくんだよ」
「勝負下着はね、テストの時に着けていくと効果があるんだよ」
「どこ情報だ?」
「ネット」
「お前、ネットの情報鵜呑みにするの危険だぞ? あとそんなものに頼らずともなく実力でテストに挑め、実力で」
「お兄はなんでもできるから、そういうことが言えるんだよ」
「どこかの誰かと違って、夜遅くまでゲームしてないからな」
「ぶー」
妹はどれだけ変わろうと妹のままだ。
ちょっと拗ねた横顔を、つい揶揄いたくなってしまうのは兄貴あるあるだろう。
こうやって普通に兄弟してたら、たまにウザく感じることもあるが、それでも過去を知っているからこそ許せてしまう。
「兄上、サイズあってるでござるか?」
「水着か? 随分と攻めた布面積だな」
「お兄ってば、わかってないね。こういうのは肌面積よりも、その時の流行で決まるもんだよ」
「悪かったな、ファッションに疎くて」
「お兄は本当、何着ても似合うよね」
俺の場合は着こなし云々の問題だろうな。
普通に着てるだけなんだが、それなりに視線を集めている。
理由はわからん。
明海が兄貴にはカッコよくいて欲しいとか、そういう願望が強く出ているんだろうな。
「兄上殿はだらしなく腹が出ておらぬでござるからな」
「何をー! あたしのお腹が出てるっていうのかー!」
「自分の胸に聞いてみるといいでござろう」
「なんだ、つまめるくらいあったか?」
「そういうノンデリは女の子にモテないんだよ!」
デリカシーのない人間を、ノンデリというらしい。
これもネットの知識だそうだ。
ヘイヘイ、一体どこの誰のせいで俺がそういう態度になってるのか、いい加減察してほしいもんだ。
そんなこんなで水着選びは順調に進み。
軽食をいただいてからゲームセンターへ。
そこでは俺の彼女たちが腕を競い合う風景があった。
「お、やってるな?」
「お兄、可愛い妹を置いて早速ゲームとか人のこと言えない穀潰しだって自覚ある?」
「置いてはいないだろう、置いては。今日は見るだけでゲームはしないぞ」
「そうなんだ? てっきりやるものかと」
「流石にお前らをほっといて遊ぶわけないだろ。お前じゃないんだから」
「なんであたしならするって言い切れるのさ」
「前科があるからな」
飯の支度終えた後、後で食べると部屋に戻った妹を呼びにいったらすっかりゲームにハマって帰ってこなかった奴の姿が思い浮かぶ。
ワッ!
途端に室内が賑やかになる。
DEから出てきたのは、寧々だった。
どうやら高得点をとったらしい。
今じゃすっかりゲーセンの顔だ。
「あら、海斗じゃない。妹さんを連れてデート?」
「買い物だよ。荷物持ちとお財布くんを任されている」
「それ、こき使われてるだけじゃないの? 嫌ならきちんと断らないと調子に乗るわよ?」
まるで実際に自分もそんな目にあってきたかのような言い分である。
歳の離れた妹が二人いたもんなぁ、佐咲家。
血の繋がっていない、妹が二人。
うちと一緒だ。
明海はともかく美影は……一応血は繋がってると言っていいのかな?
じゃあ一緒じゃないな。
「どこも年長者ってのは大変だな」
「そうね、大変なの。目に入れても痛くないくらい可愛いのは確かだけどね、実はお金も時間も有限なの。特にあなた、結構自分を殺すところあるから肝に銘じなさい」
「参考にさせてもらおう」
「そうしなさい」
寧々はそっけなく。
しかし、まだまだ負けていられないとばかりにDEの筐体に入り込む。
「あ、ムックンはっけーん!」
ちょうど今ゲーセンに着いたばかりなのだろう、スポーティな格好に身を包んだ久遠が俺を見つけてやってくる。
以前、買い物に付き合った時にも感じたが、彼女は可愛い服が似合うがかっこいいを目指してるのか割とファッションが派手めである。
布面積の少ない、美影の水着のことを言えない格好だ。
「よう、久遠。今日はDEか?」
「今日こそ寧々を下ーす!」
「さっきランキング更新してたぞ? 室内が沸いてた」
「えっ!? ちょ、話が違うよ寧々〜!」
「寧々なら筐体」
「ムックンは今日はやってかないの?」
ゲーセンに併設しているフードコートにて、俺は妹たちと一緒に軽食をとっている。大きなモールの中にゲーセンとフードコートが同じ敷地内にあるってだけだが。
通っていたゲーセンも、そういう類。
入り口は別々にあるんだが、施設は同じってやつだ。
「見ての通り買い物の帰りでな。妹が構えってうるさいんだ」
「そういうことでーす。久遠ちゃんは最近DEばっか?」
「明海は最近EODやってるんだっけ?」
EOD。Eco of dungeon。
ダンジョンからの呼び声という、ホラーチックなモンスターをファンタジーな武器でバッタバッタ切り伏せる、今最も配信に向いてるゲームということで人気を博している。とは明海のセリフである。
「そだよー。あたしはついにゴールドランク行ったもんねー」
「うち、プラチナランク持ってるよ」
「は? ずるい。あたしは寝ずに張り込んで耐久やってるのに! いまだにゴールドなんですけど!」
「DEに比べたらぬるすぎなんだよね、あのゲーム」
「俺は詳しくないんだけど、そこまで緩いのか? 配信者だって高ランク探索者はいるんだろ?」
「ムックンは興味ないのはとことん興味ないからね。DEと違って、自分の才能を持っていけるってだけで緩いよ」
「むきー」
久遠の煽りで妹がパンクしそうなほど膨れている。
しかし美影や明海がくんでゴールドとなると、その上位というのは一体どれほどなのか気になるな。
「寧々はそういうの全然やらないんだよね。凛華も、自分の腕が鈍るからって」
「あの二人らしいな。あくまでも自分の才能以外の基礎を磨くか」
「全部ムックンから教わったことだからね」
「そっか、一度そこにログインしてみるかな」
「すぐ上位ランク行っちゃいそう」
「まぁ、日常の合間に潜るだけだし、そこまでランクは上がらないさ」
「お兄、EODやるの?」
「ちょっと興味が湧いた。稼ぐのに向かない才能だが、さて、どこまでやれるもんかね」
久遠はこれからDEに潜るらしい。
俺は別れを告げてから帰宅した。
妹のデバイスを借りてログインする。
そこは、見たこともない地獄が広がっていた。
武器の類は持ち込める。だから初期装備はなし。
俺の技能はあまりにも弱くなっていて……
「これはいい修行の場になるな」
まさかの邂逅。
能力に制限がかかった状態で、ハードモードダンジョンに挑む。
ずっと、どこかで燻り続けていた闘争本能。
まるでこのゲームに誘導するように今日出かけたとしか思えないタイミングだった。
「ありがとう明海」
『どういたしまして、お兄』
弱体化された世界のお茶目な妹ではなく、本当の妹からの返事が来た。
日常と切り離された世界で、俺はそこへダイブする。
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