第159話 凛華の理想の生活②

 朝早く起きて、お弁当を用意する。

 すぐ隣、とはいえ朝早くからインターホンを鳴らすのは少し控えたい。

 そんな時に昨日明海さんと交換したメッセージアプリで交換します。


:今起きてられますか?

:いるよー

:普段からこの時間に起きて?

:ううん、寝てないだけ

:学校は……まだ行けてないのですね

:そんな感じ。もしかしてお弁当的な?

:茶色系が非常に多くなってしまいましたが。少し過剰に作っておきましたので、よければ明海さんもどうです?

:ほんと? 今起きるね


 今起きる? さっき寝てないと言っていたけど。

 もしかしてね入ろうとしていたところだったり?

 だとしたら悪いことをしてしまいました。


 玄関の前で待っていましたら、鍵が外れる音。

 程なくして寝不足顔の明海さんが出てきました。

 寝不足どころか髪型のセットもされてません。

 これは昨晩お風呂も入ってませんね?

 ダメですよ? 女の子がそんな体たらくでは。


「こちら、海斗さんのお弁当となります。よければ明海さんもこちらを」

「うーん」

「えっと?」


 用意したお弁当をジロジロ見やる明海さん。


「お兄、多分それじゃ足りないと思う」

「え!」

「高校生男子の食欲を舐めちゃダメだよ。そっちの大盛りのタッパー。そっちぐらいでちょうど良いんだよね」

「え、でも」


 学校でパンだけで済ませてる彼は?


「たぶん学食を何件も回ってるんじゃないかな?」

「今心読みました?」

「いや、なんかそんな考えしてるんだろうなって顔だから。ちなみに、病み上がりの女の子もそれぐらい食べるんだよね」


 ちょうどお腹すいてたんだー、とタッパーをつかむ明海さん。

 すごく力が強いです。

 ああ、そのまま持っていかれました。

 食い意地が張ってるんでしょうか?


「次からは多く作りましょうか?」

「それか、大きめなお弁当箱を買うかだね」

「私、これでも十分な量なのですけど」


 むしろこれでも大きめなお弁当箱を選んだつもりでいた。

 しかしこれでは少ない。

 食べる人はこれくらいペロリだと言われて、これをこのまま差し出して良いものか迷った。


「まぁ、これはこれで凛華お姉ちゃんの愛情たっぷりこもってる奴だから、あたしから渡しとくね。ちょうどそこで会ったて。ちょうど引越ししてきたことを昨日お兄に伝えてあるし、おかしくはないでしょ」


 びっくりするくらいにスムーズにお話が進みますね。

 これが恋愛ゲームなんでしょうか?


 時間になったので学園に進みます。

 ここら辺はスムーズですね。

 支度をしなくても勝手に学校に着いて授業を受け、昼休みになっていました。

 イベント以外が作業になっていますね。


「凛華!」

「海斗さん」


 昼食時、いつもの学食のパンを持たずに見慣れたお弁当を持っていつもの場所で落ち合います。


「わざわざ弁当作ってくれたんだってな」

「少し早い時間にお伺いしてしまったもので。ご迷惑ではありませんでしたか?」

「むしろこっちこそ、妹が失礼な真似をしなかったか?」

「面白い妹さんで、会話が弾みました。私ってお兄様がいるだけでしょう? だから妹か弟が欲しくて。可愛い妹ができたみたいでしたわ」

「生意気な妹ですまないが」

「それよりもお弁当、いただきません?」


 時計を指す。

 時間はすっかり流れていて、食べぬうちにお昼休みを終えてしまいそうだった。


「では早速。おっ」


 二段式で一段目は茶色いおかずがびっしり。

 唐揚げにコロッケ、そしてほんの少しの葉野菜に、きんぴらごぼうなどの甘辛煮。

 汁物は夏場の温度ではすぐに悪くなってしまうと聞いたので、冷凍庫で冷やした状態で持ってきました。

 肉じゃがは、お弁当に入れたら食中毒を起こしそうなので今回は控えました。

 二段目は白米。芯を残しつつもピンと立つ白米。

 その中央には殺菌効果を持つ梅干しを一つ。


「うん、豪勢だなぁ」

「明海さんは海斗さんには少し足りないかもとおっしゃってましたよ」

「あいつめ、余計なことを」

「実際のところはどうですか?」

「本音を言えば」

「はい」

「少し物足りないかな。とは言え、学校生活を送る上ではちょうど良いのも事実なんだ。これを帰宅後のバイトにまで当てこむから勘違いが起こるんだ。仕事帰りによく食うのは、肉体労働がメインだからだな」

 「なるほど。では学園でのお弁当はこちらでも十分だったと」

「そうだな……いや」


 頷きかけたその瞬間、海斗さんは考え込むように私を覗き込みました…


「えっと?」

「やっぱり足りないな。今度休みを開けるから、可能であれば俺に時間をくれないか?」

「それぐらいならばいくらでも」

「よかった。実は今度の日曜、妹と買い物に行く約束をしていてな。そこで洋服を選ぶ約束をしていたんだ。けど俺に服を選ぶセンスとかないから、そこに凛華についてきてほしいんだ」

「えっと?」


 妹さんとの団欒にお邪魔して良いのか? という疑問。

 

「ダメだったか?」

「ああ、いえ。全然。むしろお邪魔して良いのかと勘繰ってしまったり」

「明海とはもう顔合わせしたんだろ? なら大丈夫だ。唐揚げも好みの味だって言ってたし、そこで食事がてらにどれくらい食べるかも見てもらって、お弁当箱を買いたいなって」

「なるほど」


 私がモタモタしてるから裏の明海さんが巻きでデートプランをねじ込んできましたね? 

 海斗さんの態度の変わり具合も含めておかしなところばかりでしたが、なるほど。

 これが駆け引きというものですか。

 私ときたらダメですね、てっきり選択肢で選ぶタイプだと思ってました。

 選択肢があるのは導入だけじゃないですか。


「私の方でも調整かけます。ではまた詳しい日時は追って伝えますね」

「助かるよ。その時の交友費は俺から出すし」


 本当は全部こちらで出すつもりでしたが、向こうが出したいというのですから、ここは乗っかっておくべきですかね。


 そして1日はあっという間に過ぎ去り。

 あっという間にデート当日です。


「凛華お姉ちゃーん」

「はい、ただいま」


 お出かけ用のバッグにお化粧直し用のコスメにハンカチ、UVスプレーなどをセットして、白い帽子とワンピースで待合場所、玄関へ。


「凛華お姉ちゃん、普段からそんな格好を?」

「少し浮いてしまってますか?」

「あーいや。その格好で入れるお店に心当たりがなくて。まぁ良いや。先に洋服決めちまおう」


 どうやらはしゃぎすぎてしまったようです。

 失礼の内容に、それでいて質素になりすぎない装いを志したのですが。


「綺麗だよ、綺麗だけどうん。この格好じゃ中華料理屋さんとかラーメン屋さんには入りづらいかなって。その、お汁もとぶし」

「まぁ」


 世間知らずなのは私だったそうです。

 午前中の買い物は午後に回る中華料理屋さんに来て行っても問題のない汁がとんでも問題のない色合いのものとストールを選びました。

 そのほかに次のプールデートに来て行く水着も何着か。


 私ったら次もデートがあるというのをすっぽり抜けておりました。

 そりゃお付き合いしているのならありますよね。

 海斗さんは普段から忙しそうにしてますし、また休日を取るのに当分開くと身構えておりました。


 しかし蓋を開けたらとんとん拍子にイベントは進んでいきます。

 一緒にラーメンを食べて、そのお店に来ていくドレスコードも叩き込み。

 明海さんから際どすぎる水着の試着を頼まれたり。


 目まぐるしいイベント続きです。


 目を白黒させてる間に、プールで妹さんを連れてのデート。

 そこはいわゆる流れるプールなどがあるようなテーマパークでした。


 私、泳ぎは得意な方ですのよ?

 華麗に背泳ぎを決めておりましたら、周囲の視線が刺さります。

 原因といえば、やはり際どい水着だったからでしょう。

 いつポロリとしてしまうか、心配した海斗さんに回収されていきました。


「凛華お姉ちゃん。うっかりさんだね。それともお兄には飽きちゃった?」

「そんなことはありません。ただちょっと、泳ぐのが気持ちよくて、自分の格好を忘れていただけですわ」

「だね、みんな凛華お姉ちゃんの泳ぐ姿に見惚れてたもん。最初こそ決してえっちな視線じゃなかったんだよ。お兄は中腰になってたけど」

「中腰に? どうしてかしら。何かのご病気?」

「天然?」

「本当にわからないのです」

「男の生理現象だよ」

「あ!」


 明海さんに言われてようやく気がつきました。

 きっと今の私、耳まで真っ赤です。

 海斗さんが私を意識されていたのだということ。

 そして大変なことになっていたと。

 想像して、私の方も大変なことになっています。


「凛華お姉ちゃん、責任取らなきゃね」

「どのように取ったら良いのでしょう?」

「それを教えなきゃわからない年齢でもないでしょ?」


 わかっております。

 私にその『勇気』が足りないことは。


 吸血という間接的な欲求を満たす術は海斗さんによって知りました。

 アーケイドという種族にとっての求愛行動。

 血を吸う。血を吸わせる。


 それですっかり大人になった気でいました。

 けど、それで本来の子作りから目をそらせるかと言ったら、違いますよね。


 明海さんはおっしゃってました。

 このゲームでは、性行為は準備段階でしかない。

 多くの物語では、付き合うまで行ったらゴール。

 けどこれはスタートでしかないと。


 ここから、始まるんですね。

 私の、私と海斗さんの物語は。


「あとは頑張って。私は部屋で眠ったフリしといたげる」


 三人で同じ部屋。

 今日は泊まり込み。

 大型連休を使ったプールデートで。

 私はいつの間にか勝負下着を着用していて。


 勇気を出してお誘いに行きました。


「凛華」


 海斗さんは夜景の見えるラウンジで課税に当たっていました。

 クーラーの効いた室内ではなく、生暖かな風を感じ取り、ガウンを鬱陶しそうに脱ぎ始めました。

 そこから現れるのは引き締まった筋肉と、大事な部分を包み隠したボクサーパンツ。


「海斗さん。少し眠れなくて」

「ああ、蒸し暑いもんな。明海は?」

「随分とはしゃいでらっしゃいましたし、ぐっすりと」

「あいつめ、こういう場所は初めてだったろうに。俺たちに気を遣ってくれたのかな?」


 人混みは苦手だったと明かしてくれた。

 だとしたら本当に心から応援してくれているんだ。

 私と海斗さんの仲を。


「だと思います。良い子ですよ」

「そうか」


 いつしか二人、並んで夜景を見守って。

 気がつけば手をしっかりと握り合っていた。


「凛華、ごめん俺」

「謝らないでください。私も海斗さんを」


 求めている。

 告白したら彼は目の色を変え、私はそのままいただかれてしまった。





 一瞬すぎません?

 一気に情報を流すのやめません?

 ほとんど一枚絵を、こう、力技で。

 なんと言ったら良いかわかりませんが、私は確かに彼と愛し合いました。

 

 お互いに目を合わせづらくなるようなことを、勢いとはいえやってしまったのです。きっと思い出すたびに顔を赤くさせる自信があります。


 というかですね、海斗さん。どこでそんなテクニックを覚えてくるんですか?

 私ずっとやられっぱなしで、途中から記憶ありませんからね?


「あ、凛華」

「おはようございます、海斗さん」

「その、昨日はごめん」

「言え。受け入れたのは私ですから。誰が悪いわけでもありませんよ」

「なんかあれだな、随分冷めてるな」


 昨日はあんなに愛し合ったのに。

 溢れた言葉に昨日の記憶をフラッシュバックさせ、赤面する。


「あ、よかった。ちゃんと覚えてくれたか」

「忘れませんよ、忘れられません。傷物にされちゃいました。責任、とってもらいますよ?」

「もちろん。じゃなきゃこんなことしないって。それと、昨日は渡しそびれてたものがあるんだ」

「え?」


 差し出されたのは指輪。

 婚約指輪というやつだ。


 うん、嬉しい。

 けどちょっと。ここで出すのは違うというか。

 もっと、こう。昨日の告白の前に出して、感情が昂って、その先で、とか。

 言いたいことはたくさんある。


 けど、私はきっとその通りにやられても勢いが足りなければ行為にまで至れなかったと思う。

 そういう女なのだ。

 予定を立てても予定通りにいかないことなんてザラにあった。


「ありがとうございます」

「言葉を発するまでにすっごい間があったのが気になるんだけど」

「私にだって思い描いていた行為までの段取りとかあったんです。全部前置き無しにやられて、これは違うんじゃないかと抗議をしたい気持ちです」

「その、ほんとごめん」

「でも、それが私を縛り付けていた鎖でもありました」

「えっと?」


 理解が追いつかないという顔。


「私という面倒くさい女をもらっていただきありがとうございます。これからも仲良くしてくださいね?」

「何言ってんだ。女が面倒臭いというのは妹で嫌というほど知ってる。あいつに比べたら、凛華は全然マシさ」

「ふふ、それを聞かれたら困るのは海斗さんですよ?」

「良いの良いの、あいつは俺なんかより食い物や娯楽の方が大好きだからな」

「そんなことはないとは思いますけど」


「あー、お兄と凛華お姉ちゃんてばすっごいべったりしてるー。これはドッキングしたなー?」

「朝から大声でなんてことを言ってるんだ!」


 ゴスッ


「あいでー」


 強い音をあげて明海さんの頭が叩かれます。

 今のは流石にどうかと思いますよ?

 朝も随分と時間が経ち、まばらに人が散り始めた時刻。


 大声での発言には気をつけようという海斗さんの主張は尤もです。


「明海さん、おはようございます」

「凛華お姉ちゃん、首尾は?」

「明海さんのおかげでなんとか」

「式はいつ挙げる予定ー?」

「お互いに学生ですし、卒業しだい……と言いたいところですが」

「先に挙げても構わんだろう。探索者は15で成人だ。稼ぐ手段さえ確立してれば、学園に居続ける必要もない。あとは手続きしだいだ。それで、その凛華に非常に頼みづらいお願いがあるんだけど、効いてくれるか?」

「はい、なんでしょうか」

 

 式の代金を前借りさせて欲しいということだった。

 全部出すと言ったが、それは夫として恥ずかしいから、あくまでも貸しにして欲しいそうだ。


「では、貸し一つですね」

「ああ、そんなのでお前を射止められるならいくらでも貸しを作ってやる」


 と、豪語されまして。

 それからあっという間に時は流れて。

 私たちは学園を中途退学し、新しい生活を始めるのでした。

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